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Vol. 246 第2の官制パニック、口蹄疫-(3)

医療ガバナンス学会 (2010年7月26日 07:00)


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-殺処分が有効だという科学的根拠は存在しない-

厚生労働省 医系技官 木村盛世
2010年7月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


今回は、FMD対策の中心をなす殺処分について書いてみたい。FMDの発生が小規模でごく初期における殺処分は、バイオテロの可能性を考えれば、危機管理上意味があることだと思われる。1997年香港でトリH5N1インフルエンザ発生において、WHO事務局長のMargaret Chan氏が遅れることなくトリを処分したことは高く評価されているところである。 それでは、ある程度感染が拡大してからの多数殺処分は有効なのだろうか。

もっとも酷いFMD大流行は2001年英国で起こった。病気に罹った家畜が2000頭以上見つかり、700万頭以上の牛と羊を処分した。この大流行によって、約160億ドル(1兆6千億円)の経費と、精神的、肉体的、経済的ダメージなどの社会的損失が残された。

この時のイギリス政府の方針は、FMDが見つかった農場にいる家畜のうち、FMDに感染する可能性があるものは24時間以内に殺処分にし、その農家と隣接したりして、感染の可能性がある家畜も処分する、というものであり、現在、日本のFMD政策も基本的にこれに準じたものである(もっともイギリスは、「明らかに感染の危険性がない家畜に関しては、処分は農家の方針に任せる」と、条件を緩和したのは前回の記事に書いたとおりである)。

しかしながら、幼体は致死率が高いといわれるが、成体ではFMDから殆どが回復すること、ヒトに対する危険性は殆どないこと等がわかっている疾患に対して、感染している可能性のある動物まで殺す事への批判は多く存在してきた。
また、「感染の疑い」を、どこまでが疑いとするかを見極めることは不可能であり、現場の大きな労力の負担になる。経済的側面から考えたときにも損失があまりに大きいことも、批判の大きな要因である。

現実的に、FMDが流行期に入った時、家畜をどの程度処分すれば流行の早期終息に貢献するか、という比較は非常に困難である。何故なら、多量処分政策に効果があったと結論するには、多量処分をしなかった場合の例が比較としてまず必要だからである。

また、仮にこの比較が出来たとしても、家畜がどの程度密接して飼われているか、隣の農家とはどの程度離れているか、他の感染源となる動物は周りにどれだけいたか、という追跡不可能な条件も検討しなければならず、純粋に多量処分が「効果あり、なし」といえるほど単純ではない。 ※1)

1951から52年に起こったカナダの事例と、1967年での英国の事例を比較した研究がある。いずれも起こった時は既にある程度流行していたという共通点がある。カナダはそのまま自然治癒を待ち、イギリスでは殺処分にした。結局、どちらが良かったのかを結論付けるのは困難だ、という考察に落ち着いている。 ※2)

多量処分には他にも問題が指摘されている。感染の可能性のあるものを殺してゆくことは必ずしも、FMDの早期終息には役立たないばかりではなく、他の動物に感染を広げる可能性があるからだ。
FMDと共に牛の重要な病気に結核がある。ウシ型結核は牛だけでなくアナグマにも感染することが分かっており、感染源淘汰のためにアナグマ駆除が行われている。ところがアナグマを殺せば殺すほど、牛の結核が増えることが大規模RCTの結果として明らかにされている。 ※3)

この理由としては、アナグマ狩りを行った周囲の牛結核は減るのだが、近隣の地域の結核は増える、すなわちアナグマが処分を逃れて移動するためではないか、といわれている。いわばイタチごっこである。

FMDに関してもこの可能性がある。牛を殺せば豚にFMDが増える、といった具合である。牛は殺されればアナグマのように移動しないが、FMD発生が分かっていない時期にすでに感染した牛の肉からどこぞにウイルスは飛んでいるかも知れない。すなわち、感染経路は私たちが知り得ないところにもたくさんあるということだ。

FMDに限らずウイルスの流行は必ず終息する。対策の基本は、いかに早く、多方面での損失を少なく、その流行を抑えることにある。損失の中には家畜の損失だけでなく、人的、経済的、あるいは文化的損失も含まれるということを忘れてはならない。

※1)
The role of pre-emptive culling in the control of foot-and-mouth disease
Tidesley MJ, Bessell PR, Keeling MJ et al
Proc Biol Sci. 2009 Sep 22;276(1671):3239-48

※2)
Comparison of different control strategies for foot-and- mouth disease: a study of the epidemics in Canada in1951/52, Hampshire in 1967 and Northumberland in 1966.
Sellers RF
Vet Rec.2006 Jan7;158(1):9

※3)
Positive and negative effects of widespread badger culling on tuberculosis in cattle.
Donnelly CA, Woodroffe R, Cox DR et al
Nature. 2006 Feb16;439(7078):843-6

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