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Vol.116 出口戦略のために 

医療ガバナンス学会 (2020年6月3日 06:00)


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原田文植

2020年6月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

前フリと現状)
発熱患者の評価をどうやって行うか?患者の自覚症状?もっと効果的な方法がある。体温計による検温だ。
「何を当り前なことを?」と思うなかれ。体温計の歴史は100年ちょっとだ。
ドイツで19世紀後半に開発されたのが始まりだ。日本では、北里柴三郎の尽力で現テルモ社が製造を始めた。初期に製造されたのは「水銀体温計」だ。温度が上がると体積が膨張する水銀の性質を利用して計測する。水銀は微量であるため、製造技術は非常に精密なものになる。容易でない、まさに職人の仕事だ。遠心力で、水銀溜に戻す際に、破損し水銀が撒き散らされてしまうリスクがあった。蒸発すると人体に有害なので、医療現場ではほとんど使用されなくなっている。
そのデメリットを補うために生まれたのが「電子体温計」だ。実測式と予測式がある。実測式の方が正確だが、計測に10分かかる。そして脇の中心に深く差し込む必要がある。実は、正確に使用されていることはほとんどないし、出回っているものはほとんどが予測式だ。正確さを犠牲にして普及している。
最近の流行りは「非接触式体温計」だ。熱放射の原理を利用している。外気温の影響を非常に受けやすい。検温の効率化と感染対策には有効だが、顔面の温度が上がる人、すなわち高熱の人にしか向かない。
つまり、体温計による検温は必ずしも正確性を追求しているわけではないのだ。実際、発汗の影響をかなり受ける。複数回測定で変動することもよくある。非接触性と腋窩式で1℃の誤差が発生したことも体験している。実に36度と37度の違いだ!
それほどの誤差が発生し得るにも関わらず、世間的に合意を得られている。新型コロナウイルスによる自宅待機期間やPCR検査の目安としても利用されている。生命を脅かす感染症が隠れているにも関わらず、この「検査法」が採用されているのだ。マジメに自己申告する大多数の国民もすごいと思う。

翻って、日本におけるPCR検査の検査数不足が問題視されている。10万人当りの検査数がイタリア3000件以上、韓国1200件に対して、日本は190件である。やれ、精度がイマイチだ、入院者増えて医療崩壊につながる、など様々な否定論が飛び交い、現在まで他国と比して圧倒的に少ない検査数となっている。政府がGOサインを出しても、なかなか増えない。一旦ついてしまったクセはなかなか抜けないのか、実際にインフラが足りていないのか準備不足なのかわからないが、笛吹けども踊らず、の状況を打開するのは困難なようだ。
検査をすると決めても、陽性が出た場合、どのように患者をフォローするかの指針を持っていない。入院が必要であると判断しても、受け入れ先を探す手間が発生する。その辺りが医療機関にとっても検査を積極的に進められない一因となっている。

当院の対応)
最近一ヶ月の間、発熱患者やコロナ感染症が疑われる患者さんを拒否せずに診察してきた。同一患者を複数回診療したこともあるので、のべ50人近く診療してきた。PCR検査までたどり着いたのは9人、そのうち陽性だったのは81歳男性1人だ。この患者は在宅患者である。2週間程度の入院で改善し、在宅診療を再開している。集団感染が発生した病院での入院歴もあり、集団感染が発生したデイケアを利用している妻と暮らしている。妻はPCR陰性だった。妻は陰転化した可能性もあるので、いずれ抗体検査による既感染の有無の確認が必要かもしれない。
その他、臨床所見と現病歴から、コロナによる肺炎が強く疑われた患者もいるが、現在入院中である。偽陰性として対処されている。
PCR検査は、現場では臨床所見の確認的位置付けという認識だ。それは当たり前のことである。PCRの結果に関わらず、重症度に応じて対応するからだ。医師の臨床診断が最優先される。少なくとも当院では、PCRは補足的な検査になりつつある。

外来でPCR検査を積極的にオーダーすべきか?
当院では、疑わしい症例は積極的に検査依頼する方針で進めている。これは疫学調査としての意味と、草の根運動的意味合いからだ。もちろん患者さんが同意したら、という条件つきではあるが。ようやく検査依頼当日に検査可能なケースが出始めた。ただし、台東区のPCRセンターの検査時間は平日11時から14時までに限定されている。なので、現病歴から強く疑われる患者さんには、来院前に連絡が入った段階で検査をオーダーしている。処理能力に限界があるので、時間を少し外すと当日検査は不可能だ。検査結果は早くて翌々日。コロナが流行し始め、約4ヶ月経過してこの現状だ。他国と比較すること自体ナンセンスなレベルだ。「無い袖は振れない」と言われているようなものだ。
唾液によるPCR検査が導入されれば、診療所や自己検体採取が可能となるかもしれない。簡易抗原検査キットも待たれる。とにかく検査までのハードルの多さが、診療所が新型コロナウイルス感染症を診たがらない原因の一つになっていることは間違いない。
逆に、現場では患者を最優先するからこそ、PCR検査に固執しないという大胆な発想も必要かと考える。症例も集積してきたので、経験を積んでいる医師は臨床症状で重症化が懸念される患者を見極められる。PCR未検査の外来患者であっても、発熱患者は自己隔離が必要と考える。発熱患者の8割は何らかの感染症であり、コロナでなくとも他者に感染する可能性はあるのだから当然の話である。これまでもそうしてきたはずだ。

町医者がコロナ疑いの患者を積極的に診ることは可能であるか?
ゾーニングを工夫すれば十分可能であるというのが当院の結論だ。スタッフ全員、感染制御のスキルも確実に向上している。もちろん施設の構造上の問題やPPE資源の問題もあるだろう。しかし、完璧を求めなければ工夫次第でなんとかできると思う。少なくとも自分の足で外来受診する患者さんを対応するのであれば。及び腰になり、臨床経験を積まない方が、社会的にも損失が大きい。今後、アビガンやレムデシベルなどが認可されるようになるだろう。投与タイミングをいつにするべきか?おそらく、重症化する前に投与する方が効果的なはずだ。であれば、初期の診療をしていなければ、投与開始が遅れることになる。臨床研究と同時並行になるかもしれないが、受診する患者の不安解消にもなると思うので、状況次第で外来でも積極的投与を検討すべきだと考える。
診療し、患者をフォローしていく中で入院の必要性評価をすることになる。これは、重症度で決定する。PCR検査に時間がかかることを考えれば、重症肺炎はすべてコロナとして隔離する。後日の検査結果を待ち、陰性であり、かつ、臨床症状から判断してコロナが否定的なら隔離解除も検討すればいい。偽陰性のケースもあるからだ。コロナを管理している病院では、もう既にそのように対処しているはずだ。

コロナ患者を外来で診ることによる風評被害は?
当院は慢性期疾患の高齢者が大多数である。担癌患者もいる。ゾーニングしているとはいえ、やはり不安を感じる患者はそれなりにいる。しっかり説明し、理解してもらうしかない。継続的にコロナ患者を診療し、重症化させないという結果を積み重ねることで患者のコロナに対する恐怖心を低減させ、信頼を得ることにつながると確信している。医師が怖がっていたら、患者は当然恐怖心を抱くはずだ。スタッフ全員が明るい雰囲気の中で仕事ができていることも、患者との信頼関係構築につながっている。毎朝のミーティングにおいて、現状・すべきこと・未来について確認・共有している。地道な努力が奏功したのか、患者さんからPPE物資を寄付してもらったり、防護用パーティションを作ってもらう機会が増えた。幸い、それほど患者も減ることがなく、ここまで来ている。

「休業ドミノ」問題(2020年5月4日朝日新聞)
施設内感染が全国で多発している。それによって施設休業が相次いでいる(全国で約900施設)。また、5月1日時点で全国の介護施設や高齢者住宅で70人死亡している(感染者479人)。これは実に致死率15%に上る。判明しているケースだけでこの数字だ。事業所閉鎖をおそれて、自然死として扱っているケースもあるはずだ。実際に現場からの声を耳にすることもある。ちなみに、全米では死者の5分の1を占める7000人が高齢者施設で亡くなっている。
病院内でも、もちろん同じことが起こっている。市中感染から重症化の転機で死に至ったケースと院内感染から死に至ったケースについての場合分けの報告がされていないので、断言はできないが、院内感染死が増えていることは間違いない(永寿総合病院では院内感染による死亡が37人、江古田病院では一日で11人死亡)。
院内感染の問題は、コロナ感染患者を受け入れたことから、他の患者やスタッフに感染することが問題だと考えられがちだが、それは必ずしも事実ではない。感染者とわかっていれば、隔離するだけだからだ。感染者への対応は本来、医療従事者であれば習熟しているはずだ(でなければ問題だ!)。できていないのであれば、指導が入らないといけない。
問題は「後ろから撃たれる」ケースだ。つまり、無症候性感染者の存在だ。無症候性感染者が媒介し、低免疫患者に感染させてしまうのである。入院時の全患者スクリーニングはHCVやHBV同様、今後、コロナでも必須にすべきだ。
医療従事者や介護従事者の感染もかなり確認されている。スタッフへの感染は院内感染とは限らない。むしろスタッフに端を発し、院内感染を起こしているケースも少なくないはずだ。ちなみに、アメリカでは、UCデイビスメディカルセンター(UC Davis Medical Center)のCEOは、「職員の感染は、院内感染より市中感染が多いのではないか」と主張している。訴訟社会アメリカでは院内感染で訴訟されることを極端におそれ、厳重体制を取っている。だから、市中感染が多いのではと考えられている。

提案)
医療従事者やヘルパーやケアマネなど、高齢者と接する機会の多い人たちは、症状の有無に関わらず、定期的に検査をするべきではないだろうか?このままでは、医療崩壊が現実のものとなってしまう。無症状の職員に院内で定期的に検査を行うのは、それほど困難ではないはずだ。パラメディカルや介護者を定期的に検査することによって安心して業務をしてもらう。感染させる側にならないという自信は、勤務の上でとても大きい。結果判定に多少の時間がかかるかもしれないが、院内感染や施設内感染を減少させる材料になりえるだろうし、何より安心して仕事ができる幸せは何物にも代えがたい(風俗店の感染チェックを参考に(https://yoboukai.co.jp/kit)。
万が一PCRで陽性となれば、無症状であってもしばらく休養する。陰性化すれば業務に戻ればよい。職員80人がPCR陽性であった永寿総合病院のケースでも、症状があったのは数人であり、全員が職場に復帰していると聞く。無症候性感染者がいかに多いかということの例であると同時に、短期的には戦力ダウンするが、決して喪失するわけではないということだ。抗体検査を付加すればもっとスムーズに流れるのではないだろうか。英国における出口戦略として医学誌に掲載された考え方を参考にしている(”Universal weekly testing as the UK COVID-19 lockdown exit strategy”- The Lancet)。

介護従事者の検査をどこで行うか?
全国の介護施設数は約5万~6万戸と報告されている。これは歯科クリニックの数とほぼ同数だ。政府が歯科医によるPCR検査を許可した。NYでは薬剤師による検体採取が許可されたのだから、歯科医の手技で十分可能だと思われる。しかし、発病疑いの患者さんの検体を採取することを受け入れる歯科医がどの位いるだろうか?町医者でも診療を躊躇うのだ。そこで、検査対象を基本的に健康な介護従事者のスクリーニングだけに限定する。これなら、通常の歯科診療をしていることとほぼ変わらないはずだ。無症候性患者として歯科診療を受ける可能性もあったわけだからだ。ほとんどが陰性結果確認のお手伝いをすることになるはずだ。「通常業務問題なし」というお墨付きを与える役割だ。手技が慣れてくれば、発病患者の検査にも協力してもらえば、なお好ましい。

まとめ)
大阪市立大学病院で抗体保有率1%、神戸市民病院で3.3%という結果が報道された。検体提供者に偏りがあることは否定できないが、重要なデータだと思われる。NYやドイツでも10%以上が抗体陽性という報告がある。日本でも既感染が100万人~1000万人のオーダーで存在している可能性がある。また慶応病院の外来患者にPCRを施行したところ6%が陽性だったという驚異的な報告もあった。まさに市中に自覚症状のない感染真っ只中の人が700万人程度紛れ込んでいる可能性があるということだ。
有症状患者をPCR検査でコロナを探しことは隔離目的として、確かに重要だ。その次の段階にきていると考える。医療・介護従事者が安心して仕事するためにPCR検査を体温計による検温と同じような位置付けにしてはどうだろうか?つまり、無症候性感染者と無症候性非感染者の選別という「目的の大変換」である。米国でもPCR検査を州に200万件に増やすとアナウンスされた。カリフォリニア州では全住民に無料PCRを行うそうだ。これは健常人を対象に検査をガンガンやって、経済活動に寄与してもらおうという意図だろう。日本も最終的に目指すべきところかもしれない。まずは医療従事者と介護従事者に定期検査が行き渡るところから開始し、対人業務へ広げていけばいいと思う。
抗体検査の結果から考えれば、コロナ感染による致死率は1万人に1人程度のオーダーに下がることになる。そこまで取り扱いを怖れる感染症ではないというコンセンサスを得るためにも町医者を中心とした経験の蓄積が必要であると考える。必要以上の恐怖心は作業能力の低下にもつながる。交通事故はあきらかに減っているのに、死亡事故が増えていることも氷山の一角かもしれない。
ただし、低免疫患者や高齢者にとっては危険性の高い感染症であることは間違いない。だからこそ、医療スタッフや介護者からの感染の予防が徹底されるべきなのだ。PCR検査や、これから開発が待たれる検査方法を「体温計」レベルにまで当たり前な検査にするという発想の大転換が必要だ。まずは、「できない」「やらない」理由を探さないところからスタートすべきだ。もはや体温計がない施設が考えられるだろうか?発熱しているスタッフが働く特養がありえるだろうか?
もちろん、さらに簡易で安価で精度の高い検査法が望まれるのは言うまでもない。時間の経過とともに問題は解決されていくことは、過去の発明品すべてに共通することである。そして、目的が手段に変化したり、手段が目的に変化することも何度も経験していることだ。

(5月7日受)

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