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Vol. 209 新型インフルエンザ対策総括会議 報告書(案)の公表を受けて

医療ガバナンス学会 (2010年6月15日 07:00)


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~検証は行われず、総括もほとんど行われていない~

森兼啓太
山形大学医学部附属病院
2010年6月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

3月末から月2回程度のペースで開催されてきた厚労省主催の新型インフルエンザ対策総括会議もいよいよ終盤に差し掛かっている。
6月8日の第7回会議では、総括会議報告書の案が資料として提示され、ウェブ上で閲覧可能である(1)。以前にも述べた通り、これらの資料を迅速にウェブ上で開示することはこれまであまり行われてこなかったことであり、この事自体は評価したい。

さて、その内容であるが、残念ながら総括会議の報告書に価するものとは全く言えない。
会議のタイトルにもあるとおり、「新型インフルエンザ対策」を「総括」するとは、実施した対策を評価・検証することである。そこから引き出される提言が重要であることは言うまでもないが、あくまで対策の評価・検証に基づいたものでなければならない。
ところが公開された報告書案では、実施した対策の評価・検証はほとんど記載されておらず、提言のみが記載されているに等しい。評価・検証を行わない提言が適切なものであるはずがない。

例えば、「6、サーベイランス」には入院・重症・死亡者のサーベイランスや実施体制に焦点が当てられているが、5月中旬に集団発生の形で国内症例が検知されるに至ったのは、海外発生期に国内発生を拾い上げるためのサーベイランスが欠如ないしは機能していなかったことを物語っている。それに関する言及が一切ない。評価・検証を行っていないがために重要な点が抜け落ちたのだ。これは本報告書全体を通じて言えることである。

報告書の最初の方で「厚生労働省の対策には、当時、以下の準備不足や制約があったことに留意し・・・」とし、そのうちの一つとして「行動計画・ガイドラインは、感染が段階を追って拡大することを想定していたが、突然大規模な集団発生が起こる状況を想定した形とはなっていなかったこと」が上げられる。しかし、疫学調査は「突然大規模な集団発生が起こった」わけではないことを示している。

国立感染症研究所などが実施した疫学調査で追跡し得た国内最初の症例(Aとする)は、5月5日に発症している。
この症例は海外渡航者ではないので、おそらく海外からの帰国者(Bとする)が5月1日ごろ国内で発症し、症例Aを感染させ(BからAまでの間に1名が介在している可能性は否定できないが)、その後も徐々に感染伝播が進んでいった。国内で症例が確認された5月16日まで11日経過している。この間に発症した者はさかのぼり調査によれば100名程度である。11日で100名が突然発生した大規模な集団発生なのか。
この間、国は何をしていたかと言えば、水際対策に気を取られ、国内のサーベイランスを怠り、海外渡航者でなければ新型インフルエンザA(H1N1)の検体検査を行わないような症例定義(2)を出して検査を制限していた。さらに言えば、季節外れのインフルエンザ様症状の患者に対し、診察した医師が新型インフルエンザA(H1N1)を疑って粘り強く保健所と交渉し、国内初の症例確認へ導いた。これらに関する評価は全く行われた様子がない。

5月8日にMRICで配信された拙稿(Vol. 159)において、会議の行方に関する懸念を述べたが、果たしてその通りの結果となった。
本会議の委員はこの報告書を了承する(した)のか。了承するなら、委員11名もこの報告書に名を連ねるべきであろう。また、この報告書を英語訳し、先進各国のインフルエンザ対策担当者に「これが日本の国としての新型インフルエンザ対策の総括である」と言って見てもらいたいものである。
ちなみに日本は新型インフルエンザ患者に占める死亡者の割合(致死率)が低いということは諸外国に知られているが、その詳細は英語で情報提供されておらず、厚労省のウェブサイト上で日本語で提供されているにすぎない。筆者はこのデータを諸外国と比較した短報を先日Eurosurveillance誌に投稿したが、時期が遅すぎるとのことでRejectされた。本来そのような短報はずっと前にしかるべき公的機関から出されていなければならないが、出ないのでやむなく発信しようとした次第である。データも世界に発信しない、対策も検証しない、不思議な国・ニッポンである。

(1) http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100608-02.pdf
(2) http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090429-03.html#no1

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