最新記事一覧

Vol.184 国民皆保険は絶対に守るべき ただし現状のままでの存続は無理-1

医療ガバナンス学会 (2017年9月4日 06:00)


■ 関連タグ

梅村聡のあの人に会いたい 江崎禎英・経済産業省政策統括調整官 兼 内閣官房健康医療・戦略室次長(下)
患者の自律をサポートするには何が必要なのか、元参院議員・元厚生労働大臣政務官の梅村聡医師が、気になる人々を訪ねます。
~この文章は、『ロハス・メディカル』2017年8月号に掲載されたものです。

2017年9月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

梅村 医薬品開発を始めとする医療政策が産業政策的に「危うい」という話をしていただきました。しかし、今の国民皆保険制度は、国民の側から見たら非常に使い勝手の良いものだと思うのです。

江崎 もちろんです。

梅村 この仕組みがある限り、産業政策的な「危うさ」はずっと付きまといますよね。

江崎 いえ、付きまといません。これは別の話です。

梅村 別なのですか。江崎さんの頭の中では、どういう整理になっているのですか。

江崎 本来、国民皆保険制度と医薬品の長期収載の仕組みが連動する必要はないのです。イギリスやドイツなど先進諸外国がそうであるように、国民皆保険制度においても、費用対効果を考えてどの薬を保険の対象にするかを決めるのが一般的な方法です。他方、日本では、承認した薬は原則としてすべて保険の対象にするという前提を置き、国が薬価を決めるため、あたかも連動しているかのように見えるのです。その原則から外れているのは、バイアグラとピルとリアップくらいです。

梅村 なるほど。

江崎 長期収載品の仕組みは、今では産業育成というより製薬会社に供給義務を課していることの見返りの意味が大きいと思います。儲けが少ない医薬品を生産し続けるために他で儲けさせて辻褄を合わせるというのは前近代的な行政手法です。政策資源のロスが非常に大きくなる可能性の高い手法と言われています。

梅村 そうなのですね。

江崎 産業政策的な「危うさ」のもう一つの原因は、国民皆保険制度を維持するために混合診療は認めない、としている点にあると思います。

梅村 そう、その前提は誤解ですよね。勘違いしたまま混合診療に反対している方も多いと思うのですが、先進医療などの高額の治療と保険が適用される治療を混ぜて実施することは、制度上何の影響もないのです。

江崎 ないと思いますよ。先進諸外国で普通に行われていることですから。

梅村 禁止になっている理由はですね、混合診療を一般的に認めると、例えば駅前に無料キャンペーンで診察しますよという医療機関が出てきて(無料と保険診療との混合で)、周りの病院が疲弊するまで無料診療をやって、周りが潰れてから自由に値決めをする。そうした医療機関が増えることで国民皆保険制度の安全網を壊す可能性があるからという理由なのです。

江崎 一般の商取引や貿易の世界でいう「ダンピング」ですね。これは、独占禁止法やWTOなど国際ルールでも規制されていますので、医療の分野で無秩序にそのようなことが起きるとは考え難いと思います。ただ、仮にそうしたことが起きても、自由診療による治療が行われている限り、その治療が保険適用された場合に比べて保険料負担は軽減されますので、財政的危機に陥っている国民皆保険制度は維持しやすくなります。
●格差恐れる本末転倒

梅村 私としては、先進医療など最先端の医療技術を普及させるには、むしろ混合診療を積極的に使って医療界や製薬会社が自ら値決めをする方が、産業として成長するのではないかと感じています。高過ぎると広まらないわけですから、ある一定の価格に収束するはずです。

江崎 その方が産業政策的には健全だと思います。実は、なぜ混合診療がダメなのかと日本医師会の幹部に直接訊いたことがあります。

梅村 え、それを直接訊いたのですか? 江崎さん面白いですね、失礼な言い方ですけど。

江崎 そこは避けて通れないと思いましたので。訊いてなるほどと思ったのは、先進医療などの高度な治療ができる病院とできない病院の差は、最新設備の投資ができるか否かです。最新設備を持つ病院は治療成績も良くなるため、全国から患者が集まることになる。そうすると経営的に余裕が生まれさらに良い設備投資が可能になる。これを繰り返しているうちに地域の中で医療機関に格差が出来てしまう。そうすると、最新設備を持つ病院にお金持ちの患者が集まり、押し出された地元の患者が設備投資できない病院に行くことになる。結果的に、地域のお年寄りが設備の古い病院に行かざるを得なくなるということでした。

梅村 なるほど。

江崎 この説明は、医療技術の進歩が比較的ゆっくり進む場合には一定の合理性があります。しかし、技術進歩のスピードが速い場合、最新の医療技術をいち早く患者に届けるという観点からは大きな足枷になる可能性があります。

梅村 評判の良い病院に患者が集まり病院に格差が生まれるのは、医療の世界では受け入れ難いかもしれませんね。

江崎 でも、格差が生じることを恐れて、より良い医療技術が患者に届くのが遅れるのは、医療行政としては本末転倒だと思います。医療分野では、薬価にせよ診療報酬にせよ、すべて国が決定するため、一般の産業から見れば極めて不思議な状況が生じています。昔学んだ医療技術だけでずーっと診療を行っている病院と最新の医療技術を導入している病院の提供する医療サービスに差がないという前提を置く方が、よほど不自然なことだと思います。

梅村 なるほどそうかもしれません。

江崎 最新技術の導入や経営努力を通じて、より良いサービスをより安い価格で提供するのがすべての産業政策の基本です。医療も例外ではありません。医療技術がどんどん進歩している中で、すべての医療機関が同じ医療サービスを提供できるというフィクションは、結果的に日本の医療サービスの足を引っ張り、最終的に患者と医療財政がそのツケを払うことになるのです。

梅村 そうなる可能性がありますね。

江崎 「国民皆保険制度の維持」、「長期収載品の維持」、「混合診療の禁止」という本当は全く独立の事柄を、あたかも一体不可分の制度であるかのように扱ってきた結果、一つが崩れるとすべてが崩壊すると信じ込んでいるのです。個人的には、現在の国民皆保険制度は何としても維持すべきだと考えています。しかし、国民皆保険制度を守ることと、長期収載品を維持することや、混合診療を禁止することは本質的には関係ない話なのです。

梅村 分けて考えないといけないですね。

江崎 国民皆保険制度で何でもかんでも抱え込むのは、財政負担が増える以外は、関係者にはとても楽なのです。

梅村 そうかもしれませんね。

江崎 医師からすれば、常に自分がベストだと思う治療を迷わずできるのです。米国のように患者が加入している保険の種類や懐具合を見ながら治療方法を決めるという面倒なことが必要ないのです。

梅村 そのお陰で医師は治療だけに専念できますからね。

江崎 現在の国民皆保険制度は、元々結核など感染症から国民を守り、労働力を維持し経済発展を実現するために作られたものです。感染症は、いかに早く的確な治療を施すかが勝負ですので、患者の懐具合にかかわらずベストの治療を行える日本の国民皆保険制度は大いに威力を発揮しました。

梅村 素晴らしいことですね。

江崎 しかし、主たる疾患が感染症から生活習慣病に変わった現在、この制度は素晴らしいところを通り越して多くの問題を孕んでしまいました。具体的には、健康管理に努力している患者も、不摂生な生活をしている患者も全く同じように医療費が支払われ、しかも、患者から求められれば、医師としてどうかと思うような治療も断れなくなっているのです。

梅村 すべて保険が面倒を見てくれますからね。

江崎 そうです。がんセンターの医師によれば、高齢の患者か若い患者か、初期か末期かで本当は治療を変えるべきだと思っても、患者から要求があれば効果に疑問があってもどんなに高額の検査や治療でも医師の方からダメだとは言えないのだそうです。

梅村 本当はおかしいと思っても、断れないですよね。

江崎 その結果、高価な治療や医薬品ばかりが使われることになるのです。私は大学病院の経営を見ることができる立場にあるのですが、最近のガンの治療ではやはりオプジーボの使用が急増しています。これらはすべて保険が面倒を見てくれるので、大学病院の経営的には問題ないのですが、医療財政的には大変なことです。しかも、その効果を尋ねたところ、「効いている人も……いますかね」といった具合です。

梅村 患者本人の負担は、高額療養費制度を使って1カ月4万円とか8万円とかで、年間何千万円の治療を受けられるわけですから、やらない理由がありませんよね。

江崎 金額だけの話をすれば、自己負担を増やせばよいという議論になるのですが、日本の国民皆保険制度が素晴らしいのは、貧富の差にかかわらず、その時代の一番良い治療を受けられることです。ある意味、究極の理想を実現しているのです。

梅村 そうです、そうです。

江崎 現在、一人の患者に対して支払われる1カ月の公的保険給付費の最高額は1億円を超えています。他方、高額医療費制度があるため、本人負担は10万円以下です。この数字だけ見ると、だから財政破たんするのだと思われるかもしれませんが、月額給付金が8千万円を超えるのは、すべてある特定の遺伝病の治療です。この方々は、日本に生まれたからこそ治療を継続することが可能であり、生き続けることができるのです。米国でこれだけの費用を支払い続けるためには、よほどの大金持ちの家にでも生まれなければなりません。日本の国民皆保険制度は、その奇跡を実現しているのです。

梅村 本当に素晴らしいことです。

江崎 問題は、そうした特殊な遺伝病の患者さんの治療のために支払われる金額の総額より遥かに多くのお金が、がんを始めとする生活習慣病の治療に使われ続けていることです。特に、4分の3以上の患者が副作用に苦しんでいるだけの抗がん剤治療に何兆円ものお金が行われ続け、しかも治療結果がほとんどフィードバックされてこなかったことは極めて問題だと思います。

梅村 そこ大事ですよね。

江崎 多くの医師がおかしいと感じながらも、公的保険制度があまりに手厚すぎるため、最も高額な治療に張り付いてしまうのです。医師は求められた治療を拒否すると、患者やその家族から訴えられることを恐れて、患者の求めるまま不本意な治療を行うことになる。皮肉なことに、混合診療の禁止を主張すればするほど、結局自分たちを追い込んでしまっているのです。そのツケはすべて医療財政、ひいては国民全体が支払うことになるのです。

梅村 確かにそうですね。

江崎 現在の国民皆保険制度を本気で守っていこうと思うのなら、患者の要求を断ることはできないなどと言わず、医療のプロとしてちゃんと患者に説明して納得してもらうなど、お医者さんにもう少し頑張って欲しいと思います。

(つづく)

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ