医療ガバナンス学会 (2016年9月2日 06:00)
まずは、友人の看護学生の経験をご紹介したい。40代のピアノ教師と会話をしていると、彼女から「今朝の新聞で見たんだけど、今って子ども食堂っていうのがあるんだってね。初めて知ったよ」と言われた。たまたま、知人もこの記事を読んでいたため、「私もその記事読みました。一人でご飯を食べている子どもにご飯を100円とかで提供して、コンビニ食よりも健康に良いみたいですね。」と答えた。
そこから会話は弾む。
「そうね、夜一人でご飯を食べなくても済むとなると共働きの夫婦は安心できそうね。」
「そうですよね。あと、100円っていう値段からも、最近よく見る貧困家庭の子どもも食事が出来そうですね。」この会話は面白い。子ども食堂に対して、共に賛成している。ただ、その理由が異なる。一方は共働きの夫婦のためで、他方は貧困家庭の子どものためだ。彼女らは、同じ記事を読み、共通のテーマについて話した。
両者の思考には乖離があった。友人は、新聞を読んでいたことで、患者さんの価値観を知るきっかけになった。
このような会話は、ケアを行う上で役立つ。なぜなら、看護師は患者に共感の姿勢で接し、信頼関係を構築した上で、その人の価値観に合わせた看護を提供していくからである。まずは、患者さんの考えを知らねばならない。
次に、私の経験をご紹介しよう。
私は、手術をするために入院されていた方を受け持った。手術を終え、体調が少し落ち着いた日のことである。彼女は、新聞を広げて「見て。また真央ちゃん、頑張っているね」と笑顔で話しかけ下さった。私も同じ記事を読んでいたので、「そうですね。真央ちゃんの活躍を見ると元気になりますよね。」と返答した。私の受け答えを見て、彼女は、自宅でフィギュアスケートを家族と共に応援していたことを話して下さった。
これを機に、患者さんは、私に気軽に話しかけてくれるようなった。話題は拡がり、入院前は、家族のために食事を作っていたこと、ペットとお散歩に行くのが好きだったことを教えて下さった。
このような会話を通じ、患者さんは、家族とのつながりを重要視していることがわかった。私は、患者さんの関心がありそうなことを話すように心がけた。
例えば、退院後に食事で身体に適する調理法についてだ。
「ご家族のお食事を作る際に、繊維が多いゴボウやキノコ類は細かく切るようにして下さい。また、辛いものは、腸を刺激してしまうので、避けて下さい。」と伝えた。
すると患者は、「これまで通りの家族のご飯を作る時に、調理を少し工夫すればいいのね!これなら私でも出来るわ!」と前向きなリアクションをしてくれた。嬉しかった。
新聞記事で共通の話題を作り、会話の中で相手を理解していく。そして、相手の価値観をしり、信頼関係を構築するきかっけになる。新聞は、世代を超えて共通の話題をもつことが出来る有用なツールだ。
では、新聞がいつまでもこのような役割を果たすことが出来るのだろうか。
NHKは国民生活時間調査を行い、新聞の行為者率(新聞を読むという行為を行っている人の割合)について年代別と世代別の調査結果を公表している。この調査によると1995~2015年の20年間で平日の新聞行為者率は52%から33%まで減少している。世代別では、2015年の段階で、60代以上は過半数以上が行為を行っているが、40代では20%代、20代以下は一桁である。若年層の新聞離れは深刻だ。
20代の友人達に、どのような媒体を使って、情報収集を行っているか聞いてみた。すると、テレビのニュースとスマートフォンのアプリやインターネットが大半を占めていた。
総務省が行った「社会課題解決のための新たなICTサービス・技術への意識に関する研究調査」がある。この中にニュースを視聴する際の手段について、20、30、40、50、60以上代を各年代別に調べた結果が示されている。どの年代も半数以上がテレビを挙げている。20代、30代では、インターネットニュースとスマホのアプリで約4分の1を占めている。これに対し、60代以上は新聞がメインだ。
情報収集の方法は、世代によって大きな差がある。
新聞には、テレビやスマホと大きな違いがある。社説とオピニオンがあることだ。それぞれ、新聞社や読者の意見を垣間見ることが出来る。そうすることで、一つの物事をあらゆる視点で考える力が付く。
看護師は、基本的に高齢者を対象とした仕事だ。入院患者の約7割を高齢者が占めている。高齢者が何を考えているかを知らなければ、仕事にならない。看護師と患者を結ぶ上で新聞が果たした役割が大きかった。共通の話題を提供し、それについて会話するきっかけを作ってくれたからだ。
ただ、このままでは、新聞はその役割を果たせなくなる。これは新聞社だけでなく、国民にとっても大きな損失だ。私は新聞を読み続けたい。そして、患者さんと会話し続けたい。新聞社の皆さんには、新聞が日本からなくならないよう頑張って欲しい。これからも応援したい。