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Vol. 241 ドクターヘリの先を飛ぶもの ~ 救命のために時間の壁に挑む

医療ガバナンス学会 (2010年7月17日 07:00)


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北海道大学大学院医学研究科
医療システム学分野
助教 中村利仁
2010年7月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

テレビドラマにもなり、最近ようやくその存在が周知されてきたのがドクターヘリです。しかし、その速度と距離の限界については、いくつかの工夫が必要です。その答えの一つは、ポスト・ストール機動と呼ばれる機体制御技術になるのかもしれません。

ドクターヘリは、医師を受傷?発症の現場に素早く送り届けることによって充分早期に初期治療を開始し、全身状態の安定化を図った上で、設備と人員の整った最適医療機関に運び、救命のための決定的治療に間に合わせようというシステムです。

外傷治療の分野では、受傷後1時間以内に決定的治療を行うべきというGolden Hourのドグマが支配的です。軍医として豊富な戦傷治療の経験を持っていたと言われるR.Adams Cowleyによって1970年代に提唱されました。ドイツでは受傷後15分以内に初期治療の開始されることがヘリコプター救急医療の原則となっており、個々のヘリコプター基地病院は半径50キロメートルを担当しています。

ヘリコプターはある程度の広さとしっかりした地面さえあれば、たいていどこにでも降りられるという、優れた機材です。しかしながら、理論的には時速400キロ、実際的にも時速250~300キロ程度が速度の限界とされています。その理由は大きなプロペラ(メインローター)が浮力(揚力)と速度の両方を担うところにあります。燃料の消費も多く、航続距離にも厳しい限界があります。その展開は医療施設の分布条件によって大きく制限されるという点があります。たとえば、北海道、東北や離島を抱える南日本では、ドクターヘリによってくまなく15分圏でカバーするためには、基地病院となるべき人員と設備の整った病院の分布があまりにも集約化しており、これが小さくない弱点となります。

一つの解決策が、通常の航空機(固定翼機)によるドクターヘリの補完です。

初期治療の開始までの時間を短縮することはできませんが、固定翼機を併用することにより、全身の安定化に成功した患者さんを、より遠くの設備と人員の整った医療機関に運ぶことができます。また、ヘリコプターでは航続距離の届かない遠方の離島等でも利用可能です。
これまで自衛隊によって沖縄の離島や北海道で主としてプロペラ機を用いた実際の運用が行われてきましたが、民間ジェット機を使った実用化の研究が始まったことが報じられています。

患者搬送、ジェット機の速さで…北海道で研究会(2010年5月17日15時20分  読売新聞) http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100516-OYT1T00921.htm

しかしながら、早期の初期治療開始をより広い範囲で行うためには、別の方法が必要となります。

一つの答えが高速での浮力を得るための固定翼と推進翼を備えた複合ヘリコプターですが、残念ながらあまり一般化しませんでした。
現在有望なアイディアの一つがティルトローターと呼ばれる機体で、一見、ちょっと不格好なプロペラ機のような格好をしています。これが離陸時には固定翼の両端のエンジンごとプロペラが上を向き、ほぼ垂直に飛び上がって、その後はプロペラが前を向いて普通の飛行機のように水平に飛んで行くという仕組みになっています。
軍用ではV22オスプレイが実用化されてアメリカ軍への引き渡しが始まっており、民生用ではベル・アグスタ社のBA609が開発中です。後者の目標巡航速度は時速500キロであり、現用の救急ヘリコプターのほぼ2倍の距離、4倍の面積をカバーすることができます。

また、シコルスキー社は二重反転式メインローターというものを装備したX2と呼ばれるヘリコプターを開発中であるそうで、やはり時速500キロ近い速度が目標とされています。

これらはいずれも、医師を現場に送り届け、かつ患者さんを機内に収容して医療機関まで搬送するというドクターヘリ本来の二つの機能が可能です。
特に決定的治療開始までの時間が極めてタイトである心肺停止の患者さんなどでは、やはり医療機関までの高速移動が不可欠であり、有用であることが期待できます。

ただし、これら機体は広範な守備範囲を担当することが可能な反面、高価であるために数が揃えられません。また重量が大きくなることが指摘されており、離発着には頑丈なヘリポートが必要で、現場のどこにでも降りられるというものではありません。

しかし、よく考えれば、医師が現場に到着して全身状態の安定化が図られる間、ドクターヘリは現場で待機しているだけです。もし医師だけを先に現場に送り届けることができれば、ドクターヘリはその時間を使ってより遠くまで往復することができます。

先のような厳しい容態の患者さんの場合にはあまり役には立ちませんが、それでも、現用のドクターヘリを補完するという意味では、一つの役割が期待できます。

四戸哲さんという航空エンジニアがいらっしゃいます。彼が提案するのは、小学校のグランドの真ん中に着陸できる固定翼航空機です。水平尾翼全体を急速に垂直近くに跳ね上げること等で機体の姿勢を変えて機首を上げ、主翼の抵抗によって急激に前進速度を失うと共に、推進力によって位置エネルギーを吸収し、言わば飛行機が後ろ向きに着陸するという仕組みになります。

アクロバット飛行にコブラ、あるいはブガチョフ・コブラと呼ばれる機動があります。急激な機首上げを行って空中に垂直に静止し、その後は機首を下げて再び前進するという高度な技術です。

四戸さんのアイディアは、後半の姿勢の回復を行わず、そのまま着陸まで持っていくという構想です。これはポスト・ストール機動とも呼ばれています。

ポスト・ストール機動はアクロバット的な飛行ですが、それを日常的に安全確実に行うためには、機体構造を専用のものに変更し、その実証実験を行う必要があります。実用化のためのポスト・ストール機動による着陸実験を行うのに必要な実機(この実験機の巡航速度は時速200キロ)を作成するための資金は、およそ5000万円だそうです。

実用化されたなら、操縦免許を持った医師や、おそらく現実には現在より高度な訓練を受けた救急救命士がこの固定翼航空機に乗って、事故・災害現場に先行することになります。多くの飛行場の近くにはそれなりの規模の病院があります。大規模な空港内であれば、消防署があって消防車だけでなく救急車も常時待機しています。飛行場まで遠い病院であっても、周辺に十分な空き地があればカタパルトによる射出も可能です。固定翼航空機とドクターヘリとの組み合わせによって、初期治療と決定的治療のどちらかあるいは両方を、より遠方まで展開できるようになることが期待できます。

面積が広くて人口が希薄で、ドクターヘリ基地病院の守備範囲が広くなりすぎる地域では、旅行者や地域住民の命を守るために有用な機材開発になるだろうと考えています。

 

【模型飛行機によるポストストール機動の動画】

動画1
http://www.ac-olympos.com/video/2010_08_06/ikgw-ha1.MOV

動画2
http://www.ac-olympos.com/video/2010_08_06/ikgw-ha2.MOV

動画3
http://www.ac-olympos.com/video/2010_08_06/ikgw-nm1.MOV

【コメント】
動画をご覧頂ければ、40°程度の深い降下角にもかかわらず、機体が増速していない事が見て取れる事と思います。
通常の飛行機では、降下角は10°を上回る事はありませんので、これでも大変に深いアプローチです。

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