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Vol.148 医師は近隣の医師をおとしめるため警察届出や厚生局指導を乱用してはならない

医療ガバナンス学会 (2021年8月5日 06:00)


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この原稿は月刊集中8月末日発売号(9月号)に掲載予定です。

井上法律事務所 所長 弁護士
井上清成

2021年8月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.医師が近隣の医師をおとしめるため
デルタ株がまん延する中、医療界はコロナに負けずに奮闘を続けていて、一般国民の評価も今もって非常に高い。ただ、さすがに医療提供体制も厳しさを増していて、医療者皆の内なるストレスも高くなって来ていると思う。このようなストレスのせいでの突発事態なのかどうか、医師が医師を貶めようとしているかのような事例が散見されている。特に、日頃から何かと目に付く近隣の医師の間で、そのような事例が生じているようにも思う。
ただ、それだけならば、どこの国・地域・地方・業種にも大なり小なり存在していることである。ある意味、普遍的なことなので、特段、取り立てて言うほどのことではない。しかしながら、それが、ある医師が他の医師の資格(医師免許、保険医登録)の根幹を脅かしかねない警察や地方厚生局という国家権力を、乱用して動員する結果をもたらしてしまうものである場合には、見過ごすことはできない。
つまり、医師は近隣の医師を貶めるために、医師法第21条所定の異状死体の警察届出や、地方厚生局の個別指導を、乱用してはならないのである。

2.搬送先の医師が死因不詳として警察届出
行き倒れの者が病院に救急搬送されてきて間もなく死亡した場合に、死因不詳でもあるので、医師法第21条所定の異状死体として警察届出をするのは、実際上よくあることであろう。しかしながら、近隣のクリニックで診療を受けていた患者が、そのクリニックの判断によって救急搬送されて来て、搬送先の病院で間もなく死亡した場合は、状況が全く異なる。
日頃から何かと目に付いて気に食わない近隣のクリニックの医師の患者だからといって、その医師を貶めるために、搬送先病院の医師がことさらに敢えて、「死因不詳」として警察届出をしようとしたり、ご遺族に対して警察届出と司法解剖を勧めて説得しようとしたら、それこそ大変な問題だと言わざるを得ない。

3.死亡診断書は搬送元の医師が作成
搬送先の医師によっては、搬送されて来たばかりの患者死亡なので、死因がわからないとして警察に届け出て、いわば警察に預けてしまおうとすることもあるようである。ただ、そのほとんどの場合は、死亡確認の事実とその日時のみを搬送元の医師に知らせることによって、直ちに問題が解決してしまう。
令和3年度版「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル」(厚生労働省医政局・政策統括官〔統計・情報政策担当〕)の6~7頁に、このような状況についての説明がある。「最終の診察後24時間以内に患者が死亡した場合においては、これまで当該患者の診療を行ってきた医師は、死亡後に改めて診察を行うことなく『生前に診療していた傷病に関連する死亡であること』が判定できる場合には、医師法第20条ただし書きの規定により、死亡後に改めて診察を行うことなく、死亡診断書を交付できます」とあり、そして、「医師が、死亡後に改めて診察を行うことなく『生前に診療していた傷病に関連する死亡であることが判断できる場合』としては、たとえば当該患者の死亡に立ち会っていた別の医師から死亡状況の詳細を聴取することができる」場合が、それにほかならない。
つまり、死亡診断書は、搬送先の医師ではなく、搬送元の医師が作成するのが、法的に正当なのである。
にもかかわらず、搬送先の医師が搬送元の近隣の医師を貶めるために、みだりに警察に届け出をしたり、みだりに患者の遺族に警察届出と司法解剖を説得しようとしたとすると、その内容によっては、搬送先の医師は名誉毀損罪や偽計業務妨害罪の責任を負わねばならないかも知れない。慎重さが必要である。

4.厚生局指導は情報提供が中心に
コロナ禍のせいで、地方厚生局の実施する個別指導は、高点数によるものではなくなった。コロナ禍での今後しばらくは、高点数による個別指導よりも、情報提供による個別指導や新規個別指導が優先されていくことであろう(なお、付言すれば、適時調査については、実地での調査は原則中止となった)。
もともと、日頃から何かと目に付いて気に食わない近隣のクリニックを貶めるために、地域のボスやライバルが近隣のクリニックを地方厚生局の個別指導にさらすようにしていたことは散見されていた。昨今は、厚労省の本省の医療指導監査室が統率を強めて、徐々にそのような乱用事例は減ってきていたように思う。
しかしながら、ここのところ再び、乱用事例が目立つようになって来た。厚労省が各種の「情報提供」を重視するようになったことからして、今後もより一層、乱用事例が増えていくようにも予想されるところである。

5.指導医がCOI違反で個別指導
「情報提供」によって地方厚生局に個別指導の選定をさせて、近隣の医師を貶めようとするのは、ある意味、古典的な手法であった。ところが、昨今はもっと凄みのある直截的な手法も散見されるらしい。
もっと端的に、貶めようとする近隣の医師に対する個別指導に関して、まさにその近隣の医師を貶めようとしている地域のボス医師が保険指導医となって参加して、その近隣の医師に対して剛腕な指導を施すという手法である。もちろん、それはいわゆるCOI(利益相反)ルール違反であるから、地方厚生局も知っていたならばその指導担当には配置しない。地方厚生局には知られないようにCOIの履歴を偽って(もしくは黙って)、保険指導医として担当しようとするものであろう。
保険指導医がいわばCOI違反で個別指導を乱用して行い、近隣の医師を貶めるなどということは、あってはならないことなのは言うまでもない。しかし、秘かにそのような潜脱が行われているらしい様子でもある。

6.警察届出や厚生局指導の乱用の禁止
医師法第21条による警察届出は、それが業務上過失致死傷罪(刑法第211条)による犯罪捜査を誘発し、自白の強要その他の捜査手法によって、当該医師を有罪として犯罪者に仕立て上げ、医師免許の取消や医業停止の行政処分につながりかねない。絶対に避けるべきことである。当然、そのような届出をした医師は、名誉毀損罪(刑法第230条)や偽計業務妨害罪(刑法第233条)になりかねないところであろう。
また、地方厚生局への虚偽の申告(情報提供)は、虚偽告訴罪(昔のいわゆる誣告罪〔ぶこくざい〕・刑法第172条)や偽計業務妨害罪(刑法第233条)になりかねない。さらに、COI違反での個別指導は、公務員職権濫用罪(刑法第193条)などの重大犯罪にもつながりかねない危険な所業である。
以上の次第であるから、警察届出や厚生局指導を乱用して、近隣の気に食わない医師への意趣晴らしを試みるなどという行為は、決して行ってはならない。

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