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Vol.093 最新結果から:ワクチン接種の迅速化により長距離移動のリスクが消滅する効果

医療ガバナンス学会 (2021年5月18日 06:00)


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東京大学大学院 工学系研究科 教授
大澤幸生

2021年5月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

米国のワクチン接種のスピードはさすがである。NYタイムズによると2020年の12月後半から投与を開始して、2021年5月14日現在は1億5千万回(人口の47%)の接種を済ませている( https://www.nytimes.com/interactive/2021/us/covid-cases.html )。これは一日あたりにすると、100万人を超える(人口の0.3~0.4%)高速接種ということになる。そのおかげと思われるが、米国では1月から感染者数は劇的に下がり、4月中旬から改めて感染者数が減少に向かう変曲点が見られる。これも上記のWebページに示されているので参照されたい。

これに対し、日本では接種を開始した2021年2月から現在までの約90日でわずかに接種回数560万回であり、一日平均にして6.2万人と米国の16分の1程度となっている。一日当たり人口の0.05%であるから、ひとり一回ずつ投与するのに5年かかる計算である(最近の30日では一日当たり約15万人となっているが、まだ人口の0.12%である)。

とはいえ、「いつになったら私は接種できるのだ」と多くの人々がつぶやいている今もなお、日本国におけるワクチンの接種ペースは先進国らしくなる様子はない。ならば、私がここで政府を批判しても効果は無かろう。むしろ、分析者として私が不思議に思っていたのは、米国の旅行者数の統計であった。
米国政府筋のWebページ( https://www.tsa.gov/coronavirus/passenger-throughput )によると、運輸保安局(TSA)セキュリティチェックポイントでカウントした旅行者数は2021年の1月から2月にかけては多くの日で100万人を下回っていたのに対し、3月中旬から毎日100万人を上回り、4月になると150万人を上回る日も増えている。これが顕著な増加であることは、あえて統計的にt検定などするまでもなく明らかであろう。しかし、上記の通り、このように旅行者が増えるタイミングで感染者数は減少しているのである。

これが不思議であるのは、このMRICでも以前述べたように( http://medg.jp/mt/?p=9996
長距離移動が感染拡大リスクを増大させることを、私を含むAIシミュレーション研究者たちが示してきたからである。内閣官房から私の研究内容を公開しているWebページにもあるように、長距離移動者がわずかでも増えると顕著な感染拡大をもたらす( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/organization/tokyo/articles/article002 )。上記のMRIC記事では、グレンジャー相関性を用いて「長距離移動のリスクが高いことを示すエビデンスは無い」と主張する一部の分析者の主張が不適切であるということも私は平易に解説している。だというのに、なぜ米国の旅行者増大は感染拡大を招いていないのか?今年の4月といえば、まだ米国でもワクチン接種者は人口の30%未満の回数であったので長距離移動のリスクを完全に打ち消すとは思えない。しかし、私が手元で精査した結果、この謎を解明することができたので、今後の論文発表等に差し支えない程度に報告したい。

地域間の人の移動を分析することは従来の計算モデル(免疫未獲得S→潜伏期E→感染能力獲得I→回復Rという状態遷移を表すSEIRモデルなど)では意外に難しく、かといって私が以前にこのMRICで紹介したような社会ネットワークモデルで大人数の人口移動を計算するのには大変な時間がかかる。この問題を解決するSEIR回路格子という手法を考案して下のアーカイブに公開した( https://arxiv.org/abs/2104.09719 )。この方法を用いたシミュレーションから、筆者は重要な2つの発見を得ることができた。簡単に言えば

(1)ワクチンは、「自然なデタラメさ」で分配するのが良い。つまり、作為的に一部の地域を優先しないこと(数学的には条件付きエントロピーの最大化)で感染者数を抑える効果が得られる — ただし、この方法でいずれかひとつの都道府県にワクチンを投与するとすれば人口の多い東京だけを選ぶことになるが。

(2)1日にワクチン接種が人口の1%になれば越県移動の危険性は消滅し、むしろ感染拡大を抑制する効果に逆転する

というものである。その後、最近さらに(2)の精査を行ったところ、1日にワクチン接種がおよそ上記の人口の0.4%の前後でこの逆転効果が得られることを突き止めた。上に述べた米国における接種のペースに近い。この最新の結果に至るまでには膨大な実験を行ったのでその詳細を整理中であり、ジャーナル論文にするまでにはもう少し時間をかけるが、上記アーカイブ論文で概要以上の情報は示している。

私の論文をアーカイブに公開した後にも、「ワクチン接種100万回達成なら再宣言不要に 東大准教授らが試算」など経済学者による成果を示すメディア情報等が見られるが、私の示した結果はそれよりも低い接種速度でも長距離移動のリスクが著しく抑制されることを示しており、しかも(1)と(2)のペアで意味を持つ。つまり、(2)の越県移動によってワクチン接種者のもたらす安全性の影響が拡散され、(1)でいう自然なデタラメ状態に近づくと解釈できよう。このような数学的解釈は、シミュレーションの意味を説明する上で必須である。さもなくば、偶然のヤッコー(「やったらこうなった」)を、さも有用な知見のように宣伝してしまうことになりかねない。
私の結果を解釈可能すると、ワクチン接種スピードを上げればその普及が達成されてからではなく、普及過程とともに経済活動を安全に再開できる可能性を、私も今では不思議がることなく示すことができる。ただし、以下のネットワーク分析からわかる「想定外の人との接触」の効果はSEIR回路格子モデルでさえもまだ把握できないので、「長距離旅行を積極的に推奨」とまでは言わない。

過去に私の研究グループでは、独自の社会ネットワークモデル(個人間の繋がりを数学的に表した社会モデル)を用いたシミュレーション結果からStay with your Community(SwC)なるコンセプトを導き、感染拡大リスクを抑える社会生活スタイルとして奨励してきた。昨年末には西村康稔大臣から記者会見でStay with Your Communityという私の論文のタイトルをそのまま用いて国民に奨励して頂き、東京新聞、NHK、フジテレビなど多数のメディアからも多くの読者と視聴者に伝えて頂いた。
SwCとは「互いに認め合った人の数を超えて、想定外の人と接触しないこと」を意味する。「会食はいつもの人と」という尾身茂先生の記者会見での推奨も、私を含むAI研究者のシミュレーション結果に基づいたものである。日常生活のみならず、緊急事態宣言からの解除も、SwCの生活スタイルを超えないように、宣言以前の接触頻度が高かった人から順に接触を戻す方が安全性が高い( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/organization/tokyo/articles/article003 )。
そしてワクチンについては、想定外の人とも接触機会のある人からの優先接種が効果的である( https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/organization/tokyo/articles/article004 )。
余ったワクチンの廃棄を避けて自らに接種した自治体の首長や、3畳一間から大薬局チェーンを起こした実業家は「多様な人との接触機会のある人」の範疇に入るから、科学的見地からすればこれらの優先接種は本来は推奨されるべき行動であると筆者は考えている。その原因となったワクチン普及の遅さこそが、本質的な問題である。

そして、今回、上に示した(1)(2)という2つの発見がSwCと明確に違うのも、国民の意思ではどうにもならないワクチン接種の迅速化という政府のアクションが、国民の生命だけではなく経済活動も守るということである。今一度、政府においてはこの責任を十分に認識して頂き、ひたむきにスピードを高めるあらゆる手を尽くして頂くことをお願いしたい。

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