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Vol. 208 EML4-ALKがん遺伝子の発見から臨床応用まで

医療ガバナンス学会 (2010年6月14日 15:00)


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東京大学大学院医学系研究科 ゲノム医学講座
自治医科大学 ゲノム機能研究部
間野博行
2010年6月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

MRIC編集長 上昌広です。
2010年6月4日~8日、シカゴで第46回米国臨床腫瘍学会(ASCO)が開催されました。がんに携わる医師、研究者そして企業が一堂に会する世界最大級の学会です。
今年のASCOでは、EML4-ALK融合遺伝子を有する肺癌に対するALK阻害剤による分子標的療法が大きく取り上げられ、本学会最大の話題になっています。

このたび、このEML4-ALK融合遺伝子の発見者である間野博行教授に、がん遺伝子発見から薬の開発、臨床試験までの経緯を舞台裏も含めて緊急投稿していただきました。
日本で発見された分子標的にもかかわらず、薬の臨床試験は日本抜きで海外で始まり、日本の患者さんを韓国に紹介せざるをえなかったというこの事例は、日本の臨床試験ひいてはドラッグラグの現状を象徴する出来事であるように思えます。
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我々は微量の臨床検体から、そこで発現しているcDNAの機能スクリーニングを可能にする新しい手法を開発し、肺癌(腺がん)の検体から新しい融合遺伝子EML4-ALKを発見しました(Nature 448:561-566, 2007年8月)。
ALKは受容体型チロシンキナーゼをコードしますが、染色体転座の結果ALKの酵素活性領域がEML4のアミノ末端側約半分と融合した融合キナーゼが産生されるのです。
ちょうど慢性骨髄性白血病においてt(9;22)の結果ABLチロシンキナーゼがBCRと融合してがん化キナーゼになるように、肺がんにおいても同様な融合型チロシンキナーゼが存在していたのでした。

BCR-ABL陽性慢性骨髄性白血病に対してABLの酵素活性阻害剤(商品名:グリベック)が特効薬と言えるほどの治療効果を有していることを考えますと、ALKキナーゼの酵素活性阻害剤を作れば、肺がんにおける「第2のグリベック」となるのではないかと思われました。
実際、EML4-ALKを肺胞上皮特異的に産生させるトランスジェニックマウスを作成すると何百もの肺腺がんを多発発症しますが、これらマウスにALK酵素活性阻害剤を投与すると肺がんは速やかに消失しました(PNAS 105:19893-19897, 2008 年12月)。

私は、日本で行われた発見なのでこれを是非日本の国益に繋げたいと考え、海外からの誘いを断って最終的に国内のある製薬企業にこの遺伝子の特許をライセンスアウトしました。
しかし我々の発見を受けて、ほぼ全てのビッグファーマが現在ALK阻害剤を鋭意開発中です。おそらく上記国内の製薬企業を含めておそらく2~3社が今年中に臨床試験を開始すると思われます。

ところがファイザー社だけは2008年の時点で早くもALK阻害剤による臨床試験を開始いたしました。実はファイザー社の化合物(crizotinib)はもともとMETチロシンキナーゼの阻害剤として開発されたもので、消化器腫瘍の一部でMET遺伝子の増幅があるためそれを標的として作られたものでした。ファイザーにとって幸いなことに、彼らのcrizotinibはMETと同じくらいALKに対しても有効でした(つまりdual-inhibitor)。そこで彼らは我々の発見を見て急遽治験対象を変更し、EML4-ALK陽性肺がんを標的に加えたのでした。

その治験に参加したEML4-ALK陽性肺がん患者が劇的な治療効果を得たことを自らのブログで公開しています。
http://www.inspire.com/groups/lung-cancer-survivors/discussion/eml4-alk-mutation/
このブログを小生がある学会で紹介したところ、国内の呼吸器内科医の方から「自分の診ている肺がん患者がブログの患者さんと良く似た特徴を有している。ついてはその日本人症例の肺がんにEML4-ALKがあるかどうかを調べてもらえないか」との御連絡を頂きました。実際我々がその患者さんの喀痰を調べたところEML4-ALKが検出されました。
そこで上記ブログの患者さんの治療施設であるHarvard Medical Schoolへ日本人患者の治験参加の可能性について問い合わせたところ、驚いたことにそのファイザー社の治験はソウルでも行われていることを教えられました。実際はボストン、ソウル、メルボルンの3都市で行われた国際第一相臨床試験でした。
そこで上記日本人症例がソウル大の試験に参加することになり、New York Times誌に書かれているように、私がお見舞いに行った際に劇的な治療効果を目の当たりにすることができたのです。

ファイザーだけが極めて早くから臨床試験を開始できたのは、彼らの幸運(彼らが作っていたMET阻害剤がALK阻害剤としても利用できた)なのですが、そのアジアにおける臨床試験が、遺伝子が発見された日本ではなくて韓国で行われたことは非常にショックでした。
これは日本での臨床試験コストが高いこと、また韓国が国策として臨床試験誘致を極めて熱心に行っていること、などが原因として考えられます。

しかし、これだけの素晴らしい治療効果を目の当たりにすると、日本のどこかでEML4-ALKがあるかどうかもわからず死んで行っている陽性肺がん患者を何とか助けるためにできるだけのことをしようと思いながら帰国いたしました。
そこで癌研の竹内賢吾先生の御協力を頂きながら、我が国全土に広がるALK融合肺がんの診断ネットワーク(ALK肺がん研究会:ALCAS)を2009年3月に立ち上げました。
これはボランティアで日本中のEML4-ALK陽性患者を見つけ、少なくとも日本で試験が行われるまでは海外における試験への橋渡しをしよう(もちろん患者さんが希望すればですが)というものです。
またこのALCASは幸いにも科学技術振興機構がサポートして下さいましたので、企業からの援助を全く受けることなく進めることができました。

昨年3月から現在まで500例を超えるスクリーニングを行い、すでに20例近くの陽性患者さんがソウルに渡りcrizotinib治験に入りました。
これら参加患者さんは、少なくとも初回治療においては全員劇的に効いております。またこの日本人の治験参加に際しては、ソウル国立大学附属病院のYung Je Bang教授が手厚くサポートして下さいまし た。ソウル大の病院内には日本人肺がん患者さんのグループもできていたと聞きます。私は、「海外の患者さんが日本に助けを求めてきたときにBang教授のようなことがはたしてできるだろうか?」と自問せざるを得ません。

幸いにも2010年3月からいよいよ日本でもファイザー社のcrizotinib臨床試験(第二/三相)が開始されました。また本年4月からは日本におけるEML4-ALK診断の臨床サービスも企業によって開始されています。
なおソウル、ボストン、メルボルンで行われた第一相試験の結果が今年の6月6日に、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のプレナリー発表として行われ、またそれを機にNew York Times誌やWall Street Journal誌などでEML4-ALKに ついて記事が書かれたところです。
こうして臨床試験が大成功を収めたALK阻害剤(crizotinib)は、ヒト固形腫瘍の治療剤として現在人類が入手できるものの中で最も有効性が高い薬剤ではないかと思われます。また他社のALK阻害剤が追いかけ臨床試験にはいることで、より薬効の高いALK阻害剤が最終的に選択されていくことになるかと思います。
僭越な言い方ですが、今回の発見とそれに基づく臨床応用は、我が国のがん研究史上はじめて、がん患者の命が直接我が国の研究によって救われた例だと思います。

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