医療ガバナンス学会 (2016年11月16日 15:00)
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2016年11月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●患者としてできることは何か?
長谷川一男
現在10月17日。抗PD-1抗体「オプジーボ」の薬価を引き下げることが決まっている。残る問題は、薬価の引き下げ率と、実際に下げるタイミング、そして類薬「キイトルーダ」との関係。
オプジーボの薬価下げ率は、最大25%を軸に調整されているようだ。14日の経済財政諮問会議では「50%以上の引き下げが必要」との発言も。
肺がんの患者会が心配しているのは、この混乱の影響を受けて年末までに承認見込みのキイトルーダに薬価がつかず、使用できない状態が生まれることだ。11月末、この医療改革推進協議会が行われる頃、メラノーマの承認でキイトルーダの薬価がついているかどうかに注目している。もし薬価がついていなければ、懸念は現実化する。
高額薬剤の問題に当事者である患者はどう考えるべきか?何ができるのか?
この問題の本質は「痛みを避けられない中で、どんな社会を目指すのか」である。その道のプロたちが公開のもとで議論し、広く周知され、合意が形成されることを望む。今回私がいただいた時間は、がん医療の中で、合意が形成されないまま、しかし、正しく物事が進んだとき、なにが生まれたのかをご紹介する。
また別の視点で、この問題を突破できるのは医療者・研究者であると考えている。そして患者はその後押しすることをお約束する。
●オプジーボの新たな効果予測の方法について
小川誠司
近年、多くの進行癌症例に対して抗PD-1抗体および抗PD-L1抗体の顕著な有効性が示されたことから、癌の発症における免疫の役割の重要性があらためて確認されるとともに、がんの免疫療法の展開に大きな期待が寄せられている。
一方、現在我が国で発売されているPD-1抗体であるオプジーボについては、その治療費が年間で3500万円にも上ることから大きな社会問題ともなりつつある。
有効な薬剤を患者に届けるという視点からは、多くの問題を解決する必要があるが、現在オプジーボが保険承認されているがん種の多くで、奏功率は20^30%にとどまることから、その効果を治療前に予測することができるマーカーの開発は重要な課題の一つである。
今回我々は、PD-L1遺伝子の3′-UTRの破壊を伴う構造異常を介した、がんの免疫回避のユニークなメカニズムを見いだした。頻度の高いがん種にわたって広く認められるこれらの構造異常に伴って、正常な3′-UTRが失われる結果、安定化したPD-L1のトランスクリプトの過剰発現が誘導される。今回の知見は、3′-UTRを介したPD-L1遺伝子発現の新たなメカニズムの解明のみならず、抗PD-1/PD-L1抗体の有効性を予測する新たなパイオマーカーの開発に資すると考えられる。
●先進医療と緩和ケア
小杉和博
私の緩和ケア外来には先進医療を求める患者が多く存在する。ニボルマブは画期的な効果が認められているが、その他の先進医療はまだ効果が認められていないものが多い。それでも多くのがん患者は先進医療を希望してやまない。なぜか。それは現代のがん医療が患者のニーズを満たせていないからである。手術、放射線、化学療法を中心とした標準治療は全国に広まったが、それを外れた患者へのケアはほとんど行われていないのだ。それまで治療していた医師から「できることがない」と緩和ケア医へ紹介される。
しかし、特に症状がなかったり、全身状態がよかったりすると「あなたはまだ早い」と緩和ケア側から断れてしまう。病院から見放されたと途方に暮れていると、「がんが治る」と喧伝する広告をみつけ、自由診療を提供するクリニックに通うようになる。一縷の望みをかけ高額な医療費を払うわけである。
そして、多くの患者はその効果を実感できないばかりか、体調が悪化してもクリニックは引き取ってもらえず、近くの救急病院に運ばれ、亡くなっていくのである。
こうした元凶の一旦となっているのは我々緩和ケア医ではないだろうか。まず症状があろうとなかろうと、主治医となり最期まで責任を持って診察を継続していくべきだ。
そして、患者が先進医療や民間療法を希望した場合でも「科学的根拠がない」と頭ごなしに否定してはならない。
私は、医師として推奨できるものかどうかははっきり伝え、それでも患者が希望するのであれば、それを支えるようにしている。患者の価値観は様々であり、こちらの主張を押し付けても患者が満足するわけではないからだ。
むしろ満足するまで支援しながら、最期の受け皿として緩和ケア医がいればよいと思っている。ただ、治療だけが希望となるような支援ではいけない。
治療はあくまで手段である。ニボルマブのような画期的な治療で延命できたとしても、いつか必ず最期は来る。その時を迎える前に、何故ここまで頑張ってきたのか、治療の真の目的を確認し、その目的を達成できる方法を一緒に模索しながら、最期まで付き添っていきたい。
●薬剤費は、社会の許容限界を超えつつある
川口 恭
9月、オプジーボの英国でのメーカー希望小売価格は我が国薬価の約5分の1であり、しかも非小細胞肺がんに対して保険償還されるのは、さらに半額程度になりそうだ、と大阪府保険医協会・小藪幹夫氏から報告があった。報道で知り、衝撃を受けた方も多いことと思う。
英国の薬価が低くなる大きな原因として、1QALYを上乗せで得るために払ってもよい費用(ICER)の上限を定めて、NICE(国立医療技術評価機構)がメーカーと保険償還価格を交渉するという仕組みの存在がある。原則として自己負担なく医療を受けられる英国の患者からすると、この仕組みは薬剤へのアクセスの障害でしかない。しかし、それが社会から支持されているのは、費用負担者たる健康な国民の利益をも代弁しているからだ。
今回、ICERが英国で許容される額の10倍にもなるというオプジーボの薬価問題が起きてみて、我が国には費用負担者たる健康な国民の声を医療価格に反映する仕組みがないに等しいと気づかされた。
我が国でも、一般国民が許容するICER上限は650万円との調査結果があるようだ。オプジーボがこれをはるかに上回っているのは驚かないとして、他のレジメンの多くも、この上限を既に大きく超えているらしい。健康な国民が知れば、許容しなくなる可能性はあるだろう。
実は今年になって複数の医療関係者から、化学療法を受ける肺がん患者が、職務に耐えられる能力や身体状態なのに職場で肩たたきに遭ったり、あるいは再就職できなかったりしており、その原因は健康保険組合が高額な薬剤費負担を嫌っているためだ、という話を耳にした。費用を知った「健康な国民」の代表たる健康保険組合や、そこに費用拠出をする企業が、医療価格に対して発言権を与えられない代わりに、そのような振る舞いに及んでいると解釈することもできる。事態は切迫しており、しかも現在の医療価格決定の仕組みを続ける限り好転の要素がない。
根本的な発想の転換が必要だ。