医療ガバナンス学会 (2018年5月24日 06:00)
今回は筆者が確認した「子育てしながらの研修がブロックされた実例」を示したい。
本制度は「循環型プログラム制」という、わかりやすく言うと大学病院を中心に関連病院を決められたプログラムに沿って研修して回るシステムを導入した。研修先が頻回に変わるので、子育て世代の医師には負担が大きい。特に女性医師にとっては、妊娠出産と研修の時期が重なるために余程慎重に制度設計しないと大変なことになると何度も注意喚起してきた(2)(3)(4)。全業種を通して最大のブラック業界と言われる医療界では、今までの制度でさえ女性医師はall or nothingの選択肢になりがちで、ある統計では50代の女性医師の36%は未婚(同、男性の未婚率2.8%)であった。つまり働き方改革とセットでなければ、現状でさえ結婚して子育てしながら専門医取得することが難しいのである。女性医師のパートナーの6〜7割は医師なので、子育て世代の医師カップルが数ヶ月ごとに職場を点々としながら研修しなければならないのであれば、保育園問題ひとつ取り上げても不可能に近いということが想像出来るであろうか。アンケート等でも女性医師が大きな不安を抱えていたことがわかる(5)
このような声を受け、日本専門医機構では、制度の開始を1年延期・再検討し、出産育児、留学等によりカリキュラム制も選択出来るよう柔軟な制度に変更したはず、だった。
実例を示す。
ある大学病院で、子育て中のため時短等の配慮を求めプログラム制に応募してきた女性医師に対し、その条件でのプログラム参加を認めた。女性医師は引っ越しや保育園の手配をし家族の協力を得ながら準備を進めたが、二次募集終了時に該当科の教授から突如、これではトレーニングが不十分になるので引き受けられないとの連絡が来たのである。そして、そういった場合の研修に柔軟な対応をとるはずのカリキュラム制の提示もなく、たった一度のやり取りで「本人辞退」の手続きが進められてしまった。
このあまりにひどい仕打ちに対して、当人は機構へどうしたらいいのか問い合わせのメールを送った。
ところが、あろうことか、機構はこれを放置した。
それどころか、「カリキュラム制で研修する場合もプログラムに登録するように」と勝手にルール変更し各学会から来ている委員に指導したのだ。これに対し、整形外科学会委員より、卒業後に義務年限を有する自治医科大学や地域枠等の卒業生や、出産・育児・留学などでプログラムを中断しなければない場合に、それらをすべてプログラム制に乗せるのには無理があるという申し立てがあったが、機構はこれも放置しているのである。
表で言っていることと裏でやっていることがあまりに違い過ぎる、驚くべきガバナンスの欠如である。
この制度はそもそもアメリカの専門医制度を参考に医師の「質」を高めようと、医学部卒業後2年間の初期研修を終えた医師を対象に計画されたものだった。実際9割以上の若い研修医達が専門医制度への参加を希望している。ところが、様々な利害関係が入り交じり、「質」の担保はどこへやら、医師の偏在対策と大学医局の復権をもくろむ制度と成り果てた。
どこも医師は足りない。兵隊は欲しい。要は若い医師達の奪い合いが始まったのである。
5月12日の週刊ダイヤモンドの特集記事では、フリーランスの麻酔科医師の声として「新専門医制度は28~35才の割安で使い勝手のよい若手医師を、専門医を口実に大学医局に拘束し、医局というメンバーシップ型組織を復興したいという医療界上層部の野望を具体化したものだったのかもしれません」というコメントが載っている(7)。同感である。
日本専門医機構は一般社団法人であり、日本の医療の未来を決めるような権限は持たない。理事達は日本医師会、大学病院、各医療団体を代表するほぼ年配の男性で構成されており、女性医師は1人しかいない。この人達には、子育てしながら研修するということがどういうことかやったこともなければ想像することさえも出来ないのだろう。
結局、ふたを開けてみれば、医療の維持のために不可欠な内科や外科にいく応募者は、研修の負担が多いことから敬遠され、眼科や耳鼻科などのマイナー科が増えた。
m3という医療系メディアが行った新専門医制度の一期生調査(8)でも以下のような声が上がっている。
・内科志望だったが、研修ローテートの負担がかなり大きく、マイナー科に転向した。初期研修で2カ月ずつそれぞれの内科を回っているのに、さらに後期でも研修するのは、負担がかなり大きく、結婚や子育てを考えている自分にとっては、科の転向が有意義な選択となった。
・学生の頃から内科を志望していました。しかし専門領域で働く前にまた研修医のローテートのような期間が生まれ、正直将来の結婚出産を考えると無駄な時間だと思い、マイナー外科へ進むことを決めました。
話を戻す。子供を育てながらトレーニングを積んでいい医師になりたいという道がいきなり断たれた女性医師の落胆度は察するに余りある。1人の大切な若い医師の未来をこのようなルール違反で安易に閉ざしてしまった責任はどこにあるのか。
日本専門医機構は組織としての体を成していない。フィードバックシステムのない組織は組織と呼ばない(ドラッガー)のだ。
真実は隠し通すことは出来ない。詭弁を弄する機構は一体どう落とし前をつけるつもりか。
参考
(1)今春スタートした研修医の新制度は「地域医療崩壊」の序曲だ
島田眞路・山梨大学学長に聞く 週刊ダイヤモンド 2018.5.17
http://diamond.jp/articles/-/170251
(2) 坂根みち子 絶望の専門医制度 ハフポスト 2017年1月6日https://www.huffingtonpost.jp/michiko-sakane/the-despair-of-specialist-system_b_13985802.html
(3) 坂根みち子Vol.079 新専門医制度の何が問題なのか ~巧妙に仕込まれたプログラム制の罠~ http://medg.jp/mt/?p=7481 医療ガバナンス学会 2017年4月13日
(4) 坂根みち子Vol.164 これから専門医を取ろうとしているドクターへ この制度の問題点を知ろう http://medg.jp/mt/?p=7749 医療ガバナンス学会 2017年8月4日
(5)女医の85.7%が新専門医に反対!? 新専門医制度への女性医師たちの不安と懸念とは
https://www.joystyle.net/articles/453 アンケート joy.net
(6)新専門医制度の完成度、「100%は無理、6、7割から」
第36回臨床研修研究会、日本専門医機構事務局長代行が講演
https://www.m3.com/news/iryoishin/598898 2018年4月22日
(7) 医師の集団辞職が大学病院で多発する理由http://diamond.jp/articles/-/169760
(8)m3.com いよいよ開始!新専門医制度の一期生調査
https://www.m3.com/news/iryoishin/597531?dcf_doctor=true&portalId=mailmag&mmp=MD180520&dcf_doctor=true&mc.l=294874888