医療ガバナンス学会 (2019年7月31日 06:00)
ときわ会 常磐病院 泌尿器科
小内友紀子
2019年7月31日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
過活動膀胱とはなんでしょうか。疾患啓発のテレビCMや新聞、雑誌などで目にする機会も多いかと思います。活動しすぎる膀胱ということで、本来はトイレにいって、尿を出すときに縮むべき、膀胱の排尿筋(平滑筋)が、尿をためているべきときに縮んだり、縮もうとしたりすることを言います。このため、患者さんは尿がもれそうになったり、実際に間に合わずに尿がもれてしまうため、早めにトイレにいったり、外出を控えたりするようになります。
過活動膀胱(Overactive bladder: OAB)は程度により2種類に分けられます。尿がもれそうになる(尿意切迫感といいます)けれども、もれない=dry(OAB dry)の方と、尿意切迫感に引き続いて尿がもれてしまう=wet(OAB wet)の方がおられます。
どちらも困りますが、特に実際に尿もれ(切迫性尿失禁)がある方はより生活の質が落ちます。(データ)日常生活で、例えば映画は2時間前後が普通ですが、150ml程度ためると尿もれが出てしまうような方は、おちおち飲み物も飲めませんし、出口のそばの席を確保するなど苦労しておられます。
コンサートも1時間では終わりません。これまた、途中で席を立って、人の間を抜けてトイレにいくなどの苦労をしておられます。
観光バスでの旅行も、いくら途中で止まるといっても、途中で行きたくなることを心配してバスを避けて自分の車しか乗れない方もおられます。
他に患者さんがよくおっしゃるのが、家事炊事の場面です。夕方、食事の支度をしていたり、皿を洗うなど、水音や水に触れることが切迫感を誘発するため、さっきトイレにいったのにという場面でも切迫感が出たり、切迫性尿失禁がでます。
買い物に行っても、冷凍食品が置いてあるコーナーや、お肉のところなど、冷える場所では特に尿意を催すそうです。
年齢のせいだと思って我慢している人も多いです。確かに、過活動膀胱自体は年齢が上がるにつれて、患者さんの数も増えていきます。80代になると約4割の方が過活動膀胱だと言われています。加齢も病気の原因の一つです。ですが、それだけではないようです。同じ80代でも、過活動膀胱とは縁のない方もおられます。
もとから治す方法はまだ見つかっていない、過活動膀胱。治療はどのようなものになるのでしょう。主な治療は飲み薬です。抗コリン剤とβ3アドレナリン受容体作動薬の2種類があります。
抗コリン剤は古くからあるお薬で、過活動膀胱の尿意切迫感のもとになる、膀胱の異常な収縮をおさえようとする仕組みのお薬です。古くは過活動膀胱という概念はなく、切迫性尿失禁や神経因性膀胱の治療薬としてのポラキス(一般名オキシブチニン)、バップフォー(プロピベリン)しかなかったのですが、2002年に国際禁制学会( ICS)が過活動膀胱という定義を作りました。その後日本でも過活動膀胱と診断するのが簡便になりました。時を同じくして新しい抗コリン剤がベシケア(ソリフェナシン)、デトルシトール(トルテロジン)、ウリトス=ステーブラ(イミダフェナシン)と発売されました。その後も貼付剤であるネオキシテープ(オキシブチニン経皮吸収型製剤)、トビエース(フェソテロジン)が発売となっています。
2011年には世界初のβ3アドレナリン受容体作動薬のベタニス(ミラベグロン)が発売となりました。このお薬は日本で開発されたお薬で、膀胱の平滑筋をリラックスさせる効果があるものです。膀胱の異常な収縮が出てから抑えるのとは違うので、切迫感は出にくくなります。脊髄損傷など、神経因性の過活動膀胱で膀胱が縮んでしまったり、腎臓へ尿が逆流しているようなケースの方で、膀胱の縮み方が改善したり、逆流が減ったりすると報告されています。(2)2018年11月にはベオーバ(ビベグロン)が発売になりました。
どんな患者さんにどのお薬を処方するかは、医師によっても答えが違うと思います。その患者さんの年齢、性別、合併症(もともと持っている他の病気)や、便秘になりやすいかなどの特性も考慮します。過活動膀胱の症状が軽いのか、重症なのかも大きなポイントになります。
以前、「小内さんは、どのようにして処方する薬を決めるのですか?」と医師ではないお友達にきかれたことがあります。そのとき、ハタと、どうやって決めているんだろうかと、説明につまりました。実際に患者さんを目の前にしているときは、患者さんの症状や検査の結果、合併症を参考にして、数秒で決めています。よく処方するお薬は数種類で、特別な事情(アレルギーや以前他の薬を飲んだことがあるなど)がない限りはそれほど多様な薬をだすわけではありません。
私が処方する場合は、その患者さんにとって、なるべく副作用が軽く、最大の効果がでるような処方を、なるべく少ない種類のお薬でと思っています。
抗コリン剤の副作用はなんといっても便秘と口の渇きです。どちらも副作用というよりは、唾液腺や消化管に抗コリン作用が起きたことによるものです。膀胱への選択性が高い(お薬が他の臓器に影響しにくく、膀胱に効きやすい)と副作用が出にくいとはいわれていますが、抗コリン剤でそれなりに効くお薬はそれなりの副作用があるように感じます。患者さんには副作用が起きる可能性が高いことをあらかじめ説明し、「副作用でやめるのと薬の効果と、どちらをとるか、ご自分で決めてください」と申し上げています。予期しない珍しい副作用が起きることは稀です。ですが、よく起きる便秘などの副作用はあらかじめ言っておかないと、患者さんはびっくりしてすぐにお薬を飲むのをやめてしまいます。
β3受容体作動薬の副作用はそれほどありません。まだ発売されて抗コリン剤ほど時間がたっていないため、よくわかっていない副作用の可能性などを考慮して、私は妊婦さんや若い方にはなるべく処方しないようにしていました。今後、安全性の情報が蓄積されていくことで、処方できる方の範囲が広がるかもしれません。
β3受容体作動薬が発売されて、過活動膀胱の診療はかわりました。最近は始めはまずβ3受容体作動薬を処方し、効果が足りない、弱い場合、副作用で継続できない場合に抗コリン剤が処方されるようになったのではないでしょうか。
アンチ抗コリン剤のデータがβ3受容体作動薬の発売後にどんどん出るのもびっくりしました。たとえばある種の抗コリン剤を長く内服していると、認知症のリスクが高まるといった話です。(3)いままで患者さんに処方していたお薬を、急に明日から処方しないのも変な話です。また、リスクが高いと言いながら、今も普通に発売され、どんどん処方されているのも変な話です。
過活動膀胱の治療薬以外にも抗コリン作用を持つ薬剤はたくさんあります。ポリファーマシーといって、一人の患者さんが何種類もの薬剤を(正確な定義はありませんが、一般的には6種類からをポリファーマシーと言うようです)飲むことが問題になっています。それぞれの先生は自分は2種類しか出していないと思っていても、3箇所も4箇所もの医療機関にかかっていれば、6種類、8種類と増えてしまいます。
その患者さんが普段なんの薬を飲んでいて、どんな症状が自宅で出ているのかをきちんと把握している医師は少ないのではないでしょうか。
調剤薬局にいる薬剤師さんも、たくさん薬を処方されている患者さんを見ているはずですが、日本は非常に医師の裁量が大きく、薬剤師さんが「薬の種類が多すぎます」と、思っていてもなかなか言えない仕組みになっています。せいぜい、明らかに間違った処方を「疑義照会」といって、その医療機関に問いあわせをするくらいです。
ポリファーマシーは医療費の面でも、副作用の面でも大きな問題です。ですが、処方している医師も、調剤する薬剤師さんも、薬をもらって内服する患者さんも、どの方もがしっかり取り組んで初めて薬を減らす方向に向かえます。医師は時間がなく、「前回と同じお薬出しますね」となりますし、薬剤師さんは「先生に減らしましょうと言うなんて、とんでもない!」ともちろんそのまま出しますし、患者さんは「たくさん飲んだ方が安心!」とたくさんのお薬でも文句をいわずに飲んでいるのがいまの現状ではないでしょうか。
参考文献
1)女性下部尿路症状診療ガイドライン リッチヒルメディカル 第1版
2)Kamei J et al, Video-urodynamic effects of mirabegron, a β3-adrenoceptor agonist, in patients with low-compliance bladder. Int J Urol. 2015 Oct; 22(10): 956-61
3)Richardson K et al, Anticholinergic drugs and risk of dementia: case-control study. BMJ. 2018 Apr 25;361:k1315