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Vol.193 「新専門医制度」が地域医療を崩壊に追い込んでいる

医療ガバナンス学会 (2018年9月24日 06:00)


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その1:岩手県では小児科、産婦人科の専攻志望医はたった一人ずつしかいない!
― 日本専門医機構の新執行部は腹をくくり、機構解散と制度の白紙撤回を ―

仙台厚生病院 医学教育支援室
室長 遠藤希之

2018年9月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

岩手県平泉町。
平安時代の末期に奥州藤原氏が居を構え、浄土思想を具現化した中尊寺や毛越寺浄土式庭園を有する世界文化遺産の中心自治体である。この有名な平泉町の南に岩手県第二の都市、一関市(人口12万人弱)が隣接している。

新専門医制度が始まった今春、一関市を中心として地域医療に大きな問題が生じた。
一関市の友人医師が言う。「一関病院と昭和病院で小児科医がいなくなり、小児科病棟を閉鎖しています。一関市と宮城県北をあわせて小児科で入院できる施設が(岩手県立)磐井病院(いわいびょういん、315床)ただひとつになってしまいました。」
この一関市の南に接して宮城県栗原市がある。なんと一関にある「岩手県立」病院の、入院患者の二割は宮城県北の人々だという。栗原市は人口6万6千人。歴史的にはどちらも伊達藩に属しており、明治の廃藩置県で分割されてしまったが、いわば「同一の生活文化圏」だ。つまり、今春から総人口19万人余りの医療圏に、小児科の入院設備がある病院が「一か所だけ」になってしまったのだ。宮城県栗原市の南部の人々はさらに南側、つまり仙台市側にある大崎市民病院に、より時間をかけて行かざるを得ない状況になった。
「岩手県第二の都市ですら小児科の入院施設がある病院が一か所のみ!」という事態は、他県に住んでいる読者にも尋常ならざる状況だ、とは感覚的にわかっていただけるのではないだろうか。
友人医師は続ける。
「実は岩手県南の集中治療室がある病院の産婦人科も、岩手県立磐井病院(一関市)だけになってしまいました。平泉の北にある岩手県立胆沢(いさわ)病院では、産婦人科が閉鎖(!)、小児科縮小という実態があります。」

胆沢病院がある地域は、冒頭に述べた平泉町の「北」に隣接する奥州市水沢区・胆沢区(旧水沢市・胆沢町)を中心とした胆沢地方である。北上川を挟んだ東側には江刺区(旧江刺市)があり、すぐ北の金ヶ崎町とあわせて全体を胆江(たんこう)地方と呼ぶ。胆沢病院は病床数346を誇る胆江地方の守り手病院だ。ちなみに胆沢地方は仙台と盛岡という大都市の丁度中間の距離に位置している。三次救急が必要な患者にとっては厳しい距離だ。

この胆江地区には15万人余りが住んでいる。生活圏を同じくする平泉町の約八千人を合わせて16万人。その人口を支える中核病院の産婦人科が閉鎖されたのだ。そのため胆江地区のリスクの高いお産は、さらに北にある岩手中部病院(北上市)に搬送せざるを得なくなる。磐井病院だけではとても支えきれない。
間の悪いことに胆沢病院の小児科も風前の灯という。現在、震災の手伝いで来てくれたご高齢の大阪の女性医師が常勤として1名、他にはパートの医師でなんとか維持している状態なのだそうだ。

少し整理してみよう。岩手県の南部と宮城県北を加えると実に三十五万人を抱える医療圏がある。しかしその地域に「産婦人科病棟があり新生児の集中治療室(NICU)も備えた病院」が、なんと一か所しかないことになった。この地方は内陸に位置しているが、さらに言えば、震災に遭った三陸地方からの患者も少なくないのだそうだ。

岩手県南(プラス 宮城県北)の、産科、小児科に光はあるのか。現時点では全くない。どころか、「暗い影」、いや「闇」が包み込んでいる。その元凶が「「新専門医制度」なのだ。

『新専門医制度』が始まった今年度、岩手県で、小児科、産婦人科を志す専攻医(三年目の医師)は、それぞれ、たった一人ずつしかいなかった。このような県は他にみない。

なぜなら専門医機構が定めた、研修するべき「基幹施設」の審査ハードルが高すぎ、また当該都道府県を中心に「循環型研修」をしなければならないため、専攻医が岩手から逃げ出したためだ。

全国的には産科、小児科を志望する女性医師は外科などに比べると、意外に少なくはない。しかし機構の定めた馬鹿げたルールのもと、岩手県内で研修しようとすれば、盛岡市を振り出しにして釜石市、大船渡市、といった「連携施設」を転々とせざるを得ない可能性がある。岩手は日本第二の面積を誇る地方自治体だが、ほとんど唯一の基幹施設=岩手医大に属し、数か月ごとに県内を転々とさせられるのではたまったものではない。
これでは岩手県からは医師は逃げ出す。ところが岩手医大の理事長や医学部長はこの制度がことほど気に入っていると聞く。岩手医大は岩手県内では絶大な支配力と収益を誇っているからだ。
しかしこの制度は岩手県の医療、ひいては岩手県も滅ぼすであろう。

話が逸れた。新専門医制度が「始まってしまった件」に話を戻す。

平成28年8月。当時の塩崎前厚生労働大臣は、地域医療に対する悪影響を慮り、この制度は前提として「専門医制度には、地域医療への悪影響の懸念、専攻医が望む研修ができなくなる懸念がある。」と一年の延期をした。そして「運用の中で問題があれば速やかに是正が行われる必要がある」とも述べた。けだし慧眼であった。
この談話を受けて、専門医機構の松原謙二副理事長(当時)は平成29年8月4日の機構理事会後の記者会見において、「機構は2018年4月から新しい専門医制度を開始する。ただし、途中でいろいろな議論で問題が出てきた時には、私たちは真摯な態度で対応する。各学会や厚生労働省とよく相談しながら、適切な形で決して地域医療に偏りが出ないように対応する。それを前提として開始したいと思う」と説明し、今年4月に強引に制度が始められた。
つまり厚生労働大臣談話における懸念が真摯な態度で対応されることが前提条件だった。そして1年間延期された新専門医制度の2018年4月からの開始が決まったのである。逆に言うと前提条件が崩れた場合には、開始すべきではなかったのだ。
ところが日本の各地で明らかにこの制度を見切り発車で行った事例が発生している。岩手県の事例も最たるものだ。今年の6月29日に退任した吉村前理事長もこの制度は「まだ70%だ」と言っていた。とんでもない。地域医療にとってはマイナス70%である。

さて、現時点での、新専門医制度に責任を持つべき「日本専門医機構」の状況だ。
理事長以下、責任ある執行部数人はあっという間に逃げ出してしまった。ちなみに彼らの常識を越えた発言の録音とその書き起こしはすべて流出している(元山形大学長の嘉山氏と松原前副理事長が「遠藤君、仙台の厚生病院の」などと言及している録音もあり笑止であった)。
しかし、資料流出に対する内部資料流出の第三者機関の調査の話も全く聞こえてこない。

専門医機構の寺本新理事長は、直近のメディアのインタビューで「(理事長職につくのは)火中の栗を拾ったようなものだ」とも言っている。そして寺本理事長以下、新執行部は厚労省の顔色をうかがい、未だ、来年度の専攻医募集日程すら決められずにいるというではないか。

寺本新理事長以下、理事会は勇断をもち、日本専門医機構は解散、新専門医制度は完全に凍結すべきだろう。

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