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Vol.126 政府のワクチン開発・生産体制強化戦略への懸念

医療ガバナンス学会 (2021年7月5日 06:00)


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元厚生労働省職員
津田重城

2021年7月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

米国で緊急使用許可等がなされたワクチンの国内における小規模試験の科学性について疑問を呈する文章を記し、それを3月24日にMRICメールマガジンで取り上げて頂き、それなりの反響があったようである。このような科学的な「一般的な方針」が確立していない状況では、オープンな科学的議論が欠かせない。今回は、与党での検討を経て、政府が本年6月1日に閣議決定した重要な戦略である「ワクチン開発・生産体制強化戦略」1について検討してみた。

同戦略の概要2の冒頭に記されている「ワクチンを国内で開発・生産出来る力を持つことは、国民の健康保持への寄与はもとより、外交や安全保障の観点からも極めて重要」との指摘については、反対する声はまずないであろう。問題は、東京オリンピックが、2020年3月24日に1年延長が決定された時に、前首相が1年後の国産ワクチン開発に楽観的な見通しであったと報じられた3ように、日本のワクチン開発・実用化の実力の評価であろう。

同戦略の9項目に渡る「ワクチンの迅速な開発・供給を可能にする体制の構築のために必要な政策」は少し措いて、概要の最下方に記されている「喫緊の新型コロナウイルス感染症への対応」について検討してみたい。その最初の文章には、「第Ⅲ相試験の被験者確保の困難性等に対応するため、薬事承認はICMRA(薬事規制当局国際連携組織)の議論を踏まえ、コンセンサスを先取りし、検証試験を開始・速やかに完了できるよう強力に支援」とある。

最初の第Ⅲ相試験の被験者確保の困難性等については、多くの専門家等からも指摘され、一般的には筆者もそう考える。後発組では、2021年5月27日には、Sanofi-GSKが開発中のアジュバント添加の組換えタンパク質ワクチンについて、新たに35,000例超の第Ⅲ相試験を米国、アジア、アフリカ、南米において開始予定であり、Primary endpointは新型コロナに感染していない成人における発症防止であること、それ以外に今までにワクチン接種したワクチンの種類に関係なく、ブースター効果を見る臨床試験を行う予定と報じられている4。国産ワクチンでは、塩野義製薬の遺伝子組換えタンパクワクチンについては、「最終段階の大規模な治験についてアフリカや東南アジアでの実施に向けて調整中とし、国内でも1,000例規模の治験を検討している。
これを踏まえ、一定の条件を満たせば承認を受けられる国の条件付き早期承認制度が適用されれば年内の実用化が可能としているが、並行して最終段階の大規模な治験を世界の流行地域で実施する。」と報じられている。5また、KMバイオロジクスの不活化ワクチンについては、2021年秋に最終段階の治験を、「厚生労働省などと協議中だが、偽薬を使う通常の手法ではなく、既に承認されているワクチンとの比較試験になるのではないかとの見方を示した。」と報じられている。実用化時期は2023年度としつつ、条件が整えば、2022年度中に前倒ししたいと報じられている。6

ICMRAの動向については、そのwebsiteのCOVID-19のページ7からは、2週毎に戦略会合を開催し、最新では2021年6月10日に「世界の当局がCOVID-19禍中の政策のアプローチと規制上の柔軟性の整合に向けて」会合を開催したということが分かる。また、同6月11日付改定ということで「医療従事者向けの声明:COVID-19ワクチンは、その安全性と有効性に関してどう規制されているか。ICMRAとWHOの共同声明」が掲載され、その中の「有効性」の部分では、「・・・企業はそのワクチンがCOVID-19を予防することを示すために、well-designedな治験からのデータを当局に提出しなければならない。そのデータは、ワクチンの有効性が正確に測定できるように、臨床試験のワクチン投与群について十分な数の人々が含まれている(一般的に最低1万人、通常1万5千人以上)ことを示していた。」と今までの知見が示され、加えて、一定の年齢群や合併症群を含むべきとし、高齢者に対して影響が大きいので、治験はかなりの高齢者を含んでいたとしている。
当初国内では、大規模試験による感染症予防という有効性指標の確認の代用指標として、ワクチン接種後の「中和抗体価」が検討されているとされていたが、また、別途7月にもICMRAで一定の方向性が出そうとの声が報じられた8が、どちらにしても、ICMRAの発表を待つしかない。同時に、上に示したICMRAとWHOの共同声明が変わるかどうかも注目したい。

ここでいう検証試験が迅速に開始・完了し、年内にも早い国内メーカーがCOVID-19ワクチンの生産を開始できても、全体の接種計画上の国産ワクチンの位置づけが現時点では見えない。この辺りは新しい変異株の出現を含め、いろいろな情報があり、新しい知見も次々と発表されている。欧米等で議論されているように、感染力が強い、またはワクチンの効きが悪い変異株に備えて、3回目のブースター接種の可能性も考えられはするが、この点も現時点では予測できないし、また、国内でのワクチン接種の進捗も大いに関係する(首相は、6月9日の野党党首との党首討論で、「10月から11月にかけて希望する国民全てに終えることも実現したい」と表明している9)。ちなみに、7月1日には、英国で「ワクチンについて政府に助言する専門家が、高齢者やリスクの高い人を対象に9月にも3回目の接種が必要になる可能性を指摘した(英国では成人の85%が1回目を接種済みで、60%超が2回目の接種を終えている)。」と報道された。10

国産ワクチンの早期の実用化への期待が大きい一方、現在のコロナ禍については、輸入済み又は今後ほぼ確実に供給が見込まれるファイザー製とモデルナ製のワクチンで乗り切り、国産ワクチンについてはもう少しじっくりと検討して、次の新型感染症への流行に備えるべきとの意見もある。ただ、外交面では別の考え方もあろう。

これだけを考慮しても、DNAワクチンを開発しているアンジェスの創業者の大阪大学大学院の森下竜一教授が述べているように、11また、戦略中にも明記されているように、「研究開発の調整を超えた薬事規制や国際協調、安全保障の観点までを見据えた総合的な政策を立案する司令塔機能」が絶対に必要であろう。

戦略全体については、「長期継続的に取り組む国家戦略」を打ち立てたのは大いに評価できるが、今まで日本においてmRNAワクチン研究の経験がない訳ではないが、その厚みを考えると、今後の世界の研究の展開にどう遅れないようにしていくかは、大きな課題となろう。mRNA技術は既に、他の感染症だけでなく、様々な疾患への応用が研究され始めており、今後もその流れは強まると考えられる。AMEDのファンディング機能の強化も、現在考えられるベストの手法ではあろうが、現今の日本が賄えるレベルのファンディングで、世界の中で存在感を示せるかは大きなチャレンジとなるであろう。因みに6月29日には、COVID-19ワクチンで出遅れた仏サノフィが、毎年4億7,700万ドル(約525億円)をmRNA研究に投資し、2025年までに少なくとも6つの臨床試験用のワクチン候補を作成したい、そのため、mRMAワクチン専用の新研究センターを建設する計画で、約400名の科学者を雇用予定と報じられた。ファイザーやグラクソスミスクラインも、mRMAワクチンビジネスに照準を合わせているとされる。12前例のないような国際的競争が起きる可能性が十分ある。日本の戦略はどうなのだろうか。抜本的見直しがすぐに、必要にならないだろうか。

戦略中に謳われている「アジア地域の臨床研究・治験ネットワークの充実」が実現されれば、これは関係者にとって勇気づけられるものとなるが、当然ではあるが、英語を駆使できる人材が少なからず必要であり、特に臨床研究にとっては、非常に複雑で評判の悪い現行の日本の臨床研究法の抜本的整備が前提となるのではないか。

なお、戦略9項目中の7番目に「ワクチン開発・製造産業の育成・新興」とあり、「国際的枠組みを通じた世界的供給やODAの活用等検討」とある。この記載と、一部で報じられたアジアへの国産ワクチンの販売の展望との関係には不明な点が多いが、独のビオンテックがシンガポールに工場を建設する予定と報じられたこともあり(稼働は2023年の予定であるが)13、国産ワクチンの品質・有効性・安全性への信頼が、国内市場はもとより、外国への供給には欠かせない。その意味でも、既に使用されている又は開発が先行している先進国のワクチンに比べて、科学的根拠において見劣りすることは避ける必要がある。

最後に、多くの記事に見られた「日本人のワクチンに対する慎重さ、その根拠とされる1992年の東京高裁判決やその頃に発生したMMR(麻疹・おたふく風邪・風疹)ワクチンによる薬害」に触れたい。やはり、「」内の記述は通り一遍のものと言わざるを得ないと考える。筆者は日本におけるCOVID-19ワクチンの接種率は、最終的にはイスラエルや米国を上回るのではないかと見ている。欧米に根強く見られる組織的な反ワクチン運動は弱いし、特に重篤な副反応やその疑いが広く言われるワクチンを除いては、ワクチン全般の接種率は他先進諸国と比較して、それ程遜色はない、いやインフルエンザワクチン等を除いてむしろ高目なのではないか14。むしろ、行政が重篤な副反応やその疑いが言われるワクチンについて、関係者や国民に対して正面から向き合っていないのが原因と考えるが、この問題については別のところで述べたい。

[引用]
[引用]
1. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/senryaku/r030601vaccine_kaihatu.pdf
2. https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/suisin/suisin_dai34/gijisidai.html
3. https://digital.asahi.com/articles/ASN306X98N30UTQP01N.html?pn=4(Last access 2021.7.1)
4. https://www.sanofi.com/en/media-room/press-releases/2021/2021-05-27-07-30-00-2236989(Last access 2021.7.1)
5. https://news.yahoo.co.jp/articles/599e924869a8e0422e976f933d39f92d578dc9e1(Last access 2021.7.1)
6. https://news.yahoo.co.jp/articles/2ab23cd62ba5d3fa57f4a28d8f43a6a09dc66233(Last access 2021.7.1)
7. http://icmra.info/drupal/en/covid-19
(Last access 2021.7.1)
8. https://bio.nikkeibp.co.jp/atcl/news/p1/21/06/01/08234/?n_cid=nbpbto_mled_am
(Last access 2021.7.1)
9. https://www.yomiuri.co.jp/politics/20210609-OYT1T50203/(Last access 2021.7.1)
10.
https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-britain-booster-idJPL3N2OC4YJ
(Last access 2021.7.1)
11. https://news.yahoo.co.jp/articles/4e2cd49423c7030ada818c4603233b5e7580f57b?page=1(Last access 2021.7.1)
12. https://www.wsj.com/articles/sanofi-bets-on-mrna-vaccines-after-covid-19-pandemic-shows-worth-11624953601(Last access 2021.7.1)
13. https://www.straitstimes.com/business/vaccine-maker-biontech-to-set-up-regional-headquarters-manufacturing-site-in-singapore(Last access 2021.7.1)

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