最新記事一覧

Vol.110 私がいわきで診療をしているわけ ~女性泌尿器科医奮闘記~ その2 尿失禁の患者さん

医療ガバナンス学会 (2019年6月21日 06:01)


■ 関連タグ

ときわ会 常磐病院 泌尿器科
小内友紀子

2019年6月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前回は、尿失禁が大きく分けて腹圧性尿失禁と切迫性尿失禁とに分かれること、それぞれの特徴や行う検査などをご紹介しました。その2の今回は、腹圧性尿失禁の治療についてです。その前に、私が尿もれなど排尿障害の診療にたずさわるようになったきっかけに少しだけ触れさせていただきます。

泌尿器科医になって、まだ日が浅い頃、尿もれの患者さんを見るのは正直、苦手でした。尿もれに種類があることや治療が違うことも、よくわかっていませんでした。わからないから、自分が尿もれの薬として知っているものを、順番に患者さんに飲んでもらい、効果があればOKというような、今思えば泥縄式な治療をしていたと思います。

それが、大学病院で働いている時、教授から「女子医大の本院で女性泌尿器科疾患の専門の外来を立ち上げたい、ついては、きちんと勉強してくるように」と言われました。門をたたいたのが、女子医大の東医療センターの泌尿器科におられて、現在、骨盤底機能再建診療部の教授をしておられる、巴ひかる先生のところです。3ヶ月という短い時間でしたが、巴先生の外来にびったりつかせていただき、患者さんとのやりとりや、診察の仕方、手術から検査など、事細かに教えていただきました。尿もれに限らず、排尿障害の診療は問診が非常に大事です。ジグソーパズルがはまるように、ぴたりぴたりと具体的な質問から診断が導かれていく様は、そばできいているとうっとりするようでした。

この3ヶ月で、排尿障害診療の基礎を叩き込んでいただき、女子医大の本院で家後理枝先生と一緒に「女性排尿障害センター」を立ち上げて診療を開始しました。

腹圧性尿失禁の治療法は、行動療法、薬物療法、電気・磁気刺激療法を先行させ、よくならない場合に尿道スリング手術を選ぶとなっています。1)

行動療法とは減量や禁煙、便秘をなおすなどの生活指導や、骨盤底筋訓練(体操)などです。腹圧性尿失禁では減量で有意に尿失禁が減少することがわかっています。2)

余談ですが、私は「趣味はダイエットです」というほど減量に情熱を注いでいます。それこそダイエット本は出るたびに買って読んでいます。あまたのダイエット法は自分の体でお試し済みです。ですから、腹圧性尿失禁の患者さんで、客観的に肥満の域に入る方で、他の科の病気(糖尿病など)がない方については、かなりの時間をさいてダイエットの相談に乗ってしまいます。ですが、5%の体重を減らすことは本当に大変で、患者さんの中でももくろみ通り減らせる方はほとんどおられません。

患者さんでお一人、腹圧性尿失禁で手術を予定していたのですが、ご家庭の事情で大変なことがあり、激やせした方が、「やせたら尿もれがなくなりました、手術はキャンセルしたいです」とおっしゃったことがあります。

やせて尿もれもなくなれば、これはハッピーなのですが、減量に限らず、行動療法が普及しない理由があります。

泌尿器科医師や看護師さんが診察室で患者さんに30分、減量や骨盤底筋訓練などを指導したとして、、、お値段いくらでしょう。答えは、0円です。

保険診療では、診療報酬というしくみがあり、決められたこと以外は医療機関はお金をもらってはいけないことになっています。自費診療など、お金をもらえる仕組みをつくっている施設は別です。

せちがらいことですが、時間をかけてきちんと飲み物食べ物や、生活指導をするよりも、「はい、おくすり出しておきますね」のほうが、よっぽど効率がいいのです。患者さんの病気を根本から良くして、薬がなくても生活できるようにするよりも、効かないかもしれない薬をだしたほうがいいなんて、間違っているな。これはいつも感じる矛盾です。

話が脱線してきました。腹圧性尿失禁の治療の他のものはどうでしょう。飲み薬ではβアドレナリン受容体作動薬(クレンブテロール)といって、もともとは気管支喘息のお薬があります。副作用で外尿道括約筋の収縮を強めると考えられていて、それはガイドラインで推奨グレードB(行うよう勧められる)になっています。

お薬で軽くなるなら、、、とお薬を選ぶ患者さんもおられます。私はお薬を否定はしませんが、いつくるかわからないくしゃみや咳のためにずっとお薬を飲み続けるのは大変だろうなと思うのです。

歩いたり、ちょっと走っただけでパッドがびしょびしょになるような、ひどい腹圧性尿失禁の女性患者さんには手術をおすすめしたいです。中部尿道スリング手術といって、ぐらぐらする尿道を強くするような医療用人工素材のテープを尿道の下に通す手術です。TVT(Tension free vaginal tape)とTOT(Trans obutulator tape)の2種類があります。いずれもさきほどのガイドラインでは推奨グレードA(行うよう強く勧められる)になっています。それぞれの違いはテープを通す位置です。TVTは尿道の下から恥骨の裏を通って下腹部へテープが通ります。TOTは左右の閉鎖孔といって、内股のところで尿道の下のテープを支えます。局所麻酔でもできますが、麻酔の注射もそれなりに痛いため、痛みを心配する方には腰椎麻酔や全身麻酔をおすすめしています。通常は2泊3日程度の入院で行う施設が多いようです。

注意が必要なのは、テープを通すことは尿道のところに軽い土手を作るような効果があることです。患者さんが自分でもわからずに、尿を出す力が弱くなっているような場合、この手術をすることで、うまく尿が出せなくなることがあります。

もちろん、手術後にテープを後から人為的に伸ばしたり、切ったりして、テープの効果を減らす、ほとんどなくすことはできますが、手術ですから全てのテープを取り除いて、手術をしていないのと全く同じ状態に戻すことはできません。

ご高齢の患者さんや、子宮頚がんの手術後の腹圧性尿失禁の場合は、本当に尿失禁の手術をしてもよいのか、主治医の先生ときちんと相談するべきだと考えます。

参考文献
1)女性下部尿路症状診療ガイドライン リッチヒルメディカル 第1版
2)Subak LL et al, Weight loss: a novel and effective treatment for urinary incontinence. J Urol 2005; 174: 190-195

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ