医療ガバナンス学会 (2010年7月9日 07:00)
~結局は同じことが繰り返されるのか~
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
URLはこちら→http://jbpress.ismedia.jp/
2010年7月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
■医学部の新設は「百害あって一利なし」
主要各党が掲げる医療政策を見ていきましょう。
民主党は、「診療報酬の引き上げに、引き続き取り組みます」とマニフェストに記載しました。「引き上げ」ということにはしていますが、診療報酬をOECD並みに引き上げるとしていた前回に比べると、トーンダウンしたのは間違いないでしょう。
その一方で「地域の医師不足解消に向けて、医師を1.5倍に増やすことを目標に、医学部学生を増やします」として、「医師数1.5倍」の数値目標を維持しました。自民党などの「医学部定員増員」とは異なり、「医学部新設」を行う方向です。
しかし現状では、医学部新設は「百害あって一利なし」です(「http://jbpress.ismedia.jp/articles/- /3396医師を増やせば医療崩壊は本当に解決するのか」も参照ください)。医学部の新設には1校あたり100億円以上もの莫大な費用がかかるとされてい ます。私は、限られた財源のもとでは既存医学部の定員を増加するのがコストパフォーマンスに優れた選択だと思います。
民主党の医療マニフェストにはこれ以外に「後期高齢者医療制度の廃止」と「介護ヘルパーの給与引き上げ」が記載されています。
前回の「医師の当直を夜間勤務に改めます」「医局員を常勤雇用とし、医療現場での労働基準法の遵守を徹底します」などの文言はマニフェストから消え失せました。
医学部の新設に数百億円を使う前に、するべきことがたくさんあるような気がする医療従事者は私だけでしょうか?
■自民党は問題点を挙げて検討するだけ?
自民党は「診療報酬の大幅な引き上げ」とともに、医師の偏在の是正のために1000人単位の「県境なき医師団」結成を打ち出しました。これは、 「産科や小児科、救急医療などの診療科や地方において医師不足による医療崩壊を招いている地域に随時医師を派遣する」という制度です。
実行する上では、交通費などの医師派遣に伴うコストと、この医師団に参加した人たちのその後のキャリアサポートができるかがネックになると思われます。
でも、この政策が実行され、1000人単位もの医師が日常的に全国各地を行ったり来たりすることになったとします。すると、この制度なしでは生涯一緒に仕事をすることがなかったはずの医師たちが出会うことになります。
いろんな地方の異なる学閥の医師たちが互いの医療技術を見せ合い、切磋琢磨することになるのです。この政策は「医師の循環」をうながし、それにより日本全体の医療の質を向上させるという大きな効果も期待できるような気もします。
その他に自民党は、「勤務医の処遇改善」「女性医師の働きやすい環境の整備」と過酷な現場の解消につながるスローガンを掲げています。
「診療所の役割の強化・充実」「有床診療所の機能充実・強化」も病院の負担を減らし、勤務医の過重労働改善につながるでしょう。
もっとも数値目標は「県境なき医師団」の1000人単位に以外に見当たりません。また、具体例も一切示されていません。問題になっている項目を「検討します」と並べただけである可能性も否定できないのが悲しいところです。
■みんなの党は昨年度の民主党なのか
みんなの党は、「これまでの社会保障費抑制策が招いた医療崩壊を食い止めるため、医療費を対GDP比10%を超える程度まで引き上げる」と掲げました。医療費2割増額という具体的数値を今回マニフェストに記載した唯一の党になります。
しかし、財源については、特別会計の廃止や独立行政法人の剰余金等の発掘で20兆円を見つけるとしています。これに加えて、天下り禁止や公務員人件費削減などで10兆円の財源を捻出するとしています。
実際に合計で30兆円もの金額が出てくるのであれば良いのですが、民主党の事業仕分け結果を見ても、これが実現困難であることは間違いないでしょう。そして、「その後の恒久財源については要検討」としています。
無駄を省いて財源を捻出するというのは、昨年の民主党が唱えていたことと同じです。民主党は財源が捻出できなかったため、今年度の診療報酬改定は結局、実質プラス0.03%に終わりました。その繰り返しになってしまうリスクを感じるのは私だけでしょうか。
■医療財源を巡る配分争いがまた繰り返される予感
6月24日、管首相はNHKの番組で「消費税を社会保障に充てるという自民党の考え方は、私たちも基本的に同感している」と述べ、増税分を社会保障に回す考えを明らかにしました。
これで、どの政党が政権を取っても、税収が社会保障に優先的に配分される方向性が明らかにされました。
とはいえ、消費税増税の具体的な時期は不透明です。また、今回の民主党マニフェストから医療費増額の数値目標が消えたことから見ても、医療費を1~2割上げるのはとてつもなく困難なことは明らかです。
結局、今回の選挙後も、医療費はほとんど増額されることはないでしょう。これまでと同じく、不十分な医療財源の配分を巡る争いが繰り返されるだけのような気がしてなりません。これでは医師の過労死基準を超える労働時間の改善も、あまり期待できません。
医療財源まで踏み込んだ議論はまだ始まったばかりですし、一歩一歩コンセンサスを得ながら医療改革を進めていくしかないということは分かります。
でも、日々の医療現場は待ったなしの状態で追いつめられています。
限られた財源の中で、医療従事者はベストなサービスを提供できるよう努力しています。政治家の方々には、もっともっと現場を自分の目で確かめても らい、状況を理解してほしいと思います。まずはそれがスタート地点となって、医療は変わっていくのではないか? 私はそう思っています。