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Vol.006 テロリズムと教育

医療ガバナンス学会 (2017年1月11日 06:00)


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元亀田総合病院副院長
小松秀樹

2017年1月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

現場からの医療改革推進協議会第11回シンポジウムで、「医学部、受験エリートとテロリズム」と題する一風変わったセッションがあった。
このセッションでは、オーム真理教事件に医師や医学部学生が参加していたことが紹介され、その高校時代の友人や彼らを教えた教師から、彼らについての印象が語られた。その上で、テロリズム(テロ)と教育についての議論があった。本稿では、議論を補完するために、当日、議論されなかった観点について、自分なりに考えを整理してみた。他に向かって主張するものではなく、個人的メモに近い。

●テロリズムの定義
ウィキペディアによるとテロとは「政治的目的(政権の奪取や政権の攪乱・破壊、政治的・外交的優位の確立、報復、活動資金の獲得、自己宣伝など)を達成するために、暗殺・暴行・破壊活動などの手段を行使すること、またそれを認める傾向や主張」とされる。クラウゼビッツは戦争を政治的行為の延長上の武力の行使だとした。戦争とテロには、区別のつきにくいところがある。テロの実行者としては、個人、政党、政治家、思想集団、宗教集団などが挙げられるが、国家がテロの主体となることも珍しくない。国家権力が反権力側を非合法化したり、反権力側への攻撃を正当化するために、テロリストというレッテルを張りつけることも少なくない。

●日本のテロリズム
かつて、殺人は普通の政治的手段の一つだった。対立の当事者がしばしば自ら敵対者を殺害した。
中大兄皇子は新羅、百済、高句麗の使者を迎える儀式の場で、自ら殺害チームに加わって蘇我入鹿を殺した。中大兄皇子は後の天智天皇である。歴史的に、政治的大事件として認識されているが、テロ事件としては認識されていない。
上総介広常は、源頼朝配下最大の武士団の頭首であり、頼朝の挙兵を成功させた功労者だった。頼朝上洛に際し後方の安全を確保するために、常陸源氏を率いる佐竹義政を呼出し、2人だけで話そうと持ちかけ殺した。後日、広常は、頼朝に対し、臣従度の強い「家人」ではなく、より自立度の強い「家礼」(けらい)としての矜持と反骨精神を示したため、頼朝側近の梶原景時に、双六遊びの場で殺された。頼朝の死後、景時も政治的に孤立し殺された。

赤穂浪士による吉良邸討ち入りは、江戸時代の最も有名なテロである。大衆のみならず、武士の喝采も浴びたが、参加者全員が死罪になった。
幕末、下級武士が政治的党派の指導者の命を受けて、政治的敵対者を暗殺することが横行した。指導者が直接参加することもあった。高杉晋作、久坂玄瑞は、21歳の伊藤博文らを率いて、御殿山英国公使館を焼き討ちにした。同じころ、伊藤博文は、国学者、塙忠宝を暗殺した。伊藤はテロリストとしての過去を語りたがらなかった。彼が権力者に登りつめたことと、当時、テロに対するネガティブな評価が生じていたためと思われる。

ただし、被抑圧者によるテロは大衆の心理を動かす象徴として、政治的にも大きな影響力を持つ。伊藤博文を暗殺した安重根は、韓国で英雄として扱われている。
日本では昭和になっても政治的暗殺が頻発し、浜口雄幸、井上準之助、団琢磨、犬養毅、斎藤実、高橋是清など多くの要人が殺害された。血盟団事件に加わった四元義隆は、暗殺の共同正犯として服役したが、恩赦で出所し、戦前、戦後を通じて近衛文麿、鈴木貫太郎、中曽根康弘、細川護煕などのブレーンとして活躍した。服役して責任をとったとはいえ、社会にテロを許容する風潮がなければ、このような活躍はできなかったと想像する。

●群衆によるテロリズム
1923年の関東大震災では、警察が、朝鮮人が暴動を起こしているという通達をだし、メディアがこれを増幅して流し、民衆が噂として広めた。軍・警察の指導で自警団が組織された。普通の日本人が、2000人、あるいは6000人とも言われる朝鮮人を殺害した。中国人、日本人にも死者がでた。朝鮮人に対する差別意識と、それまで自分たちが行ってきたいじめや迫害が、恐怖と被害妄想を生み、群集心理によって増幅された。これをテロとするかどうか異論があるかもしれないが、属性の異なる二つの集団があり、一方の集団が、もう一方の集団を、属性の違いゆえに殺害した。必然的に政治的意味が生じる。テロに含めて考えることで、テロについての思索が深まる。

●宗教テロリズム
宗教戦争の歴史は古い。宗教は、信者以外に認識できない絶対的存在、超自然的現象を認めた上で、それを規範化させて、演繹的に世界を理解する。宗教間の対立は演繹性ゆえにいったん対立が生じると、解消されず拡大する。
最近の宗教テロは、かつての宗教戦争と異なるという。貧困層、あるいは、教育があっても恵まれない若者によって担われている。彼らの国では多くの人たちが貧困に苦しんでいる。彼らは、富める西欧諸国はこれを助けようとせず、逆に、自らの利益のために、貧困からの脱却を邪魔しているとみる。過激な宗教が社会的包摂から外れた若者に居場所を提供して、彼らの絶望や憎悪を正当化し論理化し、若者をテロのために組織化する。

●全体主義によるテロリズム
全体主義による国家テロはけた違いに犠牲者が多い。全体主義は悪魔的ともいえる論理で、殺戮を国家形式の中心におき、終わりのない殺戮を継続した。
『全体主義の起源』(ハンナ・アーレント、みすず書房)は、ナチズムとスターリン主義のテロをテーマとする。半世紀以上前の1951年に出版されたが、現代の状況を考える上でも重要なヒントを与えてくれる。
ナチズムが掲げた人種主義は、ダーウィンの適者生存をよりどころとする。「劣等の人種及び生きる資格のない個人」は淘汰される運命にあり、淘汰されなければならない。その淘汰を人為的に進めることが社会の進歩を早めるとする。スターリン主義は弁証法的唯物論をよりどころとする。歴史の進歩にしたがって必然的に「消滅すべき階級」を、人為的に大量に殺害することによって、社会の進歩が早まるとした。

全体主義の支配では、犠牲者は当人の思想や行動ではなく、皮膚の色や言語など客観的なメルクマールで選択されるようになる。「ドイツでもロシアでも強制収容所に収容された最大の集団は彼ら自身の意識においても当局者の意識においても、その逮捕と何らかの合理的な関係があるようなことを実行したことなど一度もない人々だった。」「罪のない人達が収容所人口の大多数を占めた。かれらは人が彼らを認知する手掛かりとなる名前や行為を全く無視され死の大量生産工場で処理された。」

19世紀、イデオロギーは政治的組織化の手段となる以前には、世界観として提示され、その内容は、正義のための戦い、あるいは、民族存立の戦いだった。全体主義運動がイデオロギーをまとい始めると、イデオロギーから、労働階級や民族といった実体が消え去り、反論や検討を許さない強引な論理的演繹が主体になる。全体主義イデオロギーの特徴は、生成消滅の法則を提示することにある。進化論を語るにしても、生物の進化というより、歴史の動きとしてとらえる。過去をすべて説明し、現在の由来を余すところなく説明し、確実な未来を予言する。一切の経験からのフィードバックを排除し、いかなる現実からの教訓も受け付けない。強引な論理的整合性をもって、断固として世界の動きを説明し、行動する。

ハンナ・アーレントは、全体主義の自己強制的な思考の魅力は、大衆を、現実および経験から解き放つことにあるとする。思いこみを自分に強いるが、その思い込みを信じることによって、自身が楽になる。大衆は社会から排除されればされるほど、全てが自明なものとして説明され、その根拠となる歴史の大法則を押し付けられると、嘘で塗り固められた全体主義の世界に進んで参加するようになる。
「大抵、最初のイデオロギー的前提―『無階級社会』もしくは『支配人種』という前提―への信念を失ってしまうのだが、すくなくとも、抽象的論理の演繹・推論・結論の自己整合的なシステムは無疵のまま残されていて、白紙の事実の与えるショックから彼らを守ってくれるのだ。テロルの鉄のタガによって締め付けられながらも保護され、全く抽象的な論理的推論の決してあやまったことのない一貫性によって駆りたてながらもまた常にそれによって支えられている彼らには、その未来への行進のなかで実在する現実の世界との出逢いをことごとく拒まれているかわりに、また人間生活のすべての経験を彼らは免れているのである。」彼らは、現実や苦しい経験の重荷を捨て去って、何からも影響されない単純明快なイデオロギーを掲げて、それからの演繹ですべてを処理しようとする。

●アメリカの対テロリズム戦争
アメリカは、同時多発テロ事件を引き金に、対テロ戦争としてアフガニスタン、続いてイラクに侵攻した。対テロ戦争では、国家以外の相手との戦いが中心になる。戦闘の様相が主権国家同士の戦争と異なる。広く分布する所属も明らかでない敵と戦う必要があるため、自身の行動がテロと区別しにくくなる。
部隊編成や戦闘のあり方も変更を余儀なくされる。対テロ戦を戦う軍隊を定義し、その編成や活動を体系に記述するのは簡単ではない。ヨーロッパの国民国家同士の総力戦を念頭においたクラウゼヴィッツの『戦争論』とはおよそ異なるものになるだろう。
2011年5月、アメリカの特殊部隊はパキスタンのウサマ・ビン・ラーディンの邸宅を、パキスタン政府に通告することなく急襲し、ビン・ラーディンとその家族を殺害した。パキスタンのムシャラフ大統領は主権侵害だとしてアメリカを非難した。同様の軍事行動を日本で起こしたとすれば、アメリカ軍の行動をテロだとする非難が必ず生じる。無人機による安全地帯からの大量殺害などを含めて、イスラム過激派やイスラム圏の貧困層が、アメリカに対する憎しみを増幅させているのは間違いない。
テロに軍事的に対抗しようとすると、こうした状況は避けられない。アメリカだけでなく、世界の安全保障について積極的に関与する国はどこも、憎しみの対象とされることを覚悟せざるをえない。

●徳義の教育
福沢諭吉は『文明論之概略』で智恵と徳義の区別を強調した。智恵は科学など認知の類であり、徳義は規範の類である。認知は帰納的であり、規範は演繹的である。
微分法などの智恵は、教えられていったん理解すると本人のものになり、それを客観的に確認することができるが、徳義は教育で表面上理解させたとしても、それが身についたかどうか、教育が結果につながるかどうかわからない。これを、福沢は「徳義の事は形を以て教ゆべからず」と表現した。

この言葉では、福沢は徳義として正直、高潔、勤勉など私徳を念頭に置いている。地方から東京に出てきた謹直な少年を例に、徳義を守って真面目に誠実に人生を送るのか、あるいは、途中で堕落したり、悪の道に染まったりするのかは、本人の資質、教育とは関係なく、因果関係なしにある瞬間に決まるとする。福沢は、徳と不徳は接しており、髪1本入る隙間もないという。
福沢は、徳義を、私徳と公徳に分類した。政治的正しさは、公徳に属する。「テロは悪である」とする公徳は西欧諸国に広くいきわたっているが、歴史的には比較的新しい。

一方、虐げられた人たちを救うためにテロによって現在の政治状況を打破するという考え方も世界の広い範囲に存在する。福沢が書いたように、誰にも納得でき、反論の余地の少ない私徳ですら、教育によって本人が表面上を受け入れても、それに従って自らを律するかどうかわからない。ましてや相反する公徳が存在する場合、教育で一方の意見を完全に排除しきれるとは思えない。
対立する規範と規範の間で議論がかみ合うことはない。ある規範を別の規範で論破するのはむずかしい。テロを撲滅することを教育の目標とすると、明確な方向性を持つ規範を強いることになりかねず、教育内容が制限され、ゆがめられる可能性がある。
教育によって、自分たちに受け入れにくい部分を含めて、多様なものを規範から離れて観察することは、寛容性を合理的に裏打ちするのにどうしても必要である。受け入れられない特殊な考え方を規範で否定するより、規範から離れて認識する方が、問題点を合理的に指摘できる。

世界には多様な人たちが存在し、多様な価値観を持ち、多様な習慣を持ち、多様な状況に置かれている。テロの意義を認める考え方の存在を消滅させることはできない。人は何に感化されるか分からない。オーム真理教に関与した受験エリートの存在は、人間の統計学的分布の広さを物語っているものであり、教育の適不適と結びつけて考えるべきものとは思えない。
人間の行動や思考の幅は広い。ナチズムの劣等人種を抹殺しようという驚くべき思想に、ドイツというヨーロッパの大国が支配されたことすらある。戦後、犯罪が一貫して減少しているが、犯罪にかかわる人間は存在し続けている。日本の若者がテロに関与する確率は低くなったが、ゼロにはならないだろう。

安定した職業や、収入のない中で、強い鬱積といきどおりを感じながら生活している若者は、社会を呪う思想に共鳴しやすい。大勢の若者がテロリストになることが、教育の不備によるものとは思えない。
歴史はダイナミックに動く。日本では、バブル崩壊以後、経済停滞が続き、貧富の格差が拡大した。母子家庭を含めて、大人1人だけの子どものいる家庭の貧困率は先進国で最も高い。日本人に日本が豊かな国であるといつまでも思わせることはできない。かつて豊かだったアルゼンチンは経済的に行き詰まり、社会が混乱した。1976年から1983年にかけての軍事政権下で、国家によるテロが横行した。テロを防ぐのに、教育より社会を安定させることがはるかに有用である。生活を安定させ、市民の権利を尊重することが一義的に重要であって、テロ防止は二義的問題にすぎない。

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