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Vol.103 医学論文執筆に際しての、英文“校正”業者の実力と英文添削の意義

医療ガバナンス学会 (2021年6月1日 06:00)


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日本バプテスト病院 中央検査部
中峯寛和

2021年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.はじめに

医学領域では、論文化を目指した英文原稿作成に際して、上司に「件の原稿の進み具合は?」と尋ねられ、「初稿は完成して英文校正に出しているところ」といった返答を耳にすることがある。この場合の「英文校正に出す」とは、英語がネイティブ言語でない著者が作成した英文原稿について、英語の専門家(ネイティブとは限らない)にチェックを求めることである。従ってこれは、校正(校正刷りと原稿を照合し、文字の誤り・体裁・色調などを正すこと)1) ではなく添削(詩歌・文章・答案などを、書き加えたり削ったりして改め直すこと)1) であり、遠い昔の受験生時代に利用した通信教育を思い出す。このような英文添削の依頼先として、英語に堪能な上司・同僚・知人、外国の共同研究者、などに加え、営利会社(業者)がある。後者については、近ごろ複数の“英文校正”業者から、営業用メールが幾つも届き、なかには“研究支援”と銘打っているものもある。

筆者は5年前に、採択された原稿2) について、ある業者に英文チェックを受けたが、ごく最近に同じ業者に再びチェックを受ける機会があった。さらに、少なくともかつてはわが国でトップレベルにあったと思われる英文学者と間接的に知己を得、“英文論文では英語の質も重要”とする筆者の考えに賛同を頂いたうえに、共同研究者による英文原稿をチェック頂く機会もあった。以上に基づいて、英文“校正”業者の実力と英文添削の意義について述べる。
2.他者作成の英文原稿と筆者との関わり

筆者は個人的に英文原稿のチェックを頼まれることが時々あり、上記の考えから、内容ばかりでなく英文についてもチェックすることにしている。その際、筆者による改変部分のうち、依頼者(著者)が納得する部分のみ採用すればよいとの前提のもとに、1) 改正が必要と判断される記載(指示)、2) 誤りではないが改変したほうが円滑と思える記載(助言)あるいは別の表現もあるとの情報提供(参考)、の 2 つに分けてコメントしている。
一方、筆者は学会誌から依頼を受け、これまでに 150 件近い英文原稿を査読したが、その際にも、内容の吟味だけでなく査読過程で気付いた英文の問題点についてもコメントしてきた。そのような指摘に対し「英文“校正”を受けた」として再投稿された原稿では、なるほど文法的誤りはほとんど見当たらないが、医学的には首を傾げる改変に出くわすことが時々あり、「どのような英語の専門家が原稿をチェックしているのであろうか」という疑問が膨らんでいた。
3.筆者が関わった英文原稿のチェック

1)  5 年前の採択原稿
筆者が第一著者の総説原稿を、学会誌に投稿し採択2) された際に、編集長から「経費は学会負担で、業者による英文チェックを受けることが可能」との提案を受けた。そこで、上記疑問を少しでも明らかにできるのではないかと考え、この提案を受諾するとともに、筆者の英語力評価も依頼した。するとすぐに、同誌の契約業者から編集長に宛てて、英語力に関する評価はできない、との回答があった。実はこの依頼には、「自分の英語力を評価してもらう代わりに、こちらも貴方(業者)の英文チェック力を評価しますよ」という意味があったのであるが、業者がそこまで考えたかどうかはわからない。

やがて戻ってきた英文チェック済み原稿を見てみると、確かに多くの部分では改善されており、特に冠詞の使い方や言い回しは勉強になったが、承服できない箇所が少なくとも2つあった。その一つは、“hypercellular”(富細胞性)という用語が“hyper-cellular”へ改変されていたことである。後者は初めて目にする単語であったため、それぞれを引用符で囲んでPubMedで検索したところ、ヒット件数は “hypercellular”108,726 件に対し、“hyper-cellular”は15 件しかなかった。原稿にとってこのような改変は些細な問題であるが、この業者は i) 医学用語に関して細かい配慮はしない、ii) 強いて改変する必要がない部分にも手を加えるスタンスである、および iii) 専門用語のスペルに迷う場合には PubMed で確認するという方法があるのにこれを知らない、などが判明した。

もう一つは、“The incidence is 500/million/year.”(発病率あるいは罹患率は、年間 100 万人あたり 500 人)との記載が“The incidence is 500-million/year.”(年間 500 万人)に改変されていたことである。この英文チェック担当者はハイフン使用を好むのかも知れないが、日常の診断業務ではあまり遭遇することがない当該疾患が、世界中で年間 500 万人も発症するなど、とんでもないことである。この誤りを目にしたことで、この業者は iv) 医学的な“incidence”の意味(後述)を知らないことも、v) 自分ではよく知らない部分にも手を加えるというスタンスであることも判明した。この部分は、“/”を“-”に変更しているだけなので、まさに“一字違いで大違い”であり、英文チェック原稿を慎重に検討しなければ見落としてしまう可能性がある。
筆者の場合、英文チェックによるものではないが、用語の誤使用に関して苦い経験3) があるため、このような記載には特に注意を払うよう心掛けているので、気付くことができたわけである。苦い経験とは、かつて悪性リンパ腫病型の出現割合に関するデータを持ち寄り、わが国全体でのリンパ腫病型発生割合の傾向を探るプロジェクトに参加した際のことである。その集計結果を報告する原稿のタイトルに、 “incidence”が用いられていることに、発刊されるまで気付かなかった。疾患の出現割合には、a) incidence(発病率または罹患率。一定期間内に新たに発症した患者数の、単位人口に対する割合)、b) prevalence あるいは morbidity(有病率、一時点における患者数の、単位人口に対する割合)、およびc) frequency(出現率、例えばある特徴を持つ病型の、集合全体に対する割合)の 3 つがあるが、この論文の場合は、データの性状から c) を用いるべきであったのは明白である。

話を元に戻す。改変された原稿に一つでも決定的な誤りがあれば、他の改変部分についても懐疑的になるのは当然である。そこで、上記 2 点の指摘とともに、改変されたうち自分で納得できる部分のみを採用した原稿を業者に送り、併せて、この原稿の英文チェック担当者の、医学英語との関わりについて質問した。これに対する業者からの回答を抜粋して以下に示す(丁寧語は改変・削除した)。

『校正士は、科学的バックを持つ native 校正士で、native からみて自然な表現の医学論文になるよう校正をいれている。今回一部表現を、校正前のオリジナルへ戻しているようだが、意図している文意と異なる校正になっていたためか? 校正責任者が、貴殿が修正した(もとに戻した)箇所を再度推敲したが、担当校正士の校正で問題ないと思われる部分があったので、確認したい次第』

この回答のなかの「科学的バックを持つ native 校正士」が具体的に何を指すのかは不明であり、いかにも非科学的な説明と言わざるを得ない。
驚いたのは、筆者が彼(彼ら)の手による改変の一部を受け入れなかったことに対する、不満ととれる文面であり、vi) 英文チェックに際しての原則(原稿の最終責任は著者にあるので、チェックして改変したうち、著者が納得する部分のみを採用する)を理解していないことも判明した。さらには、PubMed で検索する方法を教わったことに対する感謝も、重大な間違いを冒したことに対する謝罪もなかったので、vii) いささか社会常識に欠けると思わざるを得なかった。因みにこういう仕事をする人を校正士と呼ぶとのことであるが、一般財団法人 実務教育研究所4) による「日本の資格・検定」では、「校正士とは、書籍や雑誌といった印刷物の誤字脱字を正す校正の技能を認められた者に与えられる称号」とのことであり、広辞苑の「校正」1) に通ずる。これによれば、英文チェック担当者を校正士と呼称するのは誤りということになる。

2) ごく最近の採択原稿
先日、共同研究者が上記と同じ雑誌に投稿し採択された5) 後に、上記と同じ業者に英文チェックを受ける機会があった。戻ってきた改変原稿を検討したところ、疑問に思われる改変指示が2点あった。その一つは、9 箇所ある“While”が全部“Whereas”に改変されていた点である。一部ならわからなくもないが全部改変というのは、チェック担当者の好みによるとしか思えない。もう一つは、2 箇所ある“A as well as B”がいずれも“A and B”に改変されていた点でありある。文中での両表現の医学的なニュアンスの違いが、英文チェック担当者にはわからなかった(従って英文チェック担当者には医療関係者ではない)ものと考えられる。
しかしながら、5 年前の改変原稿と比較すると改変方式は改善されており、決定的な誤りも、専門用語に対する不適切な改変指示も見つからなかった。筆者の思い違いかも知れないが、5年前に業者に対して指摘した効果が出ている可能性もあるものと思われる。いずれにしても、この業者は英文改変方法の改善も視野に入れているようであり、今後益々精進して頂きたいものである。その際には、改変レベルを 2段階に分けるという方式も考慮されるとよいのではないだろうか。

3) 投稿前原稿
これまで述べてきたように、筆者は日ごろから英文に関心があるため、上記とは別の共同研究者が執筆中の原稿について、前出の英文学者に意見を求めてみた。戻ってきた改変原稿をみると、「理系の英文はよくわからないところがあるが」との前置きのもとに幾つか改変されていたが、いずれもなるほどと納得する改変であり、貴重な勉強の機会となった。
4.英文原稿において英文の質も重視する理由

英文原稿執筆に際して、「英文の質より内容が重要」との考えは恐らく正論と思われるが、これに関して筆者の滞米中の経験を述べる。上司に初めて原稿を提出したところ、真っ赤になって戻ってきた。筆者は中学時代の厳しい英語教師のおかげで、少しばかり英語に自信があったので、あまりに厳しすぎるのではないかとのクレームを上司に伝えた。しかし、上司の回答は「自分らでも、ランクの高い雑誌に投稿する際には、専門家に英文チェックを受ける。その結果かなりの改変を求められる場合もある」であり、何とも驚くばかりで、反論などできなかった。また、よほどのインパクトがある内容でない限り、英語表現のまずい英文論文の場合、内容の信憑性が低下するばかりでなく読んでいて頭痛がする、と言われた。したがって、内容の優れた論文であっても、英文の質が低いと、abstract以外は読まれない可能性がある。このことは、例えば不完全な日本語で書かれた論文を読むことを想定すれば、容易に理解できると思われる。
5.おわりに

執筆論文の最終責任が著者にあることは言うまでもないが、研究者は概して、投稿した原稿が採択された時点で“一件落着”と考える傾向がある。つまり、英文チェック制度を採用している雑誌の場合、投稿者が英文チェック原稿に示された改変を、厳密に再チェックすることは少ない可能性がある。今回紹介した業者の英文チェックに関する実力は、悪くはないと思われるが、医学的には問題なしとは言えない。また、実力は業者により差があってしかるべきである。したがって、学会として英文チェックを勧めるのであれば、チェック後の原稿を医学的に再チェックする担当者を、編集部に配置しておいてもよいのではないだろうか。
文献
1) 広辞苑、第5版.岩波書店、2005
2) 2016(当該業者の特定に繋がる可能性があるので、当該論文の概要は非公開とした)
3) Lymphoma Study Group of Japanese Pathologists. The World Health Organization classification of malignant lymphomas in Japan. Incidence of recently recognized entities. Pathol Int 2000、 50:696-702
4) http://www.jitsumu.or.jp/
5) 2021(2) と同様)

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