医療ガバナンス学会 (2016年10月3日 06:00)
この原稿はJBPRESS 9月20日号からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47915
医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿
院長 濱木 珠恵
2016年10月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「肉にはコレステロールが多く、魚は逆に中性脂肪下げるので健康によい」とか、「少ない食事をすることが健康につながる」と言う考え方はよく言われています。一部には、一日一食健康法や、肉を食べなければ長生きするなどの極端な健康法が出ています。
もちろん人それぞれの体質もあるのでそのような方法が適している人もいるかもしれません。また比較的若めで生活習慣病が懸念されるような40代、50代であれば、粗食を心がけることも必要でしょう。
しかし粗食も度を超すと不健康です。例えば肉を食べるのを避けることによって、動物性タンパク質や脂質の不足が心配されます。また肉類に含まれる鉄分やビタミンB12などの栄養素も不足します。
●ヘモグロビンが正常値の3分の1
特に高齢の方では食が細くなりがちなため、粗食を目指すことによってむしろ栄養バランスを崩すことの方ががんなどの問題になり得るのです。
貧血外来をしていると、「こんなに貧血がひどいのに日常生活を送っていたの?」と目を疑ってしまうような数値の患者さんがたまにいます。
以前、私の外来に来た80代の患者さんはヘモグロビン(Hb)値4g/dLでした。正常値の3分の1以下です。
この方の場合、あまりにも元気がないので家族が心配して病院に連れて来たという状況でした。本人は、病院は好きではなく(むしろ病院嫌い)、健康診断もほとんど受けたことがないようでした。
小柄で痩せていて、土気色というか真っ青な顔をして、病院の車椅子に乗せられて小さくなっていて、家からそのまま連れてこられたんだろうなぁという感じでタオルケットに包まれていました。
見るからに元気がないのですが、やはり自宅でもほとんど動かないような生活をしており、あまり自覚症状を気にしてもいないようです。
高齢の貧血患者さんは、隠れた病気が原因のことも多いので、採血検査や画像検査などで一通り検査しましたが、特に大きな異常もなく、偏食でほとんど食べようとしないという話から栄養障害による貧血を疑いました。
この患者さんがどれくらいひどい貧血だったかと言うと、白血病の治療中などに赤血球輸血をするかどうかを判断する数値がHb 6g/dLなので、生きていけるギリギリの低さです。
WHO(世界保健機関)では15歳以上における貧血を、男性ではHb 13g/dL未満、女性では12g/dL未満(妊娠中は11g/dL)と定義しています( pdf文書 )。
日本では男女を問わず65歳以上でHb 11g/dL未満を貧血としていますが、その数値以下なのに貧血に気づいていない人も多いようです。
●貧血に気づきにくい高齢者
普段の活動度が低いと、貧血状態に体が慣れてしまい無理な動き方をしなくなっているので自覚症状がなかなかないようです。例えば、自宅にずっといる高齢者、特にご家族と同居していて家事をする必要のない超高齢者の方は、貧血に気づきにくいかもしれません。
平成26(2014)年度の国民健康栄養調査を見ると、男性では 50代までは貧血の人はほとんどいませんが、60歳代ではHb 13g/dL未満が9.2%、70歳以上では20.8%と貧血が増えています。
女性も同様で、60代ではHb 12g/dL未満は8.7%ですが、70代では20.2%に増えています。
高齢者では、貧血が慢性的に進行していて自覚症状が出にくかったり、日常生活での活動性が低下して典型的な貧血症状(動悸や息切れなど)に気づかなかったりしがちです。
体には余計に負担をかけているのですが、Hbが6~7g/dLまで下がっても気づいていないのです。また自覚症状があっても、年齢的な体力の低下や、心臓などの持病の症状が原因と考えてしまうこともあります。
貧血の進行に伴い、認知障害などの精神神経症状や、狭心症などの循環器症状、食思不振などの消化器症状などが出てくることがあり、高齢者の「なんとなく元気がない」「だるい」「疲れやすい」などの不定愁訴は貧血を鑑別に挙げる
高齢者の慢性的な貧血は、十分な量の赤血球を作れなくなっている状態であることが原因です。
がんなどの出血もあり得ますし、老人性貧血として加齢変化のため赤血球造血能が低下することもあります(隠れた慢性疾患や造血因子の低下、薬剤性障害、造血器疾患など原因は様々です)。
しかし、日常的に気をつけていられるものとして、十分な栄養素を摂ることが大切です。赤血球を作るためには多くの栄養素が必要で、特に鉄、ビタミンB12、葉酸が関与しています。
鉄欠乏性貧血は、栄養の吸収障害や摂取量の低下、慢性出血(主に消化管出血)による鉄欠乏が原因として考えられます。
●加齢とともに低下するビタミンB12吸収能力
ビタミンB12の吸収能力は加齢とともに低下し、胃酸を抑える薬を長期服用している場合も欠乏しやすくなります。葉酸欠乏は、アルコール依存症や2か月以上の食事摂取低下が続くと起こりやすくなります。ほかにも銅などの栄養素が必要となります。
成人男性の1日鉄分摂取必要量は推定で7mg、月経のない女性は6mgが推奨されています(日本人の食事摂取基準(2015年版))。
しかし75歳以上の1日平均鉄分摂取量は男性で8.1mg、女性で7.1mgと、決して低くはありません(国民健康調査 既出)。それでもやはり一部の高齢者では栄養の偏りが多く見られると感じています。
例えば、鉄分は赤身の肉に多く含まれて、またビタミンB12は野菜類にはほとんど含まれず肉類を中心に多く含まれていますが、健康志向の中で肉類を摂らない人も増えています。
魚だけに偏ると、十分なタンパク質が摂取できない可能性が高くなります。また独居もしくは2人暮らしの高齢者では自炊ではなく出来合いの惣菜やお弁当などで食事をすませる方もあり、栄養バランスのよい食事を摂るのは難しいのです。
先ほど紹介した症例も、大きな持病はないものの低栄養状態から貧血が進行していました。
このような患者さんが診察に来られると、つい同僚の血液内科の医師たちに、それまでに経験した重症貧血の数値について聞いてしまいます。
Hb 2g/dLという極端に低い数値の方を初診で診たという先輩もいました。これはかなり特殊な事例でしょうが、そこまで我慢していても人間ってなんとか生きていられるんだ・・・というのが正直な感想です。しかし、そんな状態になってほしくありません。
貧血に限りませんが、食事による栄養は、体を健康に保つうえで必要不可欠なものです。
また貧血は、生命活動に不可欠な酸素を全身の細胞に送り届けることができなくなってしまうため、生活の質を著しく低下させたり、また他の持病の症状にも影響を与えたりすることがあります。
今後、高齢者が増えていくなかで、貧血や栄養の問題は注目すべき課題になると考えています。