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Vol.109 医師助手ら中心のワクチン接種の合法化

医療ガバナンス学会 (2021年6月9日 06:00)


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この原稿は月刊集中6月末日発売号(7月号)に掲載予定です。

井上法律事務所所長 弁護士
井上清成

2021年6月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.特設会場での歯科医師による注射

集団接種のための特設会場で、新型コロナワクチンの大規模接種が始まった。そこでは、今まで先例のなかった歯科医師によるワクチン接種のための筋肉内注射が認められている。これは、2021年4月26日付けの厚労省医政局医事課・歯科保健課と健康局予防接種室による「新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種のための筋肉内注射の歯科医師による実施について」という事務連絡に基づく。

もともと歯科医師によるワクチン接種は、医師法や予防接種法に違反しているものと考えられていた。この事務連絡においても、「ワクチン接種のための筋肉内注射については、『歯科医行為』ではなく『医行為』に該当するものであり、医師等の資格を有さない歯科医師が反復継続する意思をもって行えば、基本的には、医師法第17条(筆者注・医師による医業独占)に違反する。」として、原則論は維持されている。

しかしながら、「必要な医師や看護師等が確保できないことを理由に特設会場におけるワクチン接種が実施できないような場合においては、」一定の条件の下で「ワクチン接種のための筋肉内注射を歯科医師が行うことは、公衆衛生上の観点からやむを得ないものとして、医師法第17条との関係では違法性が阻却され得るものと考えられる。」として肯定するに至った(もちろん、ここで「条件の下で」と言っても、研修をする、被接種者の同意を得る、予診や副反応の対応は特設会場内の医師が行う、などという容易な程度の条件に過ぎない)。

ただ、そもそも歯科医師は筋肉内注射に関する基本的な教育を受けていて、口腔外科や歯科麻酔の領域では筋肉内注射を行っているのであるから、誰しも特段の違和感は抱かないであろう。今回が初めてのこととはいえ、全く問題性は感じられないところである。
2.接種の担い手を医師助手らへ拡大

過去の厳格な規制の経緯からすれば、劇的な異次元緩和とでも評しうる状況であり、さらに一層、ワクチン接種の局面ではいわば物量作戦が展開されて行く。5月31日の厚労省検討会によると、今度は、担い手が臨床検査技師や救急救命士にも拡大されるらしい。接種の打ち手ではないが、薬剤師・診療放射線技師・臨床工学技士にも、特設会場での接種後の経過観察などを担当してもらい、その一翼を担ってもらうようである。

今回の新型コロナワクチンの大規模接種においては、医師・看護師(助産師・保健師も含む。)といった主力以外に、歯科医師・薬剤師が応援に加わり、さらには、フィジシャン・アシスタントの議論の際に候補に挙がった有資格者名が登場してきた。ご存知のとおり、フィジシャン・アシスタントは、アメリカにあって我が国にはない資格で、「医師助手」とか「医師補助職」とかに訳される。医師の監督下で手術や薬剤の処方などの医療行為を行う専門職ということらしい。直訳風でなく、我が国風でネーミングすれば、「医科助手」とか「医療補助者」とでもなろうか。

「医療ひっ迫」の上に「ワクチン接種」であるから、既存の医師・看護師だけではてんてこ舞いである。そこで、一時的・一過性の緊急補助ということであるならば、大勢の医師助手とか医療補助者らの応援も望ましいところであろう。

ただ、現状において、医師法第17条(医師の医業独占)との関係は前掲の事務連絡のようなもので合法であろうが、予防接種法との関係では正当化根拠が十二分とは言えないようにも感じられる。今後は、企業や大学における職域接種も一気に始まっていく。そこで、予防接種法上での合法化のため、その法的補強もしておいた方が望ましいと思う。
3.予防接種法における法的根拠

予防接種法は、2020年12月に改正され、附則第7条として「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種に関する特例」を定め、同法第6条第1項を準用して、無償での臨時接種をできるようにしたのであった。ただ、この臨時接種の担い手は、明文こそないものの当然、医師や看護師であることを大前提としていると思われる。

このまま医師助手らが担い手となったとするならば、予防接種の副反応の国家賠償請求訴訟が提起された際には、予防接種法上の法令に違反するとの法的非難が浴びせられるであろう。もちろん、その法的非難が裁判の判決にまで取り入れられるかどうかはともかく、少なくとも法治主義的観点からは十二分ではないことは否めないところである。次に一例を挙げよう。

現行法上、予防接種法第7条では、「市町村長又は都道府県知事は、・・・前条(筆者注・第6条の臨時接種のこと)第1項・・・の規定による予防接種を行うに当たっては、当該予防接種を受けようとする者について、厚生労働省令で定める方法により健康状態を調べ・・・、その者に対して当該予防接種を行ってはならない。」と定め、それを受けて、予防接種実施規則第4条では「法第7条に規定する厚生労働省令で定める方法は、問診、検温及び診察とする。」と定められた。この問診・検温・診察の担い手がまさに問題なのである。

また、同規則第5条の2第1項では「説明と同意の取得」についても定められていて、「予防接種を行うに当たっては、あらかじめ被接種者又はその保護者に対して、予防接種の有効性及び安全性並びに副反応について当該者の理解を得るよう、適切な説明を行い、文書により同意を得なければならない。」と規定されたが、ここにも同様の問題があろう。

さらに、厚生労働省令より上位の法規範たる政令である予防接種法施行令第4条では、「予防接種を行う医師」について定められ、「市町村長又は都道府県知事は、法・・第6条第1項・・の規定による予防接種を、当該市町村長又は都道府県知事の要請に応じて予防接種の実施に関し協力する旨を承諾した医師により行うときは、当該予防接種を行う医師について、その氏名及び予防接種を行う主たる場所を公告するものとする。ただし、専ら市町村長又は都道府県知事が自ら設ける場所において実施する医師については、この限りでない。」と規定された。明示的とまでは言えないが、やはり「医師」に限定されているようにも読めよう。
4.予防接種関連法令の最低限の補充による合法化

法規範の上下関係は、法律(予防接種法)・政令(予防接種法施行令)・厚生労働省令(予防接種法施行規則・予防接種実施規則)というラインナップである。医師助手ら中心のワクチン接種の合法性の補充は、せめて政令の予防接種法施行令には施しておくことが望ましいところであろう。

そうすると、前掲の施行令第4条に「医師」とあるところを、「医師、看護師、助産師、保健師、准看護師、歯科医師、臨床検査技師、救急救命士、薬剤師、診療放射線技師、又は臨床工学技士(以下「医師等」という。)」と置き換えるとよい。つまり、同条を、「市町村長又は都道府県知事は、法・・第6条第1項・・の規定による予防接種を、当該市町村長又は都道府県知事の要請に応じて予防接種の実施に関し協力する旨を承諾した医師、看護師、助産師、保健師、准看護師、歯科医師、臨床検査技師、救急救命士、薬剤師、診療放射線技師、又は臨床工学技士(以下「医師等」という。)により行うときは、当該予防接種を行う医師等について、その氏名及び予防接種を行う主たる場所を公告するものとする。ただし、専ら市町村長又は都道府県知事が自ら設ける場所において実施する医師等については、この限りでない。」と改めるのが適切だと思う。

もちろん、余裕のある時に、追って、法律(予防接種法)にも確認的に明示することがより妥当ではあるが、当面は政令のみを改めれば最低限は足りるところであろう。集団接種(大規模接種も。)、個別接種、そして、職域接種も含めて、合法性が補充された異次元的な物量作戦を展開し、多くの国民に速やかにワクチンが浸透していくことが望まれる。
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