医療ガバナンス学会 (2021年1月25日 06:00)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2021年1月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
コロナに感染して10日が経過して自覚症状がなければ保健所から「就業制限解除通知書」なるものが発行されて、仕事に復帰でしてもいいということになっていることをご存じだろうか。しかし、職場の上司から心配なのでもう一度保険でPCR検査をしてもらうように言われたといって再診される方が後を絶たない。
入院患者さんに関しては退院時に2回のPCR検査をして陰性であることを確認してから退院するという「退院基準」があったが、実は今ではPCR検査での確認作業は行われていない。それはなぜかというとPCR検査は症状が軽快して1-2か月してからも陽性になることがあってきりがないからである。
(参考グラフはこちらを参照して下さい。「Fast coronavirus tests: what they can and can’t do」:nature online> news feature: https://www.nature.com/articles/d41586-020-02661-2 )。クルーズ船のときでもPCR陰性を待って2か月近く入院していた例があったほか、無症状や軽症の発症者ですら1か月以上PCR陽性が続いた例が報告されている。つまり、就職制限が解除されてすぐの発症11日目あたりでPCR検査をしたら高率にPCR陽性とでてしまうのだが、この事実を国や地方自治体がきちんと周知していないために現場での混乱を招いている。したがって治癒後に保険を使ってPCR検査をすることも認められていないのである。
ここで問題なのはそれならPCRで陽性に出るような人が本当に職場復帰していいのかという疑問である。これに関しては世界中の報告からも「発症後10日を過ぎると人へ感染させにくくなる」という事実がわかってきたために10日目を区切りとして自粛解除という基準が作られたと思われる。しかし、それはあくまで自粛解除基準であって治癒基準ではなく、何時の時点をもって治癒とするかは難しい問題で、いまのところ議論もされずに棚上げされている。ところで医療機関で再検査を拒んでも今は自費でPCR検査が受けられてしまうので、そこで陽性に出るとその後の対応がややこしいことになってしまう。今後はこのようなケースが増えてくるので、しっかり行政がこの辺の対応を国民に周知すべきだ。
ちなみに前回私が書いたMRIC記事(「Vol.240 いまや意味のない濃厚接触者認定を漫然と続けていることの弊害」:http://medg.jp/mt/?p=9988 )の中で、当院を受診したプロの音楽家の例をご紹介したが、その後の後日談があるのでご紹介したい。某市主催のライブコンサートに出演するにあたり主催者の市担当者から出演者全員のPCR検査実施を求められた。この音楽家の人は11月にコロナに罹患してからちょうど2か月目なのだが、やはりPCR検査で陽性という結果が出てしまった。仕方なく「活動性の状態ではない」という診断書を書いて事なきをえたが、管轄の保健所医師に連絡して協議するなどそれは大変な作業となった。
2.迅速抗原検査の役割と将来の展望について
欧米ではPCR検査に加えて迅速抗原検査の有用性について議論されている。一般的には迅速抗原検査はPCR検査よりは感度が劣るので、確実にコロナウイルスの存在を捉えるにはPCR検査が優れている。しかしPCR検査は結果が出るまでに1-2日待たなければならないのに対して迅速抗原検査は15分ほどで結果が出るというメリットがある。
感染拡大を抑制する観点からは検査の「感度」よりも結果が出るまでの「速さ」が大事な要素であることがわかってきて、しかも検査を繰り返し行うことで感度を引き上げることができるので、安くて簡便に行うことができる迅速抗原検査にシフトする動きが起きている。今アメリカで開発中のキットは自宅で唾液を取って試験紙に浸すだけの簡便なもので、症状がない人のスクリーニング検査として期待されている。
感度と別にもう一つ考慮に入れなければならない要素がある。それは迅速抗原検査で陽性となるのは発症から10日目ぐらいまでという事実で、この期間というのは上気道検体からウイルスを分離・同定することが可能な時期、人に感染性がある時期とほぼ一致している。したがって裏を返せば、以前にコロナと診断された人が感染性を維持しているかどうかを判断するのに利用できる可能性がある(参考。「SARS-CoV-2抗原検査に関する暫定ガイダンス:アメリカCDC」:https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/lab/resources/antigen-tests-guidelines.html )。
ただし、現時点で日本に流通している迅速抗原キットは鼻咽頭拭いによる検体採取法に限っているので、検査をする人の感染防御のたには防護服をまとって行わなければならず、現状では誰もがいつでもどこでもできる検査ではない。また、陰性証明のための検査には健康保険や都道府県の助成制度も使えない。PCR検査を含めていまだに都道府県の認可を受けた医療機関でしか実施が認められておらず、このような足かせをかけたまま放置していることが大きな障害となっていて、民間医療機関がコロナ診療をスムーズに行えない理由の一つになっている。感染症法に縛られたがんじがらめのこの制度をいますぐ改めて、民間企業が自由に検査サービスを提供できる環境を整えなければならない。国は民間医療機関にコロナの診療を強制する前にやっておかなければいけないことが山とあるのだ。