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Vol.094 福井市「在宅専門クリニック」で再認識した「教育」の地域格差

医療ガバナンス学会 (2018年5月7日 06:00)


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この原稿は新潮社Foresight(2月1日配信)からの転載です。

http://www.fsight.jp/articles/-/43279

上昌広

2018年5月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_094-1.pdf

1月13日、福井市を訪問した。7年ぶりに積雪70センチの大雪が降った日だった。
目的は2011年2月に開設された「オレンジホームケアクリニック」という在宅専門クリニックを訪問し、そこで開催されるシンポジウムに出席することだった。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_094-2.pdf

私はクリニックを一目見て、度肝を抜かれた。クリニックは実に快適だ。このスペースをスタッフだけでなく、患者・家族も利用するという。

総勢60名のスタッフは若い人が多く、活き活きと働いている。医師不足のなか、医師は6人(常勤医は5人)だ。ジェネラルマネージャーの増永英尚氏はマスコミに勤務していたが、「取材して、ここで働きたいと考え、転職した」そうだ。不思議な魅力のある組織だ。

彼らが約300人の在宅患者をフォローしており、毎年100人程度を看取る。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_094-3.pdf

さらに障害児施設(オレンジキッズケアラボ)や地域住民の交流の場(みんなの保健室)も設けている。代表を務める紅谷浩之医師は、「在宅医療が『病気』を診るツールだとすると これらの場所や仕組みは『生活』そのものを支え、つながりを創るものだと考えています」と言う。

なぜ、こんな施設が福井にでき、維持されているのだろうか。
◆人材の層の厚さ
「地域振興」を目的に莫大な税金が公共事業に注ぎ込まれてきたが、多くは借金を残しただけだった。事業として継続できなかった。「オレンジホームケアクリニック」との差は何だろう。私は、人材の層の厚さだと考えている。

今回、「オレンジホームケアクリニック」を私に紹介してくれたのは、福嶋輝彦さんだ。福井出身で、父親の病気・死を契機に、故郷の町興しに従事していた。

福嶋さんは政治の世界で有名だ。東京大学在学中、舛添要一・東大助教授(当時)のゼミに参加していた縁で、舛添氏の厚生労働大臣、東京都知事在任中に、政務秘書官、特別秘書として恩師を支えた。知人の大臣経験者は、「舛添さんが活躍できたのは福嶋さんのお陰」と言う。私から見ても、福嶋さんは洞察力があり、優秀だ。信義に厚く、権力に迎合しない。舛添氏が都知事退任後は、福井の町興しのため、福井と東京を往復する生活に戻った。

福嶋さんは、「福井にこんな凄い人がいるとは思わなかった。政治の世界にいたので、つい、羽振りがいい人には何かウラがあると思ってしまうが、紅谷先生にはそれがまったくない」と言う。そして、「是非、上先生たちのグループとコラボできないだろうか」と提案された。そうやって福嶋さんが、我々のグループと「オレンジホームケアクリニック」の「お見合い」をセットしてくれた。これは我々にとっても有り難かった。早速、共同研究を始めることとなった。
◆地域コミュニティーの核は「学校」
なぜ福嶋さんに、このような仕事ができたのだろうか。それは、彼が福井の地域コミュニティーのハブの役割を担っているからだ。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_094-4.pdf

彼は福井訪問中、大勢の「仲間」を紹介してくれた。例えば、新海康介氏だ。福井城のお堀端に「城町アネックス」というホテルを経営している。当日、皆で会食するとともに宿泊したが、お洒落で快適なホテルだった。

新海氏は紅谷医師の同級生。彼からは、福井の町については勿論、紅谷医師の昔話を聞くことができた。このような話を聞けば、自然と親近感がわく。

では、福井の地域コミュニティーを育んできたのは何だろう。私は学校だと思う。

福嶋さんと紅谷医師は、福井県立高志高校の先輩・後輩だ。神戸生まれで余所者の私が入ると、自然と母校の話題で盛り上がる。

福井県内には7つの大学があるが、もっともレベルが高いとされているのは、県内唯一の国立大学である福井大学だ。卒業生の就職率が高いことで有名だ。

進学校では、福井県立の藤島高校、高志高校(ともに福井市)、武生高校(越前市)が有名だ。

特に福井藩の藩校明道館を前身に持つ藤島高校は全国ランクだ。例年10名前後、東京大学に合格者を出す。京都大学は20名近く、金沢大学は50名前後だ。

卒業生には著名人も多い。OBには宇野重吉(俳優)、南部陽一郎(ノーベル物理学賞受賞の理論物理学者)、榊原仟(榊原記念病院創設者)らがいる。

私は学生時代に東大運動会剣道部に所属したが、藤島高校出身者は強かった。2年下の小林知洋君は藤島高校OBだ。同校在学中には福井県代表としてインターハイにも出場した。東大時代も主将を務め、一昨年まで東大剣道部監督を務めた。

現在も東大剣道部には3名の藤島高校OBが在籍している。小林君に「オレンジホームケアクリニック」のことを伝えたところ、「学生を紹介させてください。帰省したときに遊びに行かせます」という。
◆幕末からの流れ
今回のケースは、藤島高校と高志高校のネットワークが、地元と東京を結びつける上で有効に機能したことを意味する。

では、負債を残すだけの公共事業と、今回のようなネットワークは、何が違うのだろうか。私は、地域の教育レベルの差だと思う。

福井は伝統ある教育先進地域である。その礎を築いたのは、越前32万石の福井藩だ。幕末の藩主松平春嶽は英明で、「幕府方でもっとも優秀な藩主」と評された。身分や藩の内外を問わず、人材を登用した。その中に橋本左内、横井小楠、由利公正らがいる。

松平春嶽は公武合体を目指し、新政府との関係も良好だった。維新政府でも要職を歴任し、版籍奉還では、藩主茂昭はそのまま藩知事に就任した。

この遺産は、今も残っている。前述したように、藤島高校の前身は藩校だ。私と藤島高校の付き合いは剣道がきっかけだが、剣道は伝統的に城下町、特に幕末の戊辰戦争で勝った地域が強い。

私と同期でインターハイ個人戦3位に入賞したのは、熊本県屈指の進学校、熊本県立済々黌高校の田中孝和氏だ。同校は熊本藩の藩校時習館が明治3年に廃校になった後、明治12年に時習館出身の士族佐々友房が中心になって創立したものだ。明治政府により弾圧された幕府側と比べ、この地域には士族の伝統が生き残りやすかったのだろう。藤島高校剣道部が強いのも、このような流れで考えると理解しやすい。
◆「教育投資」不足を「原発」で穴埋め

重要なのは、剣道という、幕末以来の伝統的な技能が、この地域出身者に伝えられ、外部との交流に貢献していることだ。伝統を守ることは難しい。

その1つのケースが福井県西部だ。福井県は、嶺南・嶺北地域という2つの地域に大別される。嶺南地域の旧国名は若狭と越前の一部(敦賀)だ。

江戸時代、この地域を治めたのは小浜藩9万国と敦賀藩1万石だった。いずれも徳川譜代の酒井家が治め、敦賀藩は小浜藩の支藩だった。

若狭湾はリアス式海岸で、良港に恵まれた。西回り航路が開発されるまで、北海道から運ばれてきた産物は若狭で陸揚げされ、鯖街道や琵琶湖を通り、京都・大阪へと運ばれた。たいそうな繁栄だったという。

幕末、この地域に悲劇がおそった。酒井家は京都所司代を命ぜられ、その治安を守った。脱藩した元藩士で攘夷運動の活動家だった梅田雲浜を捕縛した。梅田は安政の大獄で摘発された2人目の人物で、後に獄中死する。

徳川慶喜に建言するため挙兵した水戸藩の天狗党が投降したのも、小浜藩の領地だった。当然だが、維新の志士たちの恨みを買う。

幕末、小浜藩は佐幕を貫いた。鳥羽・伏見の戦いでは幕府側に与し、敗れた。明治4年の廃藩置県で、小浜藩は小浜県となる。その後、敦賀県、滋賀県を経て、明治14年に福井県に編入される。梅田雲浜らが学んだ藩校順造館は閉鎖され、この地域に高等教育機関ができるのは、明治31年の福井県立武生尋常中学校(現武生高校)まで待たねばならない。

現在、この地に国立大学はない。この地域を有名にしているのは、原発銀座だ。15基の原発が立ち並ぶ。教育投資の不足を、原発で穴埋めされたあたり、私が活動を続ける福島県浜通りと酷似する。
◆医療は地域文化の象徴
戦後、高等教育は医学部を中心に発展してきた。旧6官立医科大学は勿論、東大や京大は医学校や療養所を前身としている。高等教育機関の有無は、現在、地域の医療提供体制にどのように影響しているだろう。

http://expres.umin.jp/mric/mric_2018_094-5.pdf

その影響は、皆さんが想像するより遙かに大きい。日本医師会総合政策研究機構(JMARI=日医総研)の「地域の医療提供体制の現状―都道府県別・二次医療圏別データ集―(2015年版)」によれば、福井県内の医師数は2124人だが、その内訳は嶺北には1848人、嶺南に276人だ。人口1000人あたりにすると2.87人と1.96人だ。嶺北は全国平均(2.59人)を大きく上回り、嶺南はメキシコやキルギスと同レベルだ。高齢化を考慮すれば、嶺南の医師不足は深刻だ。このような格差ができたのは、県内の唯一の医師養成機関である福井大学が嶺北の福井市内にあるからだ(医学部は隣の永平寺町)。

厚労省は医師偏在対策として、若手医師が地方で勤務することを義務づけようとしている。日本専門医機構は今年4月から新専門医制度を開始し、その目的の1つに医師偏在の解消を掲げたが、その結果は東京一極集中を招くだけだ。

医療は地域の文化の象徴だ。医師を強制配置するだけでは偏在は解決しない。地域の総合力が問われる。

福井に「オレンジホームケアクリニック」が存在するのは、長年にわたり、この地域が人材育成に投資してきたからだ。そして、多くの人材を産みだした。量は質に転化する。

医師不足、医師偏在の議論は、もっと長期的な視点に立った、歴史を踏まえた人材育成の議論が必要だ。

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