医療ガバナンス学会 (2017年10月20日 06:00)
この原稿はMMJ10月15日発売号からの転載です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2017年10月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2.示談の際の通常の条項
昨今、民事訴訟での無益な長期の争いを避けるため、訴訟前に早々に和解解決を図る医療機関が多い。和解解決と示談とは同じ意味であるが、その場合は示談書(和解契約書)を取り交わす。
示談書の条項は、通常一般には次のとおりであろう。
(1)医療機関・医療者は、本件事故につき責任を認め、謝罪する。
(2)医療機関は、遺族に対し、解決金○○○万円の支払義務あることを認め、これを一括して平成29年○月○日限り支払う。
(3)医療機関・医療者は、今後、本件と同様の事故の再発の防止に努め、医療機関における医療の安全の向上を図ることとする。
(4)遺族と医療機関・医療者との間には、前各項に定める以外には、本件事故に関して何らの債権債務関係が存しないことを、ここに確認する。
一般に、医療機関・医療者の側の代理人弁護士としても、上記のような通常一般の条項をもって足りるものとして、代理人として示談書に調印しているように思う。
確かに、上記のような通常一般の示談書を交わしたならば、普通は、遺族も遺族代理人弁護士も、それ以上に警察に刑事告訴をしたり、医療者の行政処分を厚労省医道審議会などに要請したり、記者会見をしてマスコミ報道させたりはしない。他方、警察も厚労省もマスコミも、普通は、示談済みのものをわざわざ新たに受け付けたりはしなかったであろう。
ところが、近時は、今までとは様相が変わってきているのかも知れない。普通に通常一般の示談書を交わしたとしても、必ずしも安心できないこともあるようである。
3.宥恕と守秘の各条項の必要性
折角、解決金(示談金)を用意して支払ったとしても、その効果は民事訴訟(医療過誤損害賠償請求訴訟)を起こされないというだけで、刑事告訴も行政処分もマスコミ報道もまだまだありうるというのでは、示談の効果が薄い。そこで、刑事告訴や行政処分やマスコミ報道をシャットアウトできないか、ということになるであろうけれども、法的拘束力をもって完璧に遮断することは法的には無理である。
ただ、従来より慣行的に認められている条項の先例はあるので、それらの条項を挿入した示談を行い、事実上シャットアウトするのがよい。もちろん、交渉のハードルは高くなるので大変ではあるが、医療機関・医療者の側の代理人弁護士とよく相談しつつ、遺族側との示談交渉を進めていくべきであろう。
すでに述べた条項(1)~(4)に続けて「宥恕条項」と「守秘条項」のサンプルを示す。ただし、示談書の条項の順序としては、(3)の直後に(4)として「宥恕条項」、(5)として「守秘条項」を挿入し、すでに述べた(4)の「清算条項」は(6)に下げるのが、体裁として素直であろう。
4.宥恕条項
宥恕(ゆうじょ)とは,寛大な心で罪を許す、というような意味である。そこで、刑事告訴をしないという約束と合わせて、通常は次のような条文で表わす。
「遺族は、本件事故に関し、医療機関及び医療者を宥恕し、告訴権を放棄する。」
もう少し平易な言葉を使えば、次のようになろう。
「遺族は、本件事故について、医療機関や医療者のことを許すので、刑事告訴をしないことにする。」
なお、「告訴権を放棄する」とか「刑事告訴をしない」とか記されてはいるが、これらは必ずしも法的に効力を有しているわけではない。事実上、告訴を遮断するというものに過ぎないので、注意を要する。
さらに、刑事告訴のバリエーションとして、たとえば医師法上の医道審議会での行政処分(医師免許取消、医業停止、戒告)を事実上遮断するための条項もありうるであろう。
「遺族は、本件事故について、医療機関や医療者のことを許すので、刑事告訴や行政処分要望をしないこととする。」
この条項は、看護師その他の有資格者についても、同様に考えてよい。
5.守秘条項
最後に、秘密保持の条項である。この法的効力も宥恕条項に準じて考えてよい。
「遺族と医療機関・医療者は、この示談の存在及び内容につき、正当な理由なくして第三者に開示・口外・漏示しないこととする。」
平易にすれば、
「遺族と医療機関・医療者は、この示談について、みだりに口外しない。」
というようになろう。
なお、条項挿入の要否、表現の仕方については、個々別々の状況に応じて柔軟に取り扱うことが望まれる。
〈別紙〉
宥恕と守秘の各条項の平易な一例
・(宥恕条項)
「遺族は、本件事故について、医療機関や医療者のことを許すので、刑事告訴や行政処分要望をしない。」
・(守秘条項)
「遺族と医療機関・医療者は、この示談について、みだりに口外しない。」