医療ガバナンス学会 (2020年7月16日 06:00)
この原稿は月刊集中7月末日発売号(8月号)に掲載予定です。
井上法律事務所 弁護士
井上清成
2020年7月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
政府はこの6月下旬に、新型コロナウィルス対策に関する「専門家会議」を法律の根拠が明瞭でないとして廃止し、それに代わって「新型コロナウィルス感染症対策分科会」を新たに設置し、この7月6日には第1回の会合を開催した。これからは、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、政府対策本部(法15条、16条)の下にある有識者会議(法18条4項など)を中心に運営することとし、「新型コロナウィルス感染症対策分科会」は有識者会議の下に3つある「分科会」の1つに過ぎないものとしたのである。
この一例は、実際上の運用変更を特措法の中で整合させることができた実例と言ってよい。しかし、実際に望まれる適切な運用が、特措法の下ではなしえない具体例も存在する。
そこで、具体的に新型コロナ対策に適するように、新型インフルエンザ等対策特別措置法の一部を改正して補充修正すべきであろう。
2.「臨時の医療施設」の開設・廃止時期
特措法15条によれば、感染症法44条の2に定めるところの「新型コロナウィルス感染症が発生したと認めた」時は「政府対策本部」が設置されるが、並んで、都道府県でも直ちに都道府県対策本部が設置される(特措法22条など)。
本来ならば、この時点で「臨時の医療施設」が開設できるようになってもしかるべきところであろう。この「臨時の医療施設」(特措法48条)は「医療法第4章の規定」が適用されないので、実際は、民間病院などが機動的・柔軟に運用できうる余地があり、多様な用途に有効活用できうる方策でもある。
ところが、「臨時の医療施設」を定める特措法48条は、「緊急事態宣言」を定める特措法「第4章」の中に置かれた1箇条なので、「緊急事態宣言」下においてしか開設・運営ができない法律構造となっているらしい。「緊急事態宣言」が解除されたら、やはり「臨時の医療施設」も直ちに廃止されてしまうようでもある。
しかし、そのように「緊急事態宣言」と一体だとしたならば、専ら医療的な観点から開設・運営・廃止されるべき「臨時の医療施設」は甚だしく窮屈な運用しかできないことになってしまう。さらに言えば、そもそも「緊急事態宣言」は別個に「国民生活及び国民経済」の観点も重視しているのだから、「臨時の医療施設」の観点とは不整合なことが生じうる難点もある。
したがって、やはり「臨時の医療施設」は「緊急事態宣言」とは切り離すべきであり、その規定する条文(現行法は48条)を、「緊急事態宣言」を定める「第4章」(第32条以下)から、新型インフルエンザ等の「発生時における措置」を定める「第3章」(第14条以下)に移すべきであろう。
3.「臨時の介護施設」の新設
今般の新型コロナの流行において、特に海外において深刻だったのは、高齢者施設での感染であったように感じている。介護施設における施設内感染が深刻だったと言ってもよいであろう。介護感染は特に死亡に直結しかねないので、見方によっては院内感染よりも深刻かも知れない。
我が国では、海外と比べて、さほどではなかったとはいえども、それでもやはり介護施設内感染も少なくはなかった。介護施設の問題においては、ホテル個室での宿泊療養や家族と共の自宅療養などといった方便が使えない。場合によると、介護施設から病院に入院した後に、治って退院しようとしても今度は介護施設が受け入れに困難を来たすことさえもあろう。
つまり、介護施設には医療施設とは異なる観点での難しさも存在するのである。そうすると、その難しさを補うべく、「臨時の医療施設」ならぬ「臨時の介護施設」を新設してもよいように思う。
ひと口に介護施設とは言っても、老人ホームも含めれば多種多様である。適用される法律も、老人福祉法、社会福祉法、介護保険法など,やはり多種多様と言ってよい。もちろん、そこには多くの規制が存在している。そこで、「臨時の医療施設」が医療法の一部を適用除外したのと同様に、「臨時の介護施設」も老人福祉法や介護保険法などの一部を適用除外すればよいであろう。それによって機動性・柔軟性を確保し、有効活用するのである。
4.新型コロナ対策特措法へ名称も変更
新型コロナウィルス感染症に関しては、現状は新型インフルエンザ等対策特別措置法において定められていないが、今後は定めておいた方が良さそうな数々の問題が存在しているように思う。すでに述べた「臨時の医療施設」や「臨時の介護施設」以外にも多々ありそうである。たとえば、PCR検査・抗体検査・抗原検査といった新型コロナ検診(特に事業所検診など)の導入、これから開発されるであろう新型コロナワクチンの接種被害救済制度の創設、これから開発されるであろう治療薬の無過失補償制度の創設、新型コロナ医療体制下での経営維持のための基金(発熱外来の設置、備品・装備の用意も含む。)の創設など、課題山積と言ってよい。
しかしながら、新型コロナとは性質の異なる新型インフルエンザのための諸対策の特別措置法のままでは、その性質の相異点に対応し切れないであろう。
実際、現行の特措法では、「附則」に「第1条の2」として「新型コロナウィルス感染症に関する特例」を定めて、「新型コロナウィルス感染症」を「新型インフルエンザ等とみなして」適用しているに過ぎない。このままでは、新型コロナの相異点をカバーするのには限界があろう。
したがって、第1条の「目的」、第2条の「定義」から始めて、重要なポイントを書き替えて、新型コロナに適した法律に改める方がよい。そして、現行の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」という法律のネーミングも、正式に、「新型コロナウィルス感染症等対策特別措置法」という新たな名称に法律改正するのがよいであろう。
このような法整備も行って、新型コロナの再襲来に備えておくべきである。