医療ガバナンス学会 (2020年12月25日 06:00)
本稿は医薬経済ONLINE 2020年12月1日号「薬のおカネを議論しよう(第31回)」の記事を転載・加筆したものです。
https://iyakukeizai.com/iyakukeizaiweb/detail/175328
医療ガバナンス研究所医師
谷本哲也
2020年12月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
米国の『ニューイングランド医学誌』(NEJM)や英国の『ランセット』は世界最高峰の臨床医学誌だ。NEJMは自国ファースト、ランセットはグローバルヘルスに注力、という違いはあるが、両誌とも最先端の医学研究を扱っている。とくに新薬の治験結果は、ほぼ毎週掲載される。
世界中の医師が注目する新規治療法の論文は、権威ある医学誌に載ってお墨付きをもらえれば、製薬企業にとって宣伝効果は絶大だ。一方で、教科書を書き換えるほどの研究結果は、掲載する出版社側のプレゼンス向上や売上げ増にもつながる。両者は持ちつ持たれつの蜜月関係となる。この事情を長年見てきた身としては、一流誌の掲載論文を額面どおり賞賛していた純朴な青年医師時代が懐かしい。
NEJMの編集長を務めたマーシャ・エンジェルが、製薬業界の不誠実さを糾弾する告発本『ビッグ・ファーマ 製薬会社の真実』(邦訳は篠原出版新社)を出版したのは04年のこと。しかし、基本的な仕組みは16年経った現在も変わらない。製薬業界がNEJMやランセットの重要な相棒となっている側面がある以上、業界批判のような論文は、医療界全体としては重要でもこの2誌では扱いにくいようだ。その結果、利益相反など業界にとって耳の痛い話題を扱う論文は、『米国医師会誌』(JAMA)や『英国医師会誌』(BMJ)など、医師会を母体とする比較的中立的な専門誌に掲載されることが多い。
そのJAMAの11月17日号に興味深い研究論文が掲載された。03年から16年に米国において、違法行為で罰金を支払うことになった大手製薬企業のプロファイルを総括したものだ。対象となった計26社のうち、9割近くの22社が罰金を支払っていた。その総額は330億ドルにも上り、11社の罰金はそれぞれ10億ドル以上だった。
JAMA. 2020;324(19):1995-1997. doi:10.1001/jama.2020.18740
Financial Penalties Imposed on Large Pharmaceutical Firms for Illegal Activities
Denis G. Arnold, PhD1; Oscar Jerome Stewart, PhD2; Tammy Beck, PhD3
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2772953
ただし、収益に対する罰金の割合は、多くの会社で1%未満にとどまり、高めのグラクソ・スミスクラインでも1.6%程度だった。罰則の回数と罰金累計額はGSKの27回98億ドルを筆頭に、ファイザー18回29億ドル、ジョンソン・エンド・ジョンソン18回27億ドル、アボット・ラボラトリーズ11回26億ドル、メルク11回21億ドルなど、グローバルファーマが常連として名を連ねる。1社を除いて不正期間は4年以上に及んでいた。不正の種類は、価格での違反、適応外での販売促進、キックバックといったものが多く、GSK、ブリストルマイヤーズ・スクイブ、メルクはその種類も多様だった。
要するに、収益が大きいために巨額の罰金を支払っても痛くも痒くもなく、多少の不正行為が露見するのは承知のうえで商売を行うことが、米国の製薬業界では常態化しているのである。以前から指摘されてきたことではあるが、その事実が改めて数字で確認され、世界的トップジャーナルのひとつの誌面を飾ることになったわけだ。
これはちょうどサッカーなどのプロスポーツで、ときにはペナルティを科されるのを織り込み済みで、勝利のために容赦ない反則プレーを行うのにも似る。ただしスポーツとは違い、収益を上げた製薬企業を勝者だと単純には見做せない。11月24日の朝日新聞のスクープでは、米系医療機器メーカーの「グローバスメディカル」日本法人のキックバックによる販売促進行為が報道された。ルール違反は米国だけの問題ではない。