医療ガバナンス学会 (2021年8月2日 06:00)
ビジナ代表・看護師
坂本諒
2021年8月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
ある日の夕方、ケアマネージャーから電話があった。「コロナ濃厚接触者で、明日からの介入は可能か。息子がコロナ陽性で入院し、介護者が不在となり急いでいる。」という依頼であった。
認知症のある80代女性の独居高齢者。毎日介護に来ていた息子がコロナを発症し入院となり、介護を受けていた本人はコロナ濃厚接触者となった。
訪問診療の医師が、直ぐに彼女のPCR検査を実施した。結果は陰性であったが、濃厚接触者であることに変わりはなく、普段利用していた訪問介護やデイサービスは全面停止となった。
家族介護を前提とした介護保険利用の場合、介護者がコロナに感染して病院等に隔離されると、要介護者を介護する人が居なくなる。
加えて、介護を専門とする通所施設や訪問介護の職員は、医療的な感染症対策のトレーニングを受けていないため、濃厚接触者である要介護者をケアすることが難しい。
実際に、介護士やケアマネージャーからは、利用者が発熱すると「受診や検査をどの様にしたら良いか」、あるいは、関係者に陽性者が出ると「サービスをどの様に継続したら良いか」、アドバイスを求められることが多い。
コロナのPCR検査の感度は70~80%であり、コロナ濃厚接触者は、たとえPCR検査の結果が陰性でも、後に体内のウイルス量が増えて陽性となる可能性がある。特に感染力の高いデルタ株では、ワクチン接種済みでも感染する可能性が高い。
故に、コロナ濃厚接触者は、コロナ感染者に準じて対応する必要があり、ガウンテクニック等の感染症対策についてトレーニングを受けていなければならない。
感染症対策について知識やスキルがなければ、受け入れを躊躇するのは当然であり、介護施設や訪問介護事業所の経営を考えても、介護スタッフを通して他の利用者に感染させることは避けたいだろう。
実際に、デイサービス等の通所介護施設の関係者は、「スタッフや他のお客様が感染を嫌がる。」と言い、訪問介護事業所の関係者は、「スタッフが感染のリスクに晒されることは控えたく、スタッフを介してご利用者様に感染させたくない。」と言う。
もし、介護施設や訪問介護の事業所でコロナが発生してしまったら、事業停止による収益の減少に加え、風評被害によって利用者が減る可能性もある。コロナ濃厚接触者のサービス撤退は、経営判断としては妥当だ。
【コロナ濃厚接触者となった要介護者の生活と、依頼の経緯】
彼女は、夫と一緒に飲食店を経営してきたが、健康不安のために5年前に閉店。夫は3年前に他界し、それからは独居生活であった。
彼女は、認知機能の低下により、自分の状況を認識することが難しいため、「生活は全て自分で出来ている」という思いが強く、兼ねてより息子以外の介助には拒否を示す傾向があったが、介護職者が徐々に関係を築き、彼らが提供するサービスを受けいれていた。
普段は、月曜日から土曜日までの週6回、デイサービスを利用し、運動や余暇活動、入浴介助を含む清潔ケアを受けていた。さらに、週1回、訪問介護を利用し、自宅での清潔ケアを含む身辺介助を受け、息子が1日1回は訪問していた。
食事は、配食弁当を取っており、家に届けられれば食卓で食べられる。しかし時折、短期記憶障害により食べることを忘れてしまうため、毎朝息子が訪問して朝食をセットし、昼食と夕食は息子の妻が電話で摂取済みか確認していた。排泄は自ら出来ることが多いが、失敗もあるためオムツの確認や交換の促しは必要であった。
基本的には、毎朝息子が訪問し、朝食の促し、服薬介助、排泄ケア、洗濯や掃除、買物などを行っていたが、コロナ発症により入院したため、対応できなくなった。息子の妻もコロナの感染を恐れ、本人の家に出入りすることが難しかった。
ケアマネージャーは、息子が入院している間に、彼女が泊まれるショートステイ先を探したが、「濃厚接触者の対応は難しい。クラスターは避けたい。」と断られ続けた。
そこで、コロナ濃厚接触者の対応が可能な訪問看護ステーションを探したところ、保健所から私たちのステーションを紹介された。訪問看護の役割は、ショートステイ先が見つかるまでの繋ぎとして、あるいは、見つからない場合の継続フォローであった。
私たちの訪問看護ステーションが積極的に対応出来た理由は、コロナ対応専門の事務所とスタッフを構えたこと、加えて、看護師として、ガウンや防護服、マスクやフェイスシールド等を使用する感染症対策のスキルがあったことが挙げられるだろう。
【今回の訪問看護の実際】
息子がコロナを発症して入院した翌日のお昼頃、初回の訪問看護に入った。事前情報として、本人は認知症があり、介入拒否の可能性もあると聞き、認知機能の程度が分からなかったため防護服で入室した。
彼女の家に入り、「息子様が入院されて来れないので、息子様に頼まれて代わりに来た看護師です。」と挨拶すると、特に介入拒否はなかった。
彼女は息子を心配し、「容態は大丈夫かしら。」と泣き出してしまったため、落ち着いてから、体調チェック、配食弁当のセッティングと食事の見守り、内服介助、排泄ケアを行った。
その日の夕方、ショートステイに入れることとなり、2回目の訪問で、ショートステイに行く準備を本人と一緒に行い、息子の妻が同乗するタクシーまで見送りをした。
【介護者不在を解決する手段として、介護と看護が連携する必要がある】
今回、主介護者である息子がコロナを発症し、コロナ濃厚接触者である要介護者を介護する家族が居なくなり、併せて、公的なサービスもコロナ濃厚接触者の対応が難しく撤退となった。
介護サービスが撤退した代わりに、感染症対策をした上での訪問看護のサービスが導入され、本人がショートステイに行くまでの間、大きな変わりなく生活を継続できた。
コロナ濃厚接触者となった要介護者が、公的私的共にサポートのない状況となった場面において、訪問看護の需要がありそうだ。
2019年の独居高齢者数は、2020年の推計値で、男性約243.5万人、女性約459万人に上り、認知症の推定有病率20%を踏まえると、認知症のある独居高齢者数も相当数存在する。★1
現在のコロナ感染者数の増加を考えると、認知症のある方を含む、介護が必要な独居高齢者に対する介護者の不在は、今後も頻繁に起こり得るだろう。
現在、コロナに関連する介護難民をサポートする体制は整っておらず、普段のケアを担当する介護と、有事の際に感染症対策をした上で介入できる看護が連携することは有用である。
この事例の様に、コロナ禍における危機対応において、ケアマネージャーを中心とした通常のオペレーションラインが機能していたことは、社会的に意義がある。
コロナ渦において、介護が必要な独居高齢者への見守り機能を維持するために、訪問看護の活用は有用そうだ。今後のコロナ対策で議論すべきだ。
★1 認知症施策の総合的な推進について
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000519620.pdf