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Vol.086 間違ったシナリオ

医療ガバナンス学会 (2018年4月23日 06:00)


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福島県浜通り
永井雅巳

2018年4月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本の医療の在り様が、病院から在宅医療にシフトチェンジされる。その理由は、高齢化社会の到来、それに伴う医療費の増大による。たしかに、この国の高齢化社会の到来は、予測が難しい未来年表の中でも、近い将来、確かなモノらしい。

つい昨今まで、この国の医療は、大学・学界・急性期病院主導で動くと思っていたが、どうも、これでは日本の経済がもたないようだ。計画医療経済を司る厚労省はその事に以前より気づき、着々と準備をしてきた、さすがだ。といっても、あるシナリオを想定し、それに沿って道筋を描く事はそう難しくないかも知れないが、そもそも、そのシナリオを間違えると、進むべき道を誤ることになる。

自分は初期・後期研修から所謂、急性期病院で学び、その後大学病院、県庁所在地の公立病院で勤めてきた。この私のキャリアが特別かと言われると、そうでもない。日本の医師の大半は、大学主導・急性期病院主導の病院で培われてきた。今も多くはそのように思える。一方、私が今、その対局に在り、かつこの国のマジョリティと思える高齢者を中心とした地域医療の現場で直面しているニーズは、高齢者のコモンな症状(排泄障害、慢性疼痛、睡眠障害、認知症、スキンケア、嚥下、生活支援リハビリ、栄養など・・)への適切な対応だ。
残念ながら、自分のキャリアの中では、あまり教えてこられなかったし、勉強もしてこなかった(自省)。どうも、これからのこの国のめざす医療は、今までのアカデミズム主導の急性期医療とは、ずいぶん離れた所に在るようだ。・・・一方、それでも、まだ、医学界の主流は、多くの医師に臓器専門性に向かう志向を要求し、多くの専門医(と呼ばれるモノ)を産出しようとし、行政府もそれを支持する(専門医制度;この制度に対する私見は別稿で記す)。愚かで間違ったシナリオだ。

急性期医療で教わった理念は、死に近い人をいかに救うかといったミッションであった。救命こそが、医師を振い立たせる最大のインセンティブであることを否定しないし、大切な事だ。私自身それをめざしてきた。その理由の一因は、国民の多くが生産世代に在った時代(戦後以降~1980年代)において、その世代が病む癌や脳・心臓血管障害に侵された人を救う事が国力維持の上でも重要であったからだろう。

一方、時代が動き(2000年以降)、国民の大半が、生産年齢世代を越え、高齢者となった今は、どうだろうか。いわゆる平均寿命から健康寿命の乖離は、医学の進歩により広がる一方であるが、その健康寿命と平均寿命の間にあるのは、言わば、死への準備期間としての医療である。そして、ここに、周知のように国民医療費の多くが注がれ、業界やその周りにある一部の人を潤している。

死への準備期間と言ったが、決してネガティブのものではない。例え、平均寿命が延びたところで、畢竟、人は死ぬモノであることを、恐らく、国民の多くは知っている。恰も、アカデミズムが主導し、近代医療がめざす不老不死を産むような医療をめざしてみても、それは果たせないことを、実は国民の多くは知っている(が、業界主流は知らないのかも知れない)。現実に、100年を越えて生きている人は少ない。ならば、いかにその間(健康~平均寿命)にある人達の生活の質を維持し、快適に死への準備を行うか。今、医療現場に関わる医師に求められているのは、高齢者に観られるコモンな症状に適切に対応できる裾野の広い医師(ジェネラリスト)ではないか。

未来へと続く今が、遠からず来ることを、賢明な厚生官僚は、少なくとも1970年代後半には想定していた。結果、時の保険局長は1983年に“医療費亡国論”と呼ばれる警鐘を発した。すなわち、「医療費増大が国を滅ぼす」であり、「この国の医療保険制度をいま改革しなくては、この国は必ず崩壊する」と公表した。決して、この考えは、当時予測が困難であった阪神や東北大震災をも想定したモノではなく、現在に至る経緯はすでに、今から30有余年前の官僚間では想定されていた。勿論、医療や教育のような社会資本に関する制度のハンドルを急に切るのは困難で(その必要があったから、それまで構築されてきたものだから)、その実現のために、時の厚生官僚は、少しずつハンドルを切る必要があった(医療法改正、医療計画、診療報酬改定など・・巧みだ)。
そこで想定されたこの国を滅ぼす悪の根源は病床数や医師数とするのが、このシナリオの原点で在り、その変革のための最大抵抗勢力は、巷間、日本医師会のような風評があるが、私は、(1)経済成長;それを推進する医薬業界、(2)それに追従するアカデミズム、(3)そこに巣くう為政者の影響が強かったように思う(もっとも、これらの3集団は、互いにもたれ合っている仲であるので、一つのグループとして、総括して良いのかも知れないが・・)

本論に戻ろう。先の医療費亡国論から一貫している国の主張は、医師が増え、病床が増えた事が医療費増大を招いていると結論づけ、病床の削減が必須であるとするシナリオによる。果たして、本当だろうか・・。これが本稿のテーマだ。

2016年11月全国保険団体連合会は、そのHPに、“膨張する医療費の要因は薬剤費にあり”という検証結果を報告した。その内容は、“2000年から2015年の間に医療費は約12兆円増加しているが、病院の伸びが5.3兆円、調剤薬局の伸びが5.1兆円と大半を占め、入院外医療費の7.8兆円の増加の53%は薬剤費である”という。(もちろん、本質は調剤薬局ではなく、その後ろにある製薬メーカーであることは言うまでもない。)またレセプト一件当たりの薬剤料は、この間+59.1%と天井知らずの伸びを示しており、その原因にわが国の高薬価構造があると指摘している。
以上の全国保険団体連合会の報告は、2000年から2015年までの15年間における検証結果であるが、残念ながら、私は1985年の時点、国が医療費高騰を危惧し、計画的に医療の在り方を誘導した(第一次~第七次医療法改正)この30年間についての検証結果を知らない(勿論、当局は把握していたと思うが・・)。国の総医療費抑制をめざした医療法改正の焦点が、果たして、医療費高騰の主因で何であるかを十分な検証と説明責任を果たさないまま、もっぱら医療現場・国民生活にその代償を求めた、そもそも、間違ったシナリオではないか? もし、そうであったとすれば、それを主導した行政府の責任は重い。問題の主因は、経済成長が多くの国民を幸せにするという幻想ではないか。

最近担当した高齢者夫婦(互いに85歳以上)の現状は、実子は職を求め東京に出、帰ってこない(東京に職はあっても地方にはないから)。妻は目が見えなくなり、夫は耳が聞こえず、腰痛症のため、車の運転ができなくなった。複数、通っていた医療機関への通院は困難となり、在宅医療を選択した(金銭的には複数の医療機関に通うより、遙かに効率がよい。賢明で在る。)
ただ、在宅医療を選択する上では、この夫婦には明らかに介護力が不足しており、思うに在宅医療より、恵まれた住居環境、常駐する介護スタッフがいる施設入所が望ましいと思えるが、夫の年金は月当たり10万円、妻は3万円。これでは、現状、夫婦が入所できる施設はない。また、経済力のない市町村が、これらの高齢者を支えられる筈もない。これが現状である。学界・業界・政界の一蓮托生が創ったツケを行政府は、上手に理由付けをし、地域で・・、と言っているが、地域現場では、その余裕もない。これが、厚労省が描くシナリオの現状・幻想である。“地域”で支える想定の“地域”は、まもなく、消滅する(勿論、それが幻想で在ることは優秀な官僚は知っていると思うが・・)。

因みに、製薬業界の現状についてレポートするある製薬会社(第一三共株式会社)のHPから引用すると、「製薬産業は、これからの時代の成長産業と言われています。不況といわれる近年においても業界の市場は前年と比較し成長しており、2013年度の医療用医薬品国内市場は、初めて10兆円を超える結果となりました。薬は人々が健康に暮らしていくために必要なもの。特に、高齢化が進む21世紀の社会にとって必要不可欠な産業と言っても過言ではありません。日本だけでなく、先進国における高齢者比率は高まっており、今後数十年間にわたってこの傾向は続きます。さらには新興国においても高齢化社会が到来し、市場は今後も拡大すると予測されています。経済の好況・不況による影響が小さい製薬産業の市場は、これから先も伸び続けます。(中略・・・)。
売上総利益率に注目すると、製薬産業の割合が30%超と抜き出ていることがわかります。」(下線筆者注)とある。製薬産業界の発展やわが国の経済成長に異議を唱えるつもりはなく、また、これからも新興国にそのマーケットが広がると考えているこの業界のノーテンキな時代遅れの想いは別稿にゆずるとしても、驚くのは、その利益率が現在、30%超で在ることだ。それがこの国の現状だ。一方、2016年度厚労省の公表した医療経済実態調査によると、精神科以外の病院の利益率はマイナス4.2%で、その主因は人件費の高騰にいるという(今の医療を実行するためには、それだけ多くの人が必要ということのように思えるが・・)。30%を越える利益率と、-4.2%・・。何が医療費を高騰させているかは明白である。

行政府は、この業界の考えを強力に後押しする。2013年に公表された「日本再興戦略」では、“医薬品、医療機器、再生医療関連の市場規模は2020年に16兆円と設定され、2025年には20兆円に達すると予想され、「健康・医療戦略」においても、医療関連産業を活性化することが日本の経済成長に寄与する”と報じている。

製薬業界だけではない。日本病院会の報告によると、その会員からのアンケート調査に基づく医療機器関連費用は年間、約1兆9千億円、IT関連費用は約7千億円、計2兆6千億円であるという。この額は平成27年全国医療機関費用42兆円のうちの病院分26兆円の約10%を占めるという。結果、「先端医療機器の整備は病院医療のレベルを向上させ、患者の健康維持、医療従事者の質向上を図る上で重要である」ことを認める一方、「その事業体にとって大きな財政的負担となる」と述べている。
この考察は、もし病院財政が破綻すれば、病院医療レベルの質は低下し、患者の健康維持や医療従事者の質は低下することを示唆しているようにも受け取れるが、どうだろうか。そして、それは差し迫った未来の話ではなく、残念ながらすでに現実化し、日本の地域医療は崩壊しつつある。重要なことは、わが国の経済産業界の発展が必要であることは理解できるとしても、それが一般国民における医療や福祉のバーターであって良いのだろうかと言うことだ。

もう少しミクロな話をしよう。例えば、富士経済によると、プロミシングな製薬業界にとっても、有望な市場はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)関連と骨に関するモノらしい。骨粗鬆症治療薬市場に関して言えば、高齢者社会の到来により、2013年には2179億円だった市場規模が、2022年には3204億円程度になるという。これからの高齢者社会において重要であり、国際間経済競争においては、当業界も頑張らねばならないと扇動する。学会もそれを後押しするかのように、片側、大腿骨頸部骨折を起こした患者には健側の骨折を起こすリスクが高く、肺血栓症を始め、もろもろの合併症含めれば、その生存予後は悪いので、ビスフォスフォネート製剤、ビタミンD3、あるいはPTH製剤の投与が重要であるというエビデンスを蓄積・引用して、標準ガイドラインを作る。結果、3000億円に達する医薬品市場が創られる。業界を学界が後押しし、経済主導の政界・行政府が、そのために動く・・。が、その事は、国民のためと言うより、それぞれの利権のためのように自分には思える。頚部骨折患者の住居を観れば、アルゴリズムの筆頭は高額な薬品の投与ではなく、生活環境の改善ではないか・・そのように思えてならない。

この国民の医療は、以上のように、経済成長やそれを後押しする学界・政界権益とバーターされている。経済が主で在り、そこに集まる学界、政界の諸氏が市場を広げるために知恵を絞る。勿論、市場活性化の一番効率的な方法は近隣諸国での戦争だ。戦争以上に経済を活性化した歴史はないが、本稿ではその事は言及しない。(幸い)戦争がなければ、それに変わるモノを求め、新たな市場を創り出そうとしてきた。
ただ、経済成長は重要な事としても、そこで得られた収益が、今では国民全体に還元されているかは甚だ疑問だ。現在、還元されているのは各界の一部権力者への権益・利益であり、統計は中産階級の平均賃金の上昇には貢献していないことを示している。結果、この国の貧富の差は年々拡大し、地域間格差も広がり、大切な国民医療は崩壊しようとしている。今、一部の人にのみに還元されている冨や力を、国民全体が享受できるシステムが国として求められているのではないか。“地域で支える”はずの地域・コミュニティは今、消滅しかかっているのが現実だ。足で歩き、車で地方の村を走ればわかる。その現実を知らず、幻想の夢としてのシナリオを霞ヶ関が描いているとしたら、知らない(フリをしている)行政府の責任は重い。

繰り返す、宇沢弘文先生は、医療を経済に合わせるのではなく、経済を医療に合わせろと喝破された。経済と表裏をなす政治も同様、大切なのは、今の国民、そして将来の国民を見据えた施策ではないだろうか。描かれたシナリオは間違っている。

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