医療ガバナンス学会 (2017年11月2日 06:00)
この原稿はJBPRESS(10月2日配信)からの転載です。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51208
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2017年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●遠隔診療は医療費削減に貢献するか?
まず、“スマホ通院“とも称される遠隔診療についてです。
この8月、医学雑誌「Lancet」に遠隔診療の大きな可能性を示す論文が掲載されました。オランダで、潰瘍性大腸炎などの難病である炎症性腸疾患患者に遠隔医療システムを用いた自己管理システムを使用したところ、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を保ちつつ外来受診回数や入院回数が有意に減少したというのです。
現在、MRT社の「ポケットドクター」、メドレー社の「CLINICS」などのシステムを使用することにより、患者はスマホ上で診療してもらうことが可能になっています。通院の移動時間、会計の待ち時間がなくなるため、仕事をしている方は、通院コストが大きく削減できているものと思います。
ただし現時点では、遠隔診療はあくまでも“対面診療の補完“なので、遠隔診療のみで診療が完結することはありえません。そのため、通院コストの削減効果だけでは、医療費抑制に果たす役割は限定されてしまうことになります。
今後、遠隔診療システムの機能がアップデートされ、新たな機能が加わるようになれば、診療所や地方でも高い水準の医療を提供し、開発費や導入費用を上回る医療費削減効果が実現されていくことでしょう。
モバイル機器上で稼働する治療アプリを開発したキュアアップのような医療ベンチャーも現れています。導入費用ゼロの遠隔診療を目指すお茶ノ水内科院長、五十嵐健祐先生の取り組みもあります。
このように、より良い遠隔診療サービスが受けられる環境が整ってきています。来年度の診療報酬改定で、遠隔診療普及のための政策的な後押しが行われることを期待しています。
●AIを活用した内視鏡検査は医療費削減に貢献するか?
私たちが開発を進めている“人工知能を使った内視鏡画像診断支援システム”も、その有用性がほぼ確実となっています。
(参考・関連記事)「人工知能が検診の見落としを防ぐことは可能か?」
人工知能を使った内視鏡画像診断支援システムの開発には、現在、国立がん研究センター、昭和大学工藤進英先生グループ、オリンパス、そして消化器内視鏡学会などが取り組んでいます。
人工知能を使った内視鏡画像診断支援システムは、医療費削減に大きな効果があるのではないかと期待されています。その大きな理由は、人工知能の画像診断スピードが人間のスピードをはるかに上回っているからです。
私の所属する浦和医師会では、胃がん内視鏡検診2次読影(ダブルチェック)業務として、年間200万枚以上の画像を50名以上の内視鏡専門医が1年間かけて判定しています。このダブルチェック業務を人工知能に行わせると、1年分の仕事が数時間で完了します。もちろん最終的には専門医のチェックも必要になりますが、医療の質を保ちつつ大幅に負担が軽減されるのは間違いないでしょう。
とはいえ、検診ダブルチェックに人工知能を使用しても、医療費削減の効果はあまり大きいとは言えません。なぜならば、ダブルチェック業務はコストがかさむため、行っている医療機関・検診センターが極めて少ないからです。現状でダブルチェック業務を行っているのは、原則として市町村が行う胃がん内視鏡検診のみです。
一方、内視鏡検査時にリアルタイムで使用した場合、早期がんの発見比率が高まり、結果的に医療費抑制につながる可能性はあります。早期に発見すれば、内視鏡切除で済み、胃や腸切除を伴う手術が必要ではなくなるからです。ただし、現場で実証実験を行い、データで証明するには、年単位の時間がかかると思われます。
●様々な分野で模索を続けるべき
前述したように、遠隔診療を「通常外来+遠隔診療」「通常訪問診療+遠隔診療」という形で進めている限り、すぐに医療費削減の大きな効果が出ることはないでしょう。
また、人口知能を使った内視鏡画像診断支援システムにおいても、開発コストや導入費用が確定されていない現状では医療費の抑制効果は未知数です。
しかし、このような、医療の質と医療費抑制の両立の模索を、様々な分野で続けるべきであると私は思います。あらゆる分野でこのような取り組みを続けることでしか、「医療の質を保ちつつ、医療費も抑制する」というとてつもなく難しい課題が達成されることはないのではないでしょうか。