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Vol.247 “もぐら叩き・人海戦術”のクラスター対策だけでよいのか?

医療ガバナンス学会 (2020年12月10日 06:00)


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元・血液内科医、憲法研究家
NPO医療制度研究会・理事
平岡 諦

2020年12月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●5月4日発表の前稿(1)において、「索敵(PCR検査)に失敗していないか」を論考し、「PCR検査を国民の行動様式変更のため使うこと」を提案した。現在も重要と考えるので再掲する。
「クルーズ船でのPCR検査の結果を、残念ながら空港での水際作戦に利用できず、感染源(healthy carrier健康運び人)を国内へ広げてしまった。その結果が市中感染、すなわち感染経路不明感染者の増加だ。
この様な状況下では、国民の行動様式変更のためにPCR検査を用いることだ。例えば、東京のターミナルで、帰宅時の通行人をat randomに、3,000~5,000人のPCR検査をすることだ。ウオークスルー方式と呼べるだろう。診断確定のための行政検査とは別に、研究のための検査だ。0.2%位が陽性になるのではないだろうか。これは通勤電車内での感染の可能性(感染する、感染させる可能性)についてのデータとなり得るだろう。
国民の行動様式変更のために重要なことは、自身が感染したくないと思うだけでなく、自身が感染源になっているかもしれないと思えるかどうかだろう」。

●第三波の襲来で医療崩壊が危惧される12月3日現在、もう一度、PCR検査という索敵用武器の使用方法について論考する。
日本のCOVID-19作戦の特徴はクラスター対策(後述)に終始し、PCR検査を確定診断のための行政検査に限定してきたことだ。
PCR検査について厚労省が最初に考えを示したのが1月23日の協力依頼だ(2)。国立感染研でPCR用プライマーを作成し地方衛生研究所へ発送するので、別添文書の内容を踏まえて検査を実施するようにとの依頼だ。別添文書の内容を踏まえると、検査対象は「疑い例」及び「濃厚接触者のうちの発症者」となる。いずれも症状ある者、すなわち顕性感染者の確定にPCR検査を実施すると言うことだ。なお「疑い例」の定義は、(i)発熱(37.5度以上)かつ呼吸器症状を有し、かつ、(ii)発症から2週間以内に武漢市への渡航歴があるか、あるいは「武漢市への渡航歴があり、発熱かつ呼吸器症状を有する人」との接触歴がある者となっている。

その結果として二つの問題が出現した。第一は、鑑別診断のための使用を臨床医の裁量に任せないため、前線が十分に戦えないことだ(本稿では扱わない)。第二は、不顕性感染を無視しているため、“不顕性”クラスターの結果と思われる第三波の襲来だ。この作戦の破綻を意味する。次に述べる。

●クラスター作戦の成功から破綻までを示す。
実際に行われてきたクラスター対策は次のようなものだ。新規感染者が出た時点が起点となる。「可能な範囲での感染源の推定(さかのぼり調査)、及び感染者の濃厚接触者の把握と適切な管理(行動制限)という古典的な調査を中心としている」(3)。すなわち”もぐら叩き”であり、“人海戦術”である。現在のようにクラスターが多発すると担当部署(保健所)の疲弊をもたらす。

クラスター作戦の最初の成功は、クルーズ船ダイアモンド・プリンセス号におけるクラスター対策だ。さらに4月中頃をピークとする第一波だ。強い政府規制なく、クラスター対策によって終息に向かった。強い規制なく死亡者が少なかったことはJapanese paradoxと称された(4)。「日本がクラスター(患者集団)の早期発見・早期対応という戦略をとって様々な取組を進めてきたことをWHOのテドロス事務局長が高く評価している」と、自画自賛もしている(5)。
諸外国に比べて極めて少ない感染者数、死亡者数は、クラスター作戦成功の結果だ。諸外国と異なり、不顕性感染者を網羅的PCR検査で洗い出すことの必要性を生じることなく、今日に至っている。しかし、必要性が生じなかったからと言って、不顕性感染者を無視した対策は科学的、合理的ではないだろう。

「クラスターの発端が明確で、かつ濃厚接触者のリストアップが適切であれば、既に囲い込まれた範囲で次の感染が発生するため、それ以上のクラスターの連鎖には至らない」(5)。これは確かで、発症率の高い感染症には当てはまるだろう。しかし不顕性感染者の多いCOVID-19には当てはまらない。“不顕性”クラスターも多く生じるだろう。第三波の襲来でクラスター作戦に綻びが生じた。
第二波では、若年層、繁華街を中心にクラスターが見られ、クラスター対策だけでも感染者数の増加を抑制し、社会・経済活動の再開へ政策転換ができた。第三波の特徴は、家庭内感染の増加と高齢者への感染拡大だ。すなわち、繁華街から家庭へ、若年者から高齢者へとウイルスが特定の場所、年齢層から全体へと拡散したと言うことになる。
この段階で“顕性”のクラスター対策だけでは対処ができないと判断したのだろう。それが10月30日の緊急提言だ。「早期探知しにくい」クラスターというカテゴリーを次のように述べている(6)。
「感染の事実そのものが現状のシステムでは探知されにくいクラスターである。具体例としては(i)一部の外国人コミュニティや(ii)大学生の課外活動など若年層を中心としたクラスターが挙げられる。(i)については言葉や受診行動の違いがあることなどから、また、(ii)については感染しても無症状の人が多いことなどから、探知されにくいことが原因と考えられる」。そして、「早期探知しにくい」クラスターを探知するための行動として、「原因が明らかではないが、普段とは何か違う状況が発生した場合に探知する仕組みが必要である」として、その対応を自治体へ投げかけたのだ。
モグラが表面の土を少し押し上げたところを察知しろと言うことである。第三波の最中、自治体が対応できるとは思えない。すなわち、これまでの“顕性”だけのクラスター対策という戦略の破綻だ。土を少しも押し上げないモグラも多くいるだろう。”不顕性“のクラスターの存在だ。これに対する作戦は今も全く示されていない。

●PCR検査の使用方法を考える。
国立感染研は、「無症状病原体保有者」を「臨床的特徴を呈していないが、検査により新型コロナウイルス感染症と診断された者」と定義した(7)。この定義は、一部の(すでにクラスター対策に取り込まれた)不顕性感染者だけを切り取った定義である。その結果、国民にとって重要な「潜在しているだろう、無症状の感染者が感染源になり得る」ということを、政府や地方自治体、従ってマスコミがほとんど言及しない。そのため、国民に意識づけられないのだ。

国立感染研がどのように定義しようが、国民は「潜伏しているだろう、無症状の感染者」を放置できない。それぞれが対応しだした。
慶応義塾大学病院は、4月21日に驚くべき結果を報告した。「術前および入院前PCR検査において、新型コロナウイルス感染症以外の治療を目的とした無症状の患者さんのうち5.97%の陽性者(4人/67人中)が確認されました」。これは院外・市中で感染したもの考えられ、「潜伏している、無症状の感染者」の例だろう。病院内クラスター発生の感染源になり得るのだ。病院HPでも公表している。

5月22日のプロ野球(NPB)とプロサッカー(Jリーグ)合同の新型コロナウイルス対策連絡会議では、試合ごとのPCR検査ができる体制について検討すべきだとの提言がなされた。5月27日には、スポーツ庁が、全国規模の大会に対して、選手やスタッフに民間のPCR検査を行う場合などの経費を支援すること、こうした施策に必要な予算として、およそ20億円を今年度の第2次補正予算案に計上する計画が報道された。さらに、10月24、25日にハンガリーのブタペストで開かれた競泳の国際リーグでは、選手、コーチはPCR検査を受けて感染していないことを確認して日本を出発し、ハンガリー入国直後にもPCR検査を受け、その後も3日に1回、繰り返し受けたとのことである。いずれも、「潜在しているだろう、無症状の感染者」の洗い出しのためだ。

政府はただクラスター対策だけでなく、「潜在しているだろう、無症状の感染者」を洗い出すために、病院や高齢者収容施設への収容前のPCR検査や、スタッフの定期的なPCR検査の経費を早急に支援すべきだ。文頭に再掲した「研究のためのPCR検査」を含め、これらが国民の意識を変えることになる。また、「自身が感染させるかもしれない」という意識は、いじめや差別行為の抑制にもつながるだろう。

(1):平岡諦:『ミッドウェー攻略作戦の失敗から学ぶ、COVID-19との戦い方』(MRIC Vol.87、2020.5.4)
(2):厚労省健康局結核感染症課:『新型コロナウイルスに関する検査対応について(協力依頼)』(2020.1.23)
(3)国立感染研:『新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領』(2020.5.29)
(4)Inoue, H. Japanese strategy to COVID-19: How does it work? GHM 2020,2(2)
: 131-132
(5):新型コロナウイルス感染症対策専門家会議:『新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言』(2020.3.19)
(6)第14回新型コロナウイルス感染症対策分科会:『緊急提言:最近の感染状況を踏まえた、より一層の対策強化について』(2020.10.30.報告)
(7):国立感染研:『新型コロナウイルス感染症に対する積極的疫学調査実施要領』(2020.5.29)

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