最新記事一覧

Vol.081 計画主義が医療を滅ぼす4 統制医療の矛盾

医療ガバナンス学会 (2017年4月17日 06:00)


■ 関連タグ

元亀田総合病院副院長
小松秀樹

2017年4月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●原理的矛盾
本稿では、医療統制の経済的側面を議論するが、感染症政策の人権侵害と計画経済的統制医療は、いずれも計画主義に基づくものであり、医系技官によって立案・実行されている。
日本の医療統制には二つの原理的矛盾がある。
第一の矛盾は、私的所有をそのままにして、計画経済的手法で統制しようとしていることである。そもそも、統制で、日本のような人口の多い国のサービス提供を制御することは、人間の能力を超えている。旧共産圏の計画経済は、結果の平等を目ざしたが、非効率、専制、特権、腐敗しか生まなかった。ましてや、提供機関の私的所有をそのままにして、統制するなどできることではない。
日本の医療機関の私的所有を、国がなし崩し的に奪いにかかっているとみた方が正確かもしれない。日本医師会には、会員のために、医系技官の意図を冷静に分析することを勧める。
日本では、歴史的に病院が私的所有の形で整備されてきた。2013年の社会保障制度改革国民会議報告書(1)は改革が困難であることの理由を強制力の不足に求めた。

公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。
日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである。

統制が政策立案者の期待通りの成果をもたらすことはめったにない。例えば、後期高齢者医療制度は天文学的な金を飲み尽くすモンスターになった。子どもの貧困が日本の将来を脅かす大問題になっているが、対策のための予算を確保するのを困難にした。高齢者の多くは何らかの体の不調を有している。医療はめったにその不調を解決できないにもかかわらず、患者はあらゆる不調の解決を医療に期待し、加療の継続を求める。医師は、効果の有無にかかわらず、ガイドラインに掲載された医療を提供し続けることが義務であると、自分自身のみならず、社会にも思いこませた。多剤投与で副作用を生じさせるリスクより、薬剤を投与しないことに伴う些細な軋轢を重視した。診療を厚くすることが、医師の収入を増やすからである。医療費を増やそうという圧力はあっても、医療費を抑制しようとする仕組みが医師、患者双方に組み込まれていなかった。

医系技官による個別指導は、医療費抑制策の一手段である。診療報酬の返還請求や保険医指定取消処分などの不利益処分などにつながる。これまで何人かの医師が、密室での強引で陰湿な攻撃に打ちのめされ、自殺に追い込まれた。強権による医療費抑制策は、恨みをかうだけで抑制効果があったとは思えない。後期高齢者医療制度は、インセンティブを利用したネガティブ・フィードバックが欠如していたため暴走したのである。
日本の医療費には地域差(2)があり、西日本と北海道で高く、東日本で低い。病床規制制度は、基準病床数の計算方法が現状追認的だったため、本来の目的と逆に地域差を固定した(3)。1970年代に、1県1医大政策が導入された。その後の高度成長期、地方から東京近郊に人口が移動したことによって、埼玉県、千葉県では人口が倍増し、1医学部当たりの人口が増え、極端な医師不足に陥った(4)。
埼玉県、千葉県の医師不足は統制の失敗による。四国と千葉、埼玉を比較すると、1970年、四国の人口391万に対し医学部数1、千葉は337万に対し1、埼玉は387万に対し0だった。1970年以後の1県1医大政策で、医学部数は四国4、千葉1、埼玉1になった。その後、人口が変化した。2015年、四国は人口387万に対し医学部数4、千葉は622万に対し1、埼玉は727万に対し1になった(防衛医大を除く)。
病床規制が失敗したのは、強制力が不足していたからではなく、実情を無視し、無理な規範を掲げて、強制力を行使し続けたからである。インセンティブによる自動調整メカニズムを、中央統制によって破壊したからである。今後、首都圏では高齢者が急増するので荒廃はさらに進む。

しかも、権力による統制は、権力を持つが故に慎重さを欠く。2014年4月に開院した東千葉メディカルセンターは、赤字が続き、東金市、九十九里町の財政破綻が心配される事態になった(4)。千葉県は、多額の補助金投入を正当化するために、二次医療圏を組み替えて、長径80キロにもなる不自然極まりない二次医療圏を作った。地域の需要を無視して、莫大な投資と多額の維持費を必要とする三次救急病院を設立した。医師一人当たりの収益が少なく、赤字が積み上がっている(5)。千葉県に出向した医系技官による乱暴な施策は、地域にとって有害でしかなかった。

第二の原理的問題は、費用である。医系技官たちは、国民が小さな負担しか容認していないにも関わらず、医療保険ですべての医療を提供しようとしている。被用者保険から、後期高齢者医療と国民健康保険に、強制的に多額の保険料が拠出されている。保険者自治の領域は限りなく小さくなり、保険としての体をなしていない。
日本は世界で最も高齢化が進行している。それにもかかわらず、日本政府の税収入は低い。2017年3月現在の財務省ホームページの記載によれば、2011年の日本政府の租税収入の対GDP比は、OECD34か国中、下から3番目だった。国民負担率は下から7番目だった。国民は消費税率引き上げを嫌い、与野党は2017年4月の消費税率引き上げを延期した。費用が足りないまま、医療のすべてを保険診療で提供しようとすることに無理がある。診療報酬を下げなければ医療保険が支払い不能になる。診療報酬を引き下げれば病院が破綻する。

●強制力の強化
地域医療構想、地域医療介護総合確保基金、地域医療連携推進法人制度により、社会保障制度改革国民会議報告書が述べた強制力強化が実行に移された。個別医療機関の自由な活動の領域が国家によって侵害され、現場の実情に応じた創意工夫が抑制されることになった。「強制力」による失敗を「強制力」を強めることで克服できるとは思えない。
地域医療構想では、構想区域の病床機能ごとの病床数を行政が推計する。西日本では大幅に病床が削減されるはずである。推計された病床が各病院に割り当てられる。割り当てを地域の関係者が一堂に会して決めるが、病院の存続にかかわることについて、当事者同士で合意を形成できるはずがない。実質的に事務局を担当する行政が決めることになる。実行に強制力が伴う。都道府県知事は、「勧告等にも従わない場合には」最終的に「管理者の変更命令等の措置を講ずることができる」(6)。民間病院でも県に逆らえば、院長が首になる。都道府県に出向した医系技官が、病床配分を通じて、個別医療機関の生死を握ることになる。

レストランの個別料理ごとの1日当たり提供量、調理方法、価格、食材の配分を国が決めて強制すれば、創意工夫と努力が抑制され、レストランの質は低下するしかない。
さらに、消費税増収分を活用した地域医療介護総合確保基金が都道府県に設置された。補助金を都道府県の裁量、すなわち、都道府県に出向した医系技官の裁量で医療・介護施設に配分する。支配に協力的な施設に、地域医療介護総合確保基金が優先的に配分されるだろうことは想像に難くない。医療には消費税を課されていないが、医療機関の購入したものやサービスには消費税が上乗せされている。消費税率引き上げ分が診療報酬に十分に反映されていないことを考え合わせると、この基金は病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度だと理解される。病院の投資を医系技官が握ることになる。病院独自の経営努力の余地を小さくして、不適切な投資を強いることになる。

現在、国の借金が膨大になり、今後、診療報酬の引き下げは避けられない。当然、病院の財務状況は悪化する。都道府県に出向した医系技官の裁量で多額の補助金を配分するとなれば、病院は、医系技官に逆らえない。賄賂が横行しやすくなる。専制と腐敗は避けられない。
地域医療連携推進法人は、地域の医療法人その他の非営利法人を参加法人とし、許可病床のやり取り、医師・看護師等の共同研修、人事交流、患者情報の一元化、キャリアパスの構築、医療機器の共同利用、資金貸付等を業務とする。これには三つの大きな問題がある。

第一の問題は、恣意的な特権の付与が可能なことである。「地域医療連携推進法人の地域医療連携推進評議会の意見を聴いて行われる場合には、基準病床数に、都道府県知事が地域医療構想の達成の推進に必要と認める数を加えて、当該申請」が許可される(7)。病床数が厳しく制限される中で、行政の恣意で、病床が与えられる可能性があるという。

第二の問題は、外部からの活動の制限範囲が法によって定められておらず、地域医療連携推進法人に対し、恣意的活動制限が可能なことである。重要事項の決定について、地域医療連携推進評議会の意見を聴かなければならないとされている。学識経験者の団体の代表、学識経験者、住民代表等をもって構成されると定められているが、地域の医師会などもこの中に含まれる。また都道府県の医療審議会の意見も聴かなければならない。意見を聴くことが義務付けられているが、意見対立があったときの規定がない。医療審議会は行政の言いなりになることが多い。地域医療連携推進法人に対し、行政の恣意による行動制限が可能になる。罪刑法定主義のない刑法のようなことになる。

第三の問題は、参加法人の自由が制限され、その内容が予見できないことである。参加法人が予算の決定、借入金、重要な資産の処分、事業計画の決定、定款変更、合併、分割、解散などの重要事項を決定するに当たって、あらかじめ、地域医療連携推進法人に意見を求めなければならない。行政が、地域医療連携推進法人の支配を通じて、参加法人を支配できることになる。

全体として、地域医療連携推進法人制度は、特権をあたえることによって参加を促し、かつ、行政が、都道府県や郡市医師会を介して、参加医療機関の活動を恣意的に制限できる制度である。行政と個別医療機関の間に、医療審議会、地域医療連携推進評議会などを介することで見えにくくしているが、実質的に「人の支配」であり、「法の支配」に反するものである。

裁量権
行政官個人の裁量が、個別医療機関の権益に直結する状況は何としても避けなければならない。人による強制より、数字による誘導が優先されるべきである。補助金は可能な限り小さくして、どうしても必要な場合は、数字によって予見できるものに限定すべきである。混合診療や公正なルールに基づく競争を、医療費の削減や医療の地域格差解消に利用することも本気で考えるべきであろう。安易な強制力より、インセンティブの組み合わせを工夫すべきである。計画主義は結果の平等を求める。そのために、強制力を極限まで強めるとどうなるか、中国の大躍進政策や現在の北朝鮮の悲惨な結果に示されている。

文献
1.厚生労働省:社会保障制度改革国民会議報告書. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf
2.厚生労働省:医療費の地域差分析.

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/database/iryomap/index.html

3.小松秀樹:医療格差. 厚生福祉,  6013号, 10-14, 2013年8月27日.
4.小松秀樹:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会」:市民は市の財政破たんを心配している(1). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.021, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7290
5.吉田実貴人:東金市「東千葉メディカルセンターを心配する会」主催講演会」:市民は市の財政破たんを心配している(2). MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.022, 2017年1月30日. http://medg.jp/mt/?p=7293
6.厚生労働省:地域医療構想策定ガイドライン.

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000088510.pdf

7.厚生労働省:地域医療連携推進法人制度について. 医政発0217第16号, 2017年2月17日.

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ