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Vol.173 ワクチン接種もされないまま~オリパラ開催中、2度のクラスターが発生した障害者支援施設の苦難

医療ガバナンス学会 (2021年9月8日 06:00)


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介護福祉士・ライター
白崎朝子

2021年9月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

オリンピックが開幕してすぐ、クラスターが発生した障害者支援施設 (以下、施設A)がある 。死者も出て、その悲しみも癒えぬうち、パラリンピック開幕直後、2回目のクラスターに襲われた。毎週PCR検査を定期実施していたにも関わらず・・・。いまこの瞬間もクラスターとたたかう施設Aの管理者から話を聴いた。

■優先接種されない?!“国内”の障害者

「ええっ?!入所者さんたちの、1回目のワクチン接種が、8月24日?その日は、パラリンピック開幕日じゃないですか!」
7月末、クラスターの渦中にあった施設Aの管理者・澤井さん(仮名)から、ワクチン接種の状況を聴き、驚愕した。高齢の障害者すらワクチン接種がされていなかった。 澤井さんは、昨年春から、クラスター対応マニュアルを作成し、感染防護物資も備蓄。3月半ばからは、唾液によるPCR検査を職員全員に毎週実施していた。7月中旬までは、ずっと全員陰性だった。だがオリンピック開幕直前に職員の1人が陽性となり、開幕後に瞬く間に入所者に感染拡大。1回目のクラスターでは入所者17人が感染し死者も出た。
実態報告を聴くたび、苛酷さに何度も絶句した。折しもオリンピックの渦中。金メダル速報が携帯電話にガンガン入り、テレビもオリンピック中継で埋め尽くされていた。一方、障害者施設のクラスターは、匿名報道すらない。「金メダル獲得!!!」と連呼するアナウンサーの笑顔、応援者の嬌声や歓声。地獄だった。

■積極的治療はなされず…

私は昨年4月からクラスターに苦しむ江東区の北砂ホーム、沖縄、大阪、広島、横浜、札幌のクラスター現場に、市民運動の仲間の力を借り医療用マスクや手袋等の応援物資や応援のメッセージを送り、現場の声を記事にしてきた。 しかし施設Aのクラスターは、ワクチンの優先接種の問題性、危惧されていたオリパラによる感染拡大の問題が重層的に絡み、クラスターの原因や問題が今までのものと、明らかに違った。
幸い施設Aには同じ敷地内に使用していない建物があり、感染者はそちらに隔離するというマニュアルがあったため、すぐに隔離はできた。だが介護には適さない場で、猛暑、防護服や医療用マスクを装着し、汗だくで介護している現場の職員の過酷さは筆舌に尽くしがたかった。また二次感染、職員が同居する幼児などへの感染拡大への怖れ……。それらも支援する職員たちの心身の疲弊をより強めた。
感染者のうち入院できたのは約半数。「積極的な治療を望むならば搬送先はないです。待っている人がたくさんいますから、5分で判断してください」と救急隊員に言われての搬送だった。そう言われた入所者は知的障害に加えて認知症もあった70代。熱痙攣があり、酸素飽和濃度は88だった。          私は、改めて「医療崩壊」と言われている実態に戦慄した。
搬送された入所者のほとんどは積極的治療が受けられない病院に搬送された。積極的治療が受けられないことに施設長や家族が“同意”しなければ、入院もできない。「それでも施設にいるよりは、100倍もいい」と語る職員もいた。自治体(都道府県)の障害福祉課の担当者が、施設Aのある地方自治体の関係機関に強く働きかけ、待機を余儀なくされていた入所者も徐々に入院できたという。

■祈ることしかできない日々

週末が山場という連絡が入院先から複数きて、家族も職員も覚悟した7月末。週明けには峠を越したと聴き、心から安堵した。
「まだまだ大変と思うけど、亡くなる人がいないのが、せめてもの救いですね」と澤井さんと話した。 だが、その翌日から3日間で、立て続けに3人の訃報を聴いた。ふたりの訃報を聴いた夜、私は親しい友人に話を聴いて貰っても、眠れなかった。オリンピック選手はワクチンの優先接種だけでなく、毎日2回もPCR検査を受けていた。
「障害者はワクチンの優先接種がされない。支援者の私もパラリンピックが終わったあとにしかワクチンの抗体ができない」「医療現場で働いているのに、昨年から1回もPCR検査を受けられていない」との声を首都圏の友人や知人から、多数聴いていた 毎週PCR検査を実施していた施設Aすら、クラスターを防げなかった。やはり熱心に検査をしていた高齢者デイサービスにクラスターが発生したと聴いた矢先、施設Aにも発生。職員の心中を思うと、亡くなった入所者の冥福を祈るしかなかった。

■自治体が生み出すワクチン難民と格差

「障害者も高齢者と同時に優先接種されるべきです!」と憤る支援者の声を複数聴いていた。施設Aの入所者のうち高齢の入所者は約4分の1。同じ自治体の高齢者の入所施設は、入所者も職員もオリンピック前にワクチン接種が済んでいた。だが施設Aはすぐ近くの高齢者施設より2ヶ月以上あとでしか、第1回目のワクチン接種がなされず、クラスターで亡くなったのは全員、高齢の障害者だった。
障害者に優先接種する自治体もあるが、国としては重い精神疾患のある人など、一部を基礎疾患に含めているだけで、自治体によっての格差があまりにも激しい。例えば、神奈川県のB市の障害者支援施設では、入所者、職員(実習生も含む)の接種が早かったという。だが同県のC市では、入所者も支援者もいまだ2回目の接種ができてない精神障害者のグループホームもある。首都圏だけでも市区町村での格差があまりにも激しいことがわかってきた。国は高齢者を優先接種の対象にはしているが、障害ある高齢者を接種会場に連れていくのは難しい。
「たしかに制度的には対象になってはいます。ただし連日のように高齢・基礎疾患のある入所者の定期・急変時の通院があるため、対象者全員を接種会場に連れて行く日時の確保が難しい。優先接種されるべき基礎疾患のある高齢障害者に接種するには、感染リスクなく接種会場に行き、接種ができるような安全性と人員の確保等をするか、接種会場に行かずとも施設内で早期に接種が行われる手立てをするか、どちらかではないでしょうか」と澤井さんは言う。

■クーポン券を貰えても……

優先接種のクーポン券を貰えても、すぐにワクチンが打てるわけではない。集団生活をしている高齢の障害者が接種会場に行くことには、その人が住む施設がクラスターに発展するリスクもある。また自閉症の人などは違う環境でパニックになる可能性があり、数人の職員が対応しないとならない。だが慢性的な人手不足のなか、そのような人員配置はできない。それら複合的な理由で、高齢の入所者20数人の優先接種すら困難を極めた。
澤井さんは、今年の4月から何度も障害福祉課に問い合わせたが、「まだ協議中」と言われ続け、やっと連絡がきたのが6月末。そのとき初めて、「嘱託医と調整して連絡ください」と言われた。
「月に2回しかこない嘱託医の問診や、ご家族の同意書もとらなければならず、連休や盆休みもあり、嘱託医との調整が難航しました。それらの事前準備をすっ飛ばしたとしても、1回目すら7月末にしかできなかったと思います。基礎疾患がある高齢の入所者には、慎重な問診が必要でしたから。そして、あくまで施設での接種時期は、高齢の入所者がいようがいまいが同じで、むしろ『高齢の人以外の障害者も打っていいよ』という対応でした。自治体の対応があまりにも遅かったのです」と澤井さんは憤る。
「国内の障害者、それも高齢の障害者にすらワクチンの優先を接種しないのに、なにがパラリンピックだ!」と、私はその欺瞞性に怒りが爆発した。オリンピック前に入所者も職員もワクチン接種が済んでいても、ブレイクスルー感染で、8月後半にクラスターになった高齢者施設もあった。

■パラリンピック観戦を強行した自治体

クラスターに苦しむ障害ある人々、いまこの瞬間も、そのいのちを必死につなぐ支援者たち・・・。だが、そのいのちがけの現場を踏みにじるかのように、パラリンピックへの学校連携観戦が強行された。私は観戦中止の抗議活動に奔走した。三多摩地区では私の知る支援者たちが障害者運動を担う当事者や家族とともに、抗議活動を頑張っていた。
抗議活動の最中、千葉県柏市で妊婦の救急搬送が間に合わずに赤ちゃんが亡くなった事件があった。だが熊谷県知事は、小児科医たちの反対を押し切り観戦を強行。しかし引率した教員が感染していたことが後に判明し、8月30日午後、熊谷県知事は観戦を中止した。
パラリンピック観戦を強行した自治体は、新宿区、渋谷区、杉並区、八王子市等。杉並区では、保健所が機能せず、職場で療養を余儀なくされていた男性が死亡。「杉並区民であることが恥ずかしい」と抗議のチラシを受け取った高齢女性もいたという。感染リスクを考慮しないリーダーのいる自治体での感染は拡大し、影響は全国に波及していくだろう。

■休む間もなく第2のクラスター発生

「保健所も逼迫していて実態調査にこられなかったのは仕方ない。保健所が斡旋してくれたDMAT(災害派遣医療チーム)が、科学的、客観的で一番ありがたかった。もう少し早く、斡旋してくれていたら・・・」と、澤井さんは言う。 DMATの福田医師(仮名)は酸素濃縮器を導入し、「施設内で看取る可能性もある。入所者の家族へ連絡をするように・・・」と助言。幸い施設内で亡くなる入所者はでず、パラリンピック開幕前に、クラスターは終息に向かった。
だがパラリンピック開幕後、8月26日から31日にかけ新たに12人の陽性者が判明。第2のクラスターだった。ただ24日にワクチン接種をした効果なのか、無症状か軽症ですんでいる。 休む間もなく、次のクラスターに突入したが、「一番キツかったとき、福田医師から、『ここは初動対応も良かったし、クオリティが高い』と言われ、モチベーションがあがって頑張れました!」と澤井さん。現在、第2のクラスターに冷静に対応している。
「職員のメンタルケアが課題。でも、入所者の訃報を知らせた福田医師からもらったメールに慰められました」と語る澤井さん。 「職員のみなさんが頑張って、入所者さんたちの尊厳を守り、見送ることができたと思います」といったメッセージだった。災害現場でたたかう医師からの、現場への共感に溢れた言葉は、支援者への最高の労いだった。

■やまゆり園事件の日――黙祷すらできなかった夏

人のいのちに寄り添う現場では、第2、第3と果てしなくクラスターは続くのだろう。秋には医療職や高齢者のワクチン接種の効果も薄れていく。5月中旬、世田谷区にある実母の入所施設でもクラスターが起き、さまざまな問題を痛感したが、施設Aのクラスターには、この国の暴力的な本質が凝縮していた。それは私にとって耐えがたい“暴力”だった。
そして、7月26日は相模原障害者殺傷事件から5年目だったが、感染者対応に追われた施設Aでは、「被害者に黙祷すらできなかった」という。オリンピックの陰で、やまゆり園事件の振り返りの報道も、ほとんどなされなかった。昨春、植松聖被告の死刑が確定した。だが、そのいのちでもって、罪を償えと命じた“国家権力”側は、誰も責任を取ろうとはしない。大量の死者が出ているのに・・・。

かけがえのない同志たちから障害ある人たちの訃報を聴き、悲しみに打ちひしがれていた。だが、その苛酷な実態を国会議員や各地の自治体議員に伝えている。その甲斐あって厚労省や自治体に働きかけてくれる議員もでてきた。
仲間たちの声を政策に反映させ、無策な政治に、楔を打ちたい。それが、クラスターで亡くなった人たちへの、私の弔い合戦である。
【参考文献】
コロナ・パンデミックのただなかで… (朝日・論座)
https://webronza.asahi.com/national/articles/2021062800008.html

オリパラ開催に間に合わない!介護職に対するワクチン接種の問題点
 https://webronza.asahi.com/national/articles/2021071900002.html

パラリンピックの陰で……ワクチン接種もままならぬ障害者たち
https://webronza.asahi.com/national/articles/2021090300004.html

〈反延命〉主義の時代:安楽死・透析中止・トリアージ
小松美彦/市野川容孝/堀江宗正編著(現代書館)

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