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Vol.233 集団接種会場は最高の教育現場だ

医療ガバナンス学会 (2021年12月10日 06:00)


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ナビタスクリニック新宿
島津久崇

2021年12月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は1992年、島津家分家にあたる加治木島津家の嫡男として鹿児島で生まれた。
加治木島津家は、戦国最強と謳われ、関ヶ原の戦いにおいて徳川の本陣を敵中突破して薩摩に帰った島津義弘公から始まった家である。
島津義弘公は、医療的な知識も豊富で、部下の戦傷などの治療をみずから行っていたとも伝えられている。
関ヶ原の折、薩摩への帰国ルートの為に奔走した商人に、島津家秘伝の薬の製法を与え、のちに商売に発展させたのが現在の田辺三菱製薬株式会社の前身だ。
その島津義弘公を祀る精矛(くわしほこ)神社は鹿児島県姶良市に鎮座し、今でも多くの歴史ファンや鹿児島の人々に参拝されている。最近では大河ドラマ「西郷どん」のロケ地として使われた神社でもある。令和元年には島津義弘公没後400年祭も執り行われた。
私は現在、その精矛(くわしほこ)神社にて禰宜(ねぎ)として奉職しながら、東京でナビタスクリニック新宿の事務長として従事している。

今年に入り、ようやくワクチンの接種の話が出てきた。
東京では、1月下旬から行政より話が降り、最終的に一般市民向けコロナワクチン事業が開始したのは5月からだった。
私は、たまたま医療機関のスタッフとしてこの事業を担当することになった。
幸い、私の従事しているクリニックではインフルエンザシーズンに企業へ集団接種を行っていたのでノウハウがあった。
筋肉注射に関しても、子宮頸がんワクチンをずっと提供し続けていた為スキルが習熟していた。
その為、スタッフのスキル面や運用面に関する心配は皆無であった。

【何故教育の現場だと思ったのか?】
私がこのテーマで書こうと思ったのは、この場を教育に活かさないなんて勿体ないと感じたからだ。
コロナワクチン集団接種事業は、我が国においても初の試みだ。
当然、どのような事を行えば良いのか想定が出来ない。
行政においては、集団接種などの事業に関するノウハウは当然持っていない。
だからこそ、少なくとも今後医療界を担う医学生や、今後医療行政を仕切るであろう官僚・公務員の配置は必須事項だったはずだ。
しかし、残念ながら少なくとも私の従事していた会場ではそういった人物は居なかった。

本プロジェクトを始動させる上で、
・どのような緊急物品を用意すれば良いのか?
・不特定多数の接種を行う会場はどの程度の広さが必要なのか?
・会場のレイアウトはどのようなデザインが良いのか?
・医療従事者は筋肉注射をしっかり出来るのか?
・医師1日1名あたり、何名ほど接種可能なのか?
・高齢者1人あたりの接種に掛る時間はどれくらい必要なのか?
・一般市民は何が気になるのか?

など、不明瞭な部分は多々あった。

しかし、逆を言えば新たなナレッジ・ノウハウやスキルを獲得する最高の場所だった。
今後同様の案件が発生するのであれば、私は派遣会社からの派遣スタッフではなく新卒公務員や学生を多く投入すべきだと思う。
この場で得られるスキルはとても多い。

まず、コミュニケーションスキルが上達する。
営業を経験しなければ、なかなかコミュニケーションスキルを磨く機会は少ない。
新卒研修ではPREP法やSPIN話法、言い回しやクロージングの仕方など徹底的に学ぶが、医療系ではそういったトレーニングはしない。
そのため、ニーズを聞きながら複数の選択肢を出しつつ、もこちらの要望を選択するような提案スキルなどを磨く機会を得られないので1名あたりにかかる時間をコントロールするトレーニングなどは出来ない。
1日数百人来られる会場において、簡潔に伝わり、納得させ、短時間で接種を行うためのコミュニケーションは必須のスキルだ。
納得しないで打てばクレームによって不要な工数が発生する上、しっかりヒアリング出来なければ極論医療事故につながる。
そのため、現場に居れば信頼を得ながら短時間でこちらが求める情報を手に入れるために、どのような質問を投げれば良いのか、を考え実践できる機会を得ることが出来る。
聞き方ひとつで答えが変わるので、ここはより洗練が必要だ。

次に、時期要員や年齢要員毎のニーズ把握が出来る。
実は、接種に来られる時期及び年齢層によって、懸念点や相談内容の傾向が違う。こういった情報は教育の場ではわざわざレクチャーしてまで教えることはないだろう。
しかし、これを把握することでどういった接種体制を敷くべきなのか、などの現場感覚が身に付き、自分が率先して行うときの材料となるのは間違いない。
つまり、集団接種を行う際の情報の引き出しを作ることが出来る機会だった。
最後は意思決定の速度の把握だ。
前例のない意思決定をさせようとすると、必ずと言っていいほど返答は遅い。
医師に判断させれば良いのに、ディレクターに判断させればいいのに、そもそも何故行政が意思決定を行うのか、という場面が多々あった。
たとえば、他国で接種したが、抗体検査を受けて抗体が消えていたので日本で1回目の接種をしたい、と来たケース。行政からは医師の判断で打ってよし、となったので打とうとしたら後でストップをかけ、結局打たせてはならない、という判断を行った例があった。
それは3回目がまだ日本で認められていないから、という事だったからだ。

しかし、少し考えてほしい。たまたま本人もコロナワクチンを受けるのは3回目だったので、初めてではない、と申告したからこうなったが、そもそも「日本で」初めて打つ、と解釈して打った人は絶対居るだろう。問診票の質問項目は「新型コロナワクチンの接種を初めて受けますか?」と書いてあり、そういう解釈もできる内容だった。
そもそも、国内の蔓延を防ぐのであれば接種しない選択肢は存在しない。

大久保利通は、明治七年殖産興業に関する意見書にて以下のように記している。
「およそ国の強弱は人民の貧富に由り、人民の貧富は物産の多寡に係る、物産の多寡は人民の工業を勉励とすると否ざるとに胚胎すといえども、その源頭を尋るに、未だかつて政府政官の誘導奨励の力に依らざる無し」
国力は国民の貧富で決まる。国民が豊かになるためには政府・官僚の適切な政策実行が不可欠だ。
今回で言えば「迅速に1人でも多くの国民に接種を進め、一刻も早い免疫獲得を推し進めること」が目標だったはずだ。
そのためには現場に立って、情勢を見極め、臨機応変に意思決定しなければならない。
それが試されていたのが、今回の接種事業だったのではないだろうか。

こういったことを踏まえると、医療者を目指す者や、医療行政に携わる人、医系技官や新卒公務員は学ぶ場としても経験する場としても、とても良い機会だったはずだった。
これが活かされない未来は、教訓を得られなかった事と同義であり、同じことが起きたとしても洗練されることは無く、0からのスタートとなるだろう。
そうならない為にも、ぜひ3回目接種時は自らの目で見て、肌で体験し、自らの頭で考える機会を持ってほしい。

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