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Vol.037 エネルギーという悪魔:(2)いわき内郷の梅擬

医療ガバナンス学会 (2019年2月26日 06:00)


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浜通り 永井雅巳

2019年2月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

常磐・内郷はクリニックのある平から車で15分ほど。私たちの訪問診療のホームグラウンドだ。今から約3千万年前、この辺りには豊かな森や湿原が広がり、繁茂した植物はやがて地下で炭化し石炭となった。常磐炭田の発見は、1856年と記されているが、関東近辺で唯一の炭田として、大正から昭和の始めにかけて繁栄をきわめた。特徴は石炭層が深い位置にあるため、地中深く採掘する必要があったと残されている。最盛期の昭和26年には2万2千人もの就業者を抱えたが、昭和30年代石炭から石油へのエネルギー革命により、中小の炭鉱から合理化が進み、ついには、最大の常磐炭鉱も1971年(昭和46年)閉山となった。発見より約100年、“浜通り図書館”のHP によると、4千6百人の失業者も含め、3万人が影響を受けたと記されている。

この石炭産業からの転換を図るために、1964年(昭和39年)常磐は郡山と組み新産業都市としての指定を受ける。さらには1966年(昭和41年)域内14市町村が合併し、当時としては日本最大の広域都市いわき市を誕生させた。同年、常磐炭鉱を運営していた常磐興産は、社と街の存続をかけ、観光業に転換する。採掘中止により、再び湧出するようになった温泉を利用して、常磐ハワイアンセンター(現在のスパリゾートハワイアンズ)を建設した。その成功は2006年の映画「フラガール」によりよく知られている。この旧炭田地帯の南端に東海第一・第二、北端に福島第一・第二原子力発電所がある。

往診に湯本傾城を車で走れば、この辺りには凡そ3世代の住宅をみることができる。一つは昭和20年代常磐炭鉱に活気があった頃、炭鉱夫家族のために作られた住宅だ。今も残る要塞のような選炭工場や貯炭場跡のそばに在る。平屋建て長屋風で斜めに煙突が出ているのが特徴で、今では雨や風が蝕んで、やがて土にかえってしまうといった趣のある住宅だ。次に、不況期から新産業都市の指定を受け、ベッドタウンとして工場などで働く人のために作られた公営住宅がある。年代により、木骨系モルタル平屋建てから鉄筋4~5階建てまで、鉄筋のものは10棟以上の棟が並ぶ壮大な団地もある。古い公営住宅には敷地を管理する人もおらず、秋から冬、桜の最後の葉も落ち、欅が風にかさかさ身を震わす候ともなると、地面は枯葉の絨毯となる。この2つに比べ、高台の計画により開発された団地にはモダンな家が多い。冬にはその生垣に寒椿の紅赤な花や梅擬(ウメモドキ)の赤い実が並ぶ。住所も古いものは、山の神、力石、釜之前など古式なものが多いのに対し、後者には湘南台、中央台、自由が丘などシャレた名前がつく。震災・原発事故以後は、この3世代の住居に加え、新たに仮設住宅、復興団地があちこちに見られるようになった。
地域包括ケアシステムにおける5つの構成要素は植木鉢図でシンボライズされる。本人の選択、家族の心構えの皿の上に、生活の基盤となる「住まい」が植木鉢に描かれ、介護予防・生活支援の土壌に、医療・看護、介護・リハビリ、保健・福祉の専門的な3枚の葉が描かれている。生活の基盤として必要な住まいが整備されていることが本システムの前提と説明されている。そうなると、古い住宅に住む老人達、あるいは未だ仮設住まいを余儀なくされている避難住民たちにとって、このシステムはまだまだ遠いシステムである。

さて、約50年前の1965年に最初の原子力発電所が東海村に建てられて以来、日本には今までに57基の発電所が建設されたという。福島原子力災害ニュースによれば、うち現在稼働中なのは、玄海3,4号機、川内1,2号機、伊方3号機、高浜4号機、大飯3,4号機の8基。定期点検審査のため停止中が20基、東日本大震災のため停止中が8基、中越沖地震のため停止中が3基、政府要請により停止中が2基、廃炉が決定されているのが16基、ただし、実際に廃炉作業が進行中なのは2基だけだそうだ。すなわち、日本では商業用原子炉の廃炉は1基も経験がない。

電気事業連合会のHPには、“日本はなぜ原子力発電を使うの?”というQに対して、「(1)日本はエネルギー資源に乏しく、そのほとんどを海外からの輸入に頼っています。エネルギー供給の安定性を確保する観点から、原子力発電は必要な電源です。(2)原子力発電は発電時二酸化炭素を排出しないため地球温暖化防止の観点から優れた発電方法の一つです。(3)原子力発電はコストに占める燃料費の割合が小さいため、燃料費が高騰しても電気料金への影響を抑えることができます。(4)S(安全性の確保)を大前提に3E(安定供給・経済性・環境保全)を同時に達成するバランスのとれたエネルギーミックスを目指すためには、原子力発電を活用していくことが必要です」と答えている。

因みに、この電気事業連合会は2002年に全国の商業用原子炉(当時52基)の2045年までの廃炉のための費用(原発の稼働期間は40年と定められている)を約26兆6千億と公表しているが、前述のように廃炉経験のないわが国の試算である。民間シンクタンクの試算では70兆円を超えるのではという説もある。期間についても、国は福島第二原発の廃炉計画で20~30年としているが、すでに廃炉の経験のあるイギリスでは計画的廃炉でも90年と試算している。ましてや、福島の原発事故の廃炉は計画的廃炉ではすまないことは明らかである。もちろん、費用や期間だけが問題ではない。原発事故は多くの人から大切なものを奪った。2011年3月11日にいた人だけではない。次の世代、次の次の世代からも奪おうとしている。

動物は恐怖経験から学習してその後の行動に反映される能力が進化的に広く保存されていることが証明されている。逆に言えば、経験知から次に正しい行動をとる種のみ生き残ることができる。原爆と原発事故により大きな犠牲と代償を払った日本人が、将来に向けて生かす経験知は原発の廃止である。ヨーロッパではイギリスのように脱炭素という立場から原発の誘致に積極的な国もある(ただし、最近の報道によると、イギリスでもエネルギー政策の転換を模索しているようだが・・)一方、チェルノブイリ原発事故後、ドイツでは新設を行わず、運転開始後32年を経過したものから順次廃止としている。イタリアでも新設を止めてきたが、イタリア政府の原発再開提案に対して、2011年の国民投票で9割以上が反対し、原発建設ができなくなっている。国の言うように、エネルギー政策は各国の背景・事情により異なるのだろうが、ならば、この国はこれからも大きな地震の脅威に晒されていることを忘れてはならない。

新たなエネルギーの発見が人類に大きな進歩をなし、エネルギーを持つ国や人が富を成し、そして同時に貧しさも作り、繁栄と没落、格差を生みだす。予測することは難しいかもしれないが、事実からは学べる。繰り返す。少なくとも、この国に原発はいらない。

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