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vol 10 「更年期症状における漢方薬の役割」

医療ガバナンス学会 (2006年5月20日 16:08)


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2006年5月20日発行
(特にホットフラッシュを中心に)
慶應義塾大学医学部漢方医学講座
石毛 敦

 

更年期人口が正にピークを迎えている感の強い近年、更年期をいかに快適に過ごすかが社会的にも重要な問題である。特に女性における更年期は卵巣機能の低下とともに様々な症状が見られる。ここでは、エストロジェンの減少とともに起こる比較的重症感の強い症状を呈するホットフラッシュと漢方薬の作用に的を絞り、話を進めていきたい。ホットフラッシュの発現機構は、比較的多くの説が唱
えられており、画一化されたものではない。言い換えれば、ホットフラッシュは複数の発生機序を持っており、症状的には似ていても個々の患者によって異なった症候として捉えなければならないものかも知れない。何れにしても、女性更年期の最大要因は急激な卵巣機能の衰えによる女性ホルモンの減少から始まることは疑う余地はない。

著者等は、その中で中枢性と末梢性モデルに大きく分類し漢方薬の検討を行なった。すなわち、視床下部の体温中枢におけるluteinizing hormone releasing hormone(LH-RH)と末梢血管の強い弛緩作用を示すcalcitonin gene-related hormone(CGRP)に注目し、前者を中枢性、後者を末梢性モデルとして使用した。LH-RHは卵巣摘出動物の脳室内に投与することで、CGRPは静脈内に投与する
ことでともに皮膚温の上昇が認められる。皮膚温の上昇という事実に関してはどちらも同様であるが、発現機構に差があり、ホットフラッシュの発現機序解明に重要である。

このような発現機構の異なるホットフラッシュモデルにて、個々の患者の証により処方が異なる漢方薬の効果を検討した。
更年期人口が正にピークを迎えている感の強い近年、更年期をいかに快適に過ごすかが社会的にも重要な問題である。特に女性における更年期は卵巣機能の低下とともに様々な症状が見られる。ここでは、エストロジェンの減少とともに起こる比較的重症感の強い症状を呈するホットフラッシュと漢方薬の作用に的を絞り、話を進めていきたい。ホットフラッシュの発現機構は、比較的多くの説が唱えられており、画一化されたものではない。言い換えれば、ホットフラッシュは複数の発生機序を持っており、症状的には似ていても個々の患者によって異なった症候として捉えなければならないものかも知れない。何れにしても、女性更年期の最大要因は急激な卵巣機能の衰えによる女性ホルモンの減少から始まることは疑う余地はない。

著者等は、その中で中枢性と末梢性モデルに大きく分類し漢方薬の検討を行なった。すなわち、視床下部の体温中枢におけるluteinizing hormone releasing hormone(LH-RH)と末梢血管の強い弛緩作用を示すcalcitonin gene-related hormone(CGRP)に注目し、前者を中枢性、後者を末梢性モデルとして使用した。LH-RHは卵巣摘出動物の脳室内に投与することで、CGRPは静脈内に投与する
ことでともに皮膚温の上昇が認められる。皮膚温の上昇という事実に関してはどちらも同様であるが、発現機構に差があり、ホットフラッシュの発現機序解明に重要である。

このような発現機構の異なるホットフラッシュモデルにて、個々の患者の証により処方が異なる漢方薬の効果を検討した。

 

●「更年期障害治療に広く用いられている漢方処方」
(当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸、桃核蒸気湯)

この領域では比較的多くの医師が漢方薬を使用している。当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸が特に有名で、桃核蒸気湯なども頻用されている。

当帰芍薬散は、利水剤の範疇に入る処方で筋肉が一体に軟弱で疲労しやすく、冷え、疲労、眩暈などを訴える虚弱な者に用いる。

加味逍遥散は、肝脾調和剤に分類され体質虚弱で疲れやすく、精神不安などの精神神経症状を呈する者に用いる。

桂枝茯苓丸と桃核蒸気湯は駆お血剤と称される漢方薬の代表的処方である。

お血とは、現代医学的には末梢循環・静脈系の循環障害と捉えられていることが多い。桂枝茯苓丸は、お血の証があり、体格はしっかりしていて赤ら顔の人に用いる機会が多い。桃核蒸気湯は、桂枝茯苓丸より一層体力が充実した人で、症状が激しく、のぼせや便秘のある人に用いることが多い。これらの漢方薬はどれも更年期障害治療に処方されている。更年期障害という病名は同一でも用いられ
る処方は、患者の体力や症状によって異なっている。漢方薬は患者の証に基づいて用いられるためである。更年期障害の発生機構が複数考えられるのであれば、個々の患者の複数の情報(症状等)を頼りに処方を決める漢方薬は合理的にも思える。

 

●「末梢性モデル(CGRPモデル)」における漢方薬の効果

CGRPはそれ自身で末梢血管拡張作用を持っており、ラットに静脈内投与しただけでも皮膚温の上昇が認められる。しかし、卵巣摘出動物ではそれ以上有意に皮膚温の上昇が見られた。この卵巣摘出により有意に上昇した皮膚温は、駆お血剤の桂枝茯苓丸と桃核蒸気湯により著明に改善された。しかし、当帰芍薬散や加味逍遥散には改善作用は認められなかった。何故駆お血剤でCGRPによるホッ
トフラッシュは改善されたのだろうか?

お血とは静脈血の滞りと解釈されており、駆お血剤はその滞りを改善するものと理解されている。それにも関わらず卵巣摘出動物でのCGRPによる皮膚温の上昇、言い換えれば血流の増加を桂枝茯苓丸等の駆お血剤が改善するのは、一見矛盾した結果とも考えられた。

その答えを求め我々はこのモデルでの発現機構をさらに詳細に解析することとした。

卵巣を摘出することで末梢血管にどのような変化が起こっているのだろうか?

卵巣摘出後の血管に対するCGRP,SPおよびVIPの血管弛緩反応に対する感受性(以後感受性と略)の変化を検討した。

卵巣摘出後の血管は、CGRPに対し著明な感受性の亢進を示したが、SPおよびVIPでは卵巣摘出後の血管への感受性に影響を及ぼさなかった。これは、卵巣機能が低下することにより血管のCGRP反応性は亢進するがSPやVIPでは同変化は見られず、全ての血管拡張作用を持つペプチド特有な変化ではないことを物語るものである。言い換えれば、卵巣機能が低下することで血管そのもののCGRPに対す
る反応性、性質が変わってしまうといえるのかもしれない。

次に、卵巣を摘出した動物あるいは、卵巣摘出動物に桂枝茯苓丸を投与し、その後それらの動物より血管を摘出して血管に対するCGRPの感受性を観察した。

卵巣摘出動物のCGRP血管感受性は著名な亢進が認められたものの、桂枝茯苓丸を投与した動物では、卵巣を摘出しているにもかかわらず血管のCGRP感受性はノーマルコントロールのそれと変わらなかった。血管のCGRP感受性は後天的に変動し、駆お血剤である桂枝茯苓丸はその変動を抑制することができることが判明した。

一般にアゴニストのレセプター感受性はそれ自身の濃度に規定されていることが多い。案の定、卵巣摘出動物の血管CGRPレセプターは著明な増加が認められたが、血中CGRP濃度は半分以下にまで減少していた。これらの事実が血管のCGRP感受性亢進理由と考えられた。また、血中CGRPはエストロジェン(E2)濃度に依存しており、エストロジェンの減少に伴ってCGRP濃度も減少することが判明した。

ここで、今までの結果を簡単にまとめ仮説を立ててみたい。血中のCGRP濃度は血中のエストロジェンに依存しており、エストロジェン濃度が低下すると血中のCGRP濃度もそれに従って低下する。CGRPは血管弛緩反応に関係する重要なペプチドであるため血管は基の反応性を維持しようとしてCGRPの感受性を上げる。このような状態が維持されていれば何ら問題は発生しない。しかし、ある日、突然何
らかの理由で血中のCGRP濃度が上昇したとしたらどうなるであろうか?

当然CGRPの感受性が高まっている血管に高濃度のCGRPが押し寄せてくれば過剰な反応を起こし、血管拡張・皮膚温の急激な上昇が起こることが予想される。閉経後の方のCGRPが一過性に突然上昇する理由は明らかではないが、血管のCGRP感受性が閉経に伴って上昇することがホットフラッシュ発現の一要因と考えるのは妥当なことと思われる。ホルモン補充療法は、エストロジェン濃度を上昇させるとともにCGRP濃度も上昇させ、最終的にCGRPレセプターの減少・血管のCGRP感受性の正常化へと導くことが考えられる。桂枝茯苓丸もエストロジェンと同様に血中CGRP濃度を上昇させ、最終的に血管のCGRP感受性を正常化へと導くようである。

ここまでは、エストロジェン(ホルモン補充療法)と桂枝茯苓丸に作用の差は認められない。しかし、ホルモン補充療法は血中エストロジェン濃度を上げることによる2次的効果としてCGRP濃度を増加させるが、桂枝茯苓丸は血中エストロジェン濃度を上げることなく直接CGRP濃度を増加させる。この点が両者の決定的な違いである。

本モデルでは、結果的に駆お血剤の桂枝茯苓丸と桃核蒸気湯が有効であった。そして、桂枝茯苓丸の作用機序の少なくとも一部は血管拡張作用を持つCGRPを増加させることである。この作用は、血液の滞りを改善させる桂枝茯苓丸の血流改善作用機序の一部を担う可能性もあり興味深い結果であった。少なくとも桂枝茯苓丸の作用として矛盾するものではなかった。

以上末梢性ホットフラッシュモデルでは、桂枝茯苓丸や桃核蒸気湯等の駆お血剤が改善作用を示した。一方、先生方の中には加味逍遥散をホットフラッシュの第一選択薬として用いられている方も多いと推察する。加味逍遥散は、体質虚弱で精神不安などの精神神経症状を目標に更年期障害の治療に汎用されているが、特にトランキライザー的に用いられることでも有名な処方である。卵巣摘出動物
の脳室内にLH-RHを直接投与することで皮膚温の上昇を認め、ホットフラッシュの一因と考えている報告がある。ホットフラッシュの発現機構に中枢神経系に発現部位を持つものもあると考えられる。中枢性にもホットフラッシュ発現機構が存在するのであれば漢方薬の特に加味逍遥散の効果が気になるところである。次にはこのモデルを用い漢方薬の更なる検討を続けた。
●「中枢モデル(LH-RHモデル)」における漢方薬の効果

LH-RHは卵巣非摘出動物の脳室内に投与しても、あるいは卵巣摘出動物の静脈内に投与しても皮膚温の上昇は認められない。しかし、卵巣摘出動物の脳室内に直接LH-RHを投与することで皮膚温の著明な上昇が見られた。そこで、本モデルにおいて加味逍遥散と桂枝茯苓丸の効果を検討した。その結果、CGRPによる末梢モデルでは皮膚温上昇を抑制した桂枝茯苓丸には、本モデルにおける抑制作用は認められなかった。それに反し、加味逍遥散は、ほぼノーマルコントロールのそれまで皮膚温上昇を抑制した。ホットフラッシュは結果的には末梢血管の拡張に由来する血流増加が原因と思われるが、発症原因が異なることで有効な漢方薬が異なることが判明した。また、中枢性に発生したホットフラッシュの血管拡張因子はCGRPではないことも同時に想起させる結果であった。発症原因の違いにより末梢血管に対する作用物質が異なることは大変興味深いことであるが、詳細については今後の研究に委ねることとする。
●「考察」

ホットフラッシュの発現機構に関しては、視床下部の体温中枢におけるLH-RHを原因とする説や、強力な末梢血管拡張作用を持つCGRPを原因とする説に注目が集まっている。

今回の結果からは、皮膚温上昇という同様な症状を示すモデルではあっても発現機構が異なることにより効果を示す漢方薬が異なることが明らかとなった。漢方では、これらのことを同病異治と呼び、反対に違う病名にもかかわらず同一の漢方薬を用いる場合がある。これを異病同治と呼んでいる。このように漢方薬は個々の患者の体質等を考慮して処方することが重要である。

桂枝茯苓丸は駆お血剤といわれ血の滞りを治す漢方薬である。その漢方薬が血管拡張作用の強いCGRPを増加させる作用があることが分かった。また、加味逍遥散はストレスが関係するような不定愁訴の治療に汎用される。ここでも、加味逍遥散は中枢性に原因を持つホットフラッシュに有効であった。漢方的な証と最近の実験データとは、ある程度一致するようである。このような実験データを示すと西洋医学的に用いてみようとお考えになる方もおられるかと思う。

しかし、できれば漢方薬の効果は、場面によって異なるのでどのように使ったらよいのか(漢方薬の使い方)?というように興味を少し変えていただけると我々の考えている思惑に近くなる。このようなデータを残しながら昔から脈々として伝えられてきた古きよきものも次世代に残す義務が我々にはあるものと考えているからである。古くて新しい漢方薬とは最近の事例から考えると言い得て妙である。

例えば大建中湯がその最たるものであろう。外科の医師であれば知らぬ者がいないというほどに有名になった漢方薬であるが、大建中湯ができた当時にはイレウスなど知る由もなく、作者はさぞかし驚いている事であろう。このような漢方薬がまだまだ発掘を待っているのである。

30年前に一度漢方ブームといわれた時代があった。その当時は西洋薬の副作用が大きな問題となった時であり、漢方薬には副作用は無いだろうという発想からであったように記憶している。しかし、今は、「漢方薬でなければならない疾患はどこにあるのだろうか?」という目で漢方薬が見直されてきている。漢方薬を育て後世に残していく義務を少しでも果たしていきたいものである。

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