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Vol.032 小さなデータの積み重ねが世論の形成につながる

医療ガバナンス学会 (2021年2月12日 06:00)


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この原稿はWeb医療タイムスから転載です。

千葉大学医学部5年
原田夏與

2021年2月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■製薬マネーと女性のキャリアが論文テーマ

私は医学生だ。ご縁に恵まれ、福島の常磐病院の尾崎章彦医師に論文執筆の指導をしていただいている。テーマは、製薬マネーと女性のキャリアの2つだ。

製薬マネーとは、製薬会社から医療者や医療機関に対して支払われる謝金や寄附金を指す。私は今回、血液内科領域の診療ガイドライン作成委員である医師に対して支払われた製薬マネーをデータとして洗い出し、解析した。

診断や治療方針決定のルールブックともいえる診療ガイドラインにおいて、製薬マネーが引き起こす問題点は、その記載内容が、製薬会社に利益があるように歪められてしまう可能性があることだ。

調査の結果、血液内科領域の74人の診療ガイドライン作成委員に対して2016〜17年の2年間で3億7000万円以上、1人当たり年間平均250万円以上の支払いがあったことが明らかになった。私にとって初めての原著論文は執筆と投稿作業に1年以上の歳月をかけ、20年12月、Health Policyという医療政策を専門とするジャーナルに掲載された。

もう1つのテーマである女性のキャリアについては、16年に東京医科大学の女子受験生差別が問題になったことにヒントを得て、日本の医学系学会が発行する医学雑誌において、編集長という影響力の大きいポジションに就いている女性の割合を調査した。

こちらは執筆に大変苦労し、調査開始から3年近く経ってようやく完成し投稿する段階となったが、まだ公開には至っていない。

■RejectとReviseの繰り返し

論文の執筆はまずテーマを決め、膨大な時間をかけてデータを集める。いずれの論文においても、原稿は、尾崎医師に何十回も確認をしてもらい、そのアドバイスに基づいて修正するという作業をひたすら繰り返した。

また、説得力のある論文とするために、先行研究を含めてさまざまな論文を読み込み、引用した。原稿を完成させたらようやく医学雑誌に投稿し、編集部からRejectまたはReviseの指示を受ける。

Rejectであればまた別の雑誌を探し、Reviseの指示あれば編集部の指示に従って原稿を書き換える。この際、製薬マネーの論文においては何度もRejectされた後にようやくReviseとなる雑誌が見つかった。新たにデータを追加したり、大幅な変更を多数加えるようなReviseを2回行い、ようやく受理された。

一方で、女性のキャリアの論文では再現性に欠けるという指摘から1度Reviseとなった論文を取り下げて調査対象を見直し、ゼロからデータを集め直した。対象範囲を広げ、1000を超える学会1つひとつが発行している医学雑誌を全て調査した。

中には確認するために国会図書館まで出向く必要があるものもあり、間違いがないように何度もチェックを繰り返した。これらの膨大な作業は、たくさんの人たちの協力なしには不可能であった。

■調査結果が女性のキャリア形成の指標に

1つの論文を執筆して公開するまでに、多くの人の時間と労力を必要とすることを身をもって経験した。それを無駄にしないために、原稿が公開されるように投稿の作業を繰り返すつもりである。

調査結果としては、対象となった編集長351人中たった20人(5.7%)が女性であるというものだ。労力の割にはシンプルな結果であり、調査せずとも女性編集長が少ないことは予想できるため、インパクトに欠ける結果ともいえる。

実際、そんな当たり前のことを調べて何になるのか、という厳しい言葉をいただくこともあった。しかし、女性のキャリア形成が難しいことが社会の認識としてあったとしても、それを「何となくそういう風潮がある」と述べるのか、具体的に「351人中たった20人だけが女性である」と述べるのとでは大きな違いがあるのではないかと思う。

この数字は海外と比べる際にも、日本女性のキャリア形成の現状を考える指標になる。また、将来「20年にはたった5.7%だったが、50年にはxx%まで増えた」と具体的に述べることができたら、さまざまな取り組みのもとで、社会の認識がどのように変化したのかがよく分かる。

■論文執筆という貴重な経験に感謝

文献には、ネットニュースから厚労省が発表するものまで、さまざまな形式がある。しかし、医学界では一般に論文が信ぴょう性が高い媒体とされている。たとえ3000文字前後の原著論文ではなく、400字程度のletterやcorrespondenceといった短い形式であっても、その分野で長年経験を積んだ熟練者である編集長に認められなければならない。

私の未熟さ故に増えてしまった労力ももちろんあるが、論文執筆には前述のように多くの人の時間と労力を必要とする。そして、その1つひとつの論文が公開され、あるテーマの論文が一定数集まると、Meta-analysisといって、論文の中でもより信ぴょう性の高い文献を執筆するチャンスもある。

私が今回調査した結果は、それ1つでは小さなことかもしれないが、こういった小さなデータ1つひとつが積み重なって、社会として議論され、世論が形成されていくのだと思う。論文執筆という貴重な経験に感謝するとともに、今回の調査が論文として公開されることで、製薬マネーや女性のキャリアについて議論するきっかけの一助になればと思っている。

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