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Vol. 259 中原先生の過労死を無駄にしてはならない

医療ガバナンス学会 (2010年8月11日 06:00)


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~特別枠予算でパンドラの箱を開けよ!~

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。http://jbpress.ismedia.jp/

2010年8月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1999年、都内の病院に勤務していた小児科医師の中原利郎先生(当時44歳)が、過労により自殺しました。この7月8日、最高裁において、その自殺をめぐる訴訟の和解が成立しました。
中原先生は小児科診療の現場を守るために 退職した医師の仕事をカバーして月に6回以上、時には8回もの当直勤務をこなしていました。
しかし、当時、医師の過労による自殺は労災であることすら認められませんでした。2002年、中原先生の妻、中原のり子さんは中原先生が勤務していた病院を相手に、東京地裁に損害賠償請求を提訴します。
2007年にようやく労災認定が認められ、その後は、過重労働を避けるための配慮を怠った病院の責任を巡って裁判が続いていました(中原先生の自殺をめぐる裁判の経緯はhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~nakahara/index.html を参照ください)。

今回の和解は、「医師不足や医師の過重負担を生じさせないことが国民の健康を守るために不可欠である」ことを相互に確認し、病院側が和解金700万円を支払うことにより成立したのでした。
中原先生の自殺後も、過労によって心身の健康を害する医師は少なくありません。実質36時間連続業務となる当直勤務や、過労死基準を超える労働時間が解消されている病院は、ほとんどないのが現状です(関連コラム「はっきり言おう、医師の労働環境は劣悪だ」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/931 もお読みください)。
そんな状況の中、この一連の裁判が、「良い医療を提供するためには、医師自身の健康を守ることが大切である」という共通認識を持つ始まりとなったことは間違いないでしょう。その意味では、画期的な和解だと言えるのです。
とはいえ、中原先生の悲劇を繰り返さないためにはまだまだクリアしなければならない課題が山積みなのです。

■労働基準署が認可する違法な時間外労働

奈良県に、奈良病院と五條病院という2つの県立病院があります。これらの病院で行われていた当直勤務が違法な時間外労働に当たる上に、医師に割り増し賃金を支払っていなかったとして、7月初め、奈良労働基準局が奈良県を労働基準法違反容疑で奈良地検に書類送検しました。
病院が、法定労働時間を超えて時間外や休日に医師を勤務させた場合、労使協定を結ばない限り、労働基準法違反になります。奈良県はこの協定を結んでいなかったとして書類送検されたのです。

では他の病院では、この労使協定は結ばれているでしょうか。実は、医師を対象として結ばれていることが確認されている公的病院の割合は、60%ほどにとどまっています。
もちろん、ただ単に協定が存在すれば良いということでは決してありません。締結された協定でも、時間外労働を「月45時間以内」とすることを定めたものは半数にとどまっているのです。
逆に、協定において、過労死基準を超える「月80時間以上」の時間外労働を定めている病院が15%も存在しました。
これを認めた労働基準署は、「書類のチェックができなかった」では決してすまされない問題です。ちなみに、東京都立病院はすべて時間外労働を「月120時間」と定めていました。

問題はこれだけではありません。比較的楽な勤務形態とされる週1回当直勤務を行ない、月1回、土日当直勤務を行なうだけでも、過労死基準を超える時間外労働80時間になってしまいます。
勤務医の実情を考えると、たとえ労使協定を結んでいたとしても、休日と夜間の勤務は「宿日直」扱いとされ、時間外労働としてカウントされず、時間外賃金が支払われていないのは間違いないでしょう。

■勤務医の正確な勤務時間すら把握されていない

2010年度の診療報酬改定では、「病院勤務医の負担軽減」が重点課題に挙げられ、関連する点数の引き上げや体制整備を定める項目の設置が行われました。
しかし診療報酬改定後、基本給が引き上げられた勤務医はわずかに17%に過ぎませんでした。

それよりも、さらに問題なことがあります。
勤務状況を的確に把握することが、「勤務医の負担軽減および処遇改善に向けての最低限求められる条件」であるのは間違いないはずです。
それなのに、3月の診療報酬決定の間際に、診療報酬の要件が「(医師の勤務時間を)タイムカード等の客観的な指標を用いて把握すること」から「勤務状況について具体的に把握していること」に変更されたのです。
その結果、タイムカードを導入して正確な勤務時間を把握している病院が、現時点で27%しか存在しないのです。

今回の診療報酬改定では病院勤務医に手厚く配分したとされています。しかし、改定後の効果は極めて限られたものでしかなかったということです。

■予算特別枠から時間外労働手当を補填する補助金を

「医師の心身の健康が守られる医療体制の整備」、すなわち「労働基準法を遵守した医療現場の確立」を実現することは、国民にとっても最大幸福だと思います。
とはいっても、病院が医師の勤務時間を正確に把握してしまうと、労働基準法違反で書類送検されてしまいます。それに伴って、割り増し残業代金を過 去にさかのぼって支払わなくならねばならなくなるでしょう。その上、基準に則った勤務体制に変更すれば、診療時間や検査手術件数の縮小も余儀なくされます。

つまり、この状況下で労働基準法遵守に取り組むことは、病院の支出を増やした上に収入を減らしてしまい、病院自体の破綻を引き起こす可能性が高いのです。
そのため、現場レベルでは、「きちんとしたいのはやまやまだけど、病院を存続させることも大事」であり、身動きがとれなくなっているというのが実際のところなのでしょう。

奈良労働基準局が奈良県を書類送検したことは、医師の労働環境の改善につながるのでしょうか。
私はそうは思いません。労働基準法を厳しく当てはめて病院を書類送検をすることは、辻褄合わせの協定を作成させるだけです。根本的な解決にはつながらないでしょう。
7月27日、内閣は2011年度予算の概算要求原案において、医療・介護や環境など成長分野に重点配分する「特別枠」を1兆円規模で設定することを決めました。
この金額では、診療報酬全体の底上げをする予算は捻出できないでしょう。でも、「パンドラの箱」と称されている医師の過重労働解消のために、さかのぼっての時間外労働手当分や人員配置の適正化に伴う減収分を補填する程度の補助金は捻出可能なはずです。

悲劇を繰り返さないためにぜひとも検討してほしいと、私は思うのでした。

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