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Vol.275 医療事故調査制度とは

医療ガバナンス学会 (2016年12月14日 06:00)


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この原稿は東京保険医協会雑誌「診療研究」16年12月号からの転載です。

日本医療法人協会医療事故調運用ガイドライン作成委員会委員
東京保険医協会勤務医委員会委員
東京 葛飾区 おその整形外科 於曽能正博

2016年12月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

*はじめに
医療(検査も含みます)とは、人体に何らかの影響を与える行為です。医療の後に体に思わしくない変化が起きることもあります。そのような場合患者さんや家族の方はまず医療を受けた病院・診療所に説明をお聴きになってください。残念ながら意外に病気の進行が早かったということもあります。また、現代の医療はかなり高度なことが行われていて、治療に使われる薬などは良く効きますが、それだけに副作用や合併症なども強いものがあります。疑問に感じる点があれば、遠慮なく主治医にお尋ねください。医療提供者には経過を説明する義務があります。また「医療安全支援センター」に相談されるのも良いかと思います。
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「医療安全支援センター」とは(ホームページより)
医療安全支援センターは医療法第6条の13の規定に基づき、都道府県、保健所を設置する市及び特別区により、日本全国で380箇所以上設置されています。医療安全支援センターは、このように皆様の身近な所で、医療に関する苦情・心配や相談に対応するとともに、医療機関、患者さん・住民に対して、医療安全に関する助言および情報提供等を行っています。
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一方、医療提供側はこうした事例を「日本医療機能評価機構」に、医薬品の副作用を「医薬品医療機器総合機構」に、物品に関する事故情報を「消費者庁」に、それぞれ報告していて多数の事例が集積され事故情報も公表されています。
さらに、2015年10月から死産も含め「医療安全の確保・再発防止」のみを目的として「医療事故調査制度」が始まり、2016年6月に「見直し」がなされました。この「見直し」により各医療機関では院内の全死亡例を医療機関の管理者が把握・検証することとなり、さらに医療安全の向上が見込まれています(「見直し」には管理者が医療提供体制の特性・専門性に応じた判断ができるよう支援がなされることも盛り込まれました)。

*「医療事故」とは
ここで注意しておきたいのが「医療事故」という言葉の定義です。今回の法律で医療事故とは「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因する(又は起因すると疑われる)死亡又は死産であって、“当該医療機関の管理者(以下、管理者)”が予期しなかったもの」と定められました。
医療を受けても残念ながら亡くなられる方は多くおられます。その中から“提供した医療に起因し、かつ管理者が死亡を予測できなかった事例”を今後の医療安全の向上につなげるために「医療事故」として報告することになりました。この要件に該当しない“できごと”はインシデント又はアクシデントとして、必要ならば従来どおり前述の「日本医療機能評価機構」等に報告されることになります。

*「医療事故」が起きたと判断された時
それでは、医療事故調査制度の実際の流れを見てみましょう。
医療機関の管理者は、患者さんが死亡した場合は遺族に説明を行います。さらに、「医療事故」が実際に起きたと判断した時のみ、事故発生報告を「医療事故調査・支援センター」(以下、センター)に行います。この報告の際には、ご遺族の方に「今後の医療安全のために患者さんの情報を使わせていただきます」という説明を行います。その後管理者は院内調査を行い、その調査結果を遺族の方にご説明し、センターに報告します。
重要なのは、「医療事故調査制度」は純粋に医学的に「医療事故」を集積し再発防止を目指すためのもので、調停や紛争解決を行うための制度ではないということです。

*集積した後に再発防止策を出す理由
先ほど、管理者が院内調査を行いその結果をセンターに報告すると記しましたが、個々の事故について再発防止策を出すことは通常はありません。なぜでしょうか。
1つには、医療従事者の数・ベッドの数・診療科目・備わっている設備の質や量といった条件が医療機関ごとに異なり、医療機関によって医療の仕組み自体が変わってくるということがあります。ある医療機関で有効な防止策が他の医療機関にはそぐわない、ということは珍しくありません。個々の事例での防止策にこだわると、真の普遍的な再発防止策作成の妨げになってしまうのです。
もう1つの理由は、個々の事案で無理に再発防止策を出そうとすると医療従事者個人の追及になりやすく、冤罪を生んでしまうこともあるからです。(実際、これまで個人の責任追及により冤罪が発生してきた歴史があります)
現在の「医療事故」は「特定の個人の責任ではなく、システム(さまざまな人的・物的要因が相互に影響しあいながら、全体として機能するまとまりや仕組み)のエラーとして起こるものである」という考え方こそが再発防止に役立つからなのです。
システムが不完全なものであれば、たまたま最後のスイッチを押す役目にあたった当事者を罰しても同様の事故が繰り返し起こってしまうのは当然です。 当事者を罰する事により「一件落着」したかの誤解を招き、その結果再発防止に役立つシステムエラーの改善は先送りにされてしまいます。ヒューマン・エラーと思われるものも実はシステムの中のことであり、それをカバーするシステムの構築こそが必要なのです。
具体的には「フェール・セーフ(故障や操作ミス、不具合などの障害が発生することも予め想定し、それが発生した際の被害を最小限にとどめる工夫を盛り込んだ設計思想)」や「フール・プルーフ(利用者が誤った操作をしても危険に晒されることがないよう、設計段階で安全対策を施しておくこと)」の考えを取り入れなければなりません。

*非識別加工
「個人の責任追及」になってしまうことを避けるという観点から、ご遺族への事故発生報告・調査結果説明、センターへの医療事故発生報告・調査結果報告の際には医療従事者などの「非識別加工」がなされ、事故にかかわった個人が特定できないようになっています。ただ単に匿名化されているだけでなく、他の情報との照合によっても個人の特定が不可能な報告となります。

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医療事故調運用ガイドライン(日本医療法人協会編)について
「医療事故調査制度に関して厚労省から出されている省令・通知」は、法律に則して作成された日本医療法人協会の原案がほとんどそのまま採用されています。従って、医療事故調査制度に関するガイドラインがいくつかの団体から発表されていますが、日本医療法人協会の作成したものがもっとも法律・省令・通知を正しく反映したガイドラインと言うことができるでしょう。
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*おわりに ~医療の限界について~
医療は決して安全なものではありません。たとえ検査とは言っても危険を伴うものなのです。例えば血管カテーテル検査や大腸内視鏡検査などは病気や加齢で既にもろくなっている血管や腸管にある程度の硬さのある管を入れていくので慎重に操作を行っても血管や腸管を傷つけてしまうことがあり、その傷が場所と大きさによっては致命的となることがあります。「たかが検査で命を落とすなんて」と思われるかもしれませんが、これが現在の医療の現実であり限界なのです。
出産も同様です。順調に進んでいたかに見えたお産が急変し母子ともに或いはどちらかが命を失ってしまうことは、これだけ医学の進んだ今日でも起こってしまうのです。
癌や狭心症あるいはその疑いで悩んでいるところへ「検査で命を落とすかもしれない。検査を受けなければそのまま死んでしまうかもしれない。」となると、さらに悩みが増えてしまいます。今まで医療者は患者さんの心の負担を軽くしようとして気を使い、検査や手術・投薬などでの危険性の説明を過小に行うことがあったかもしれません。
しかし、今後は医療の現状・限界を丁寧にご説明し、死亡もあり得ることを納得いただいたうえで、全力を尽くして不幸な事態を避けていくことになります。                    “医療提供側・医療を受ける側”ともに危険性を理解した上で、より真剣に協力して医療に取り組む。制度を超えて、医療機関の管理者は院内の全死亡例を丁寧に検証し、院内での再発防止に取り組む。それによって不幸な事態の発生が減少し、医療安全・再発防止につながっていくのです。

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