医療ガバナンス学会 (2021年4月15日 06:00)
日本医療法人協会常務理事・医療安全部会長
小田原良治
2021年4月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
この医療事故調査制度は、改正医療法附則第2条第2項の規定により、2016年(平成28年)6月24日に既に見直しが行われたのです。2016年の医療事故調査制度見直しを受けて、私共は「医療事故調運用ガイドライン」の改定版を出そうと計画したのですが、諸般の事情により、改訂する機会がなく今日に至ってしまいました。
本制度施行5年にあたり、あらためて医療事故調査制度への関心が高まったことから、今回、本ガイドラインを発刊することとしました。本書は、日本医療法人協会医療事故調運用ガイドライン作成委員会編「医療事故調運用ガイドライン」を基に、2016年(平成28年)6月24日の制度見直し事項を盛り込み、加筆、発展させたものです。
医療事故調査制度創設の動きは、1999年(平成11年)の横浜市立大患者取り違え事件、東京都立広尾病院事件、杏林大割り箸事件と相次いで起こった医療過誤事件で始まったと言えるでしょう。マスコミの異常な医療バッシングは福島県立大野病院事件でピークとなりました。この福島県立大野病院事件の医師逮捕映像で、一気に「医療崩壊」に突き進んだのです。
このような医療バッシングの環境の中で登場したのが、第3次試案・大綱案です。当時の世相を反映した第3次試案・大綱案は、責任追及型、センター調査中心型の制度設計となっていました。しかし、時代は大きく曲がり始めていたのです。法律に無知だった医師の間に急速に法律への関心が芽生え、第3次試案・大綱案の問題点に気づいたのです。国際的にもWHOドラフトガイドラインが出され、責任追及の無意味なことが認識されました。第3次試案・大綱案を主導した政権への不満が爆発し、政権は自民党から民主党へと移行し、同時に、第3次試案・大綱案も法律とならずに消えて行きました。
民主党政権下、死因究明2法(死因身元調査法、旧死因究明等推進法)が成立。民自公合意がなされ、診療関連死は別枠として、再び医療事故調査制度の議論が始まりました。その後、再度の政権交代を経ても議論は継続されて医療事故調査制度は医療安全の制度として創設されることとなったのです。
この間、四病恊合意、日病恊合意がなされ、「医療の内」すなわち「医療安全」と「医療の外」すなわち「紛争解決」を切り分けての解決が図られます。改正医療法により、医療事故調査制度は医療安全の制度として位置づけられることとなりました。さらに、「医療事故調査制度の施行に係る検討会」とりまとめを経て、省令・通知がだされ、医療事故調査制度はでき上ったのです。
この、第3次試案・大綱案から2014年(平成26年)6月の改正医療法、2015年(平成27年)5月の省令・通知への大きな変化がまさにパラダイムシフトというべきものです。制度の考え方が大きく変わったのです。責任追及の第3次試案・大綱案から出発した本制度は、WHOドラフトガイドラインに沿った妥当な制度として再構築され、2015年(平成27年)10月1日に施行されました。
本制度施行後、2016年(平成27年)6月24日には改正医療法附則第2条第2項の規定に基づき、制度見直しが行われて医療事故調査制度が強化されました。
医療事故調査制度は、第3次試案・大綱案から、パラダイムシフトして極めていい制度として出来上がったのです。
本制度は、第3次試案・大綱案と異なり、院内調査中心の制度です。責任追及の制度ではありません。しかし、現実には未だに、第3次試案・大綱案の残滓を引きづっている人々がいるようです。このように前時代の残滓が存在する以上、院内調査中心という本制度の本質を考えて、「医療事故の判断」および「院内調査」という制度の出発点の重要性を認識して対応する力が医療者に求められていると言えましょう。医療現場は、医療事故調査制度そのものをよく知り、既に行われた2016年(平成28年)6月の制度見直し項目に注視しつつ現場主義に徹することが必要と考えられます。
本書は、日本医療法人協会医療事故調運用ガイドライン作成委員会編、「医療事故調運用ガイドライン」を基に2016年(平成28年)6月24日の制度改正事項を盛り込み、大幅に加筆したものです。種々の情報が氾濫するなか、本制度のパラダイムシフトを理解し、医療現場に真に役立つ解説書として本書は重要な役割を果たすことでしょう。
「新版 医療事故調査制度運用ガイドライン」を座右の書とし、「医療事故の判断」、「院内調査」に役立てていただきたいと思います。医療事故調査報告書を紛争の具にしようとする動きが明確になった今、あらためて医療事故調査制度の経緯、パラダイムシフトの意味、条文の解釈等を知ることが重要となっています。