医療ガバナンス学会 (2021年12月27日 06:00)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2021年12月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
アプリ名は「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」で、「新型コロナウイルス感染症予防接種証明書」と明記されており、氏名、接種回数、最終接種日、発行日が併記されていて、最後に〇〇区長と記されている。性別、年齢、住所などの名前以外の個人情報は一切記載されていないシンプルなものだ。
これは単にコロナワクチンを接種したことの証明書ではあるが、「感染症予防接種」と補足説明しているところがかえって紛らわしく、いわゆる「ワクチンパスポート(もしくはワクチン検査パッケージ)」にあたるのかどうかはわからないし何の説明もされていない。
筆者のようにワクチンの2回目の接種が5月下旬で11月上旬の時点で既にワクチン抗体価が陰性となっているものであってもこの証明書が発行されるわけだが、コロナワクチンの効果は数か月で減衰していくことが明らかになっている現在、もはやワクチンパスポートの役割は果たすとは思えない。そのような電子証明書の発行が今始まったことにどういう意味合いがあるのだろうか。
諸外国ではもっと早い時期のワクチン接種が始まった頃から免疫パスポートが取り入れられ、ワクチン接種を受けてもらうための動機付け(インセンティブ)や経済活動を再開するための潤滑剤の役割を果たすことが期待された。免疫パスポートの内容としてはワクチン接種証明、PCR検査の陰性証明に加えて国によってはコロナ罹患歴も含められていた。しかし、ワクチン接種後の効果が数か月で減衰することがわかってきてからは、接種日に合わせて期間限定とするなどの措置が追加された。また、コロナに感染したあとに獲得する免疫も長くは続かないことがわかってきて、総合的な基準の見直しを余儀なくされている。
したがって今の段階で単純な接種証明書の発行を開始することの意義は相当薄れてきていて、感染症を予防する科学的な根拠に裏打ちされたものとはいい難い。それでも経済活動の活性化の引き金になるのならその意味合いを理解した上で有効活用することは悪いことではない。ただし、デジタル庁の証明書を取得するにはマイナンバーカード(現在の取得率は40%)と携帯アプリを持っていることが前提条件になるので、日本での利便性は限定的であろう。
免疫パスポート以外でこの証明書を有効活用する手段としては、ワクチン接種券の代わりに利用するというものがある。市町村のワクチン接種台帳の記載を元に発行されているので、接種券発行を省略してこの証明書を提示してワクチンを追加接種できるようにしたらよい。この証明書の発行に当たっては、市区町村の接種記録漏れや誤入力などいろいろな問題が取り上げられているが、その詳細に関してはここでは触れないことにする。
2.ワクチン効果が減衰しているならば、科学的な検証に基づいた対応が必要
ワクチンパスポートという考え方はワクチンの抗体価が高いまま感染予防効果が維持されていることが前提となっているが、その前提条件が崩れ始めている。常にいち早くコロナ感染の解析に手を付ける諸外国のデータからは、コロナワクチンの効果を示す抗体価は接種後3か月以降に急激に減衰していって、接種後6カ月ではほとんど効果がなくなることがわかってきた。
日本でも医療従事者を皮切りに今年の3月からコロナワクチンの接種を始めていたのだからワクチン接種後の抗体価を経時的に測定するなどの臨床研究が行われてしかるべきだが、日本のコロナ行政のリーダーたちにその気はない。国が動かないものだから見るに見かねて群馬県(相馬市ほか)が福島県立医大の協力で実施した検証では、諸外国のデータ同様に接種後3か月と早期から抗体価の減衰が始まっていることが明らかになった。
https://toyokeizai.net/articles/-/478139
国立感染研は感染症に関する研究を行う国の施設で、コロナの研究においても日本をリードしていく立場にあるが、コロナ抗体に関してこれまでどのような研究を立案して実行に移してきたのだろうか。
一つには「新型コロナウイルス感染症の抗体保有率疫学調査」というものがあり、第1回調査(令和2年6月)では3自治体(東京都、大阪府、宮城県)の一般住人8000人を対象に調査が行われ、第2回調査(令和2年12月)はエリアを拡大して5自治体(愛知県、福岡県を加える)の15000人を対象に実施された。この調査の目的は「社会全体の免疫獲得状況を確認し、今後の感染症拡大防止に活用すること」となっている。さらに「本事業は国全体として過去に新型コロナウイルスに感染した人の割合を推定するもの」と説明されており、第1回目の各自治体の抗体保有率は、東京都0.10%、大阪府0.17% 、宮城県は0.03%、第2回目の各自治体の抗体保有率は、東京都1.35%、大阪府0.69%、宮城県0.14%、愛知県0.71%、福岡県0.42%で、各自治体の抗体保有者は、累積感染者数と比較すると多いものの、依然として大半の人が抗体を保有していないという結果であると報告している。
現在ちょうど3回目の調査(令和3年12月及び令和4年2月)が行われている最中だが、目的はやはり感染者数の把握であってワクチン効果を検証するものではないと説明されている。ただここで問題となるのは、抗スパイク(S)抗体はワクチン接種後にも上昇することと、抗ヌクレオカプシド(N)抗体は感染者のみで上昇するのだが感染者でも抗体が上昇しない場合が多々あることがわかってきていることだ。また、既感染者であってもその獲得免疫は減衰していくことがわかってきている。そのような状況の中で実施されるこのような調査で感染者数把握が果たしてできるのか、さらには今このタイミングで15000人を対象にしたこのような大規模な調査を実施する意味があるのだろうか。
このような国の調査に先立って広島県は広島大学の協力のもとに市民の抗体獲得状況を調べる調査を独自に実施してきた。そしてすでにワクチン接種がかなり進んでいるこの9月から10月にかけての調査結果が早くも公表されている。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/463156.pdf
約2000例の調査参加者のうちなんと88%の人に抗体が認められ、前回の調査(1~2月)の陽性率が0.3%から飛躍的な上昇を遂げていて、ワクチン接種による獲得免疫が証明された。ここで特に注目されるデータはワクチン未接種者が約200人調査に含まれていてその陽性率が5.9%であったということだ。この数字は広島県におけるこの段階までのコロナに感染した人の割合を示していると思われる。すなわち90%以上の人がまだコロナには罹患していないにも関わらず、それでいて90%近くの人がワクチン接種で免疫を獲得しているということが示された貴重なデータだ。
このような調査結果が迅速に公表されることこそが感染拡大防止に有効活用できるわけで、感染研がデザインしたような来年の2月までという長期間を費やす調査ではその結果が出たころには感染状況が一変している可能性が高く、「今後の感染症拡大防止に活用する」という研究目的には適わない。また、ワクチン接種者のブレイク感染が問題になっている現在、今実施しなければいけない抗体調査は、ワクチン接種者の抗体の推移を経時的に追跡して解析していことではないのだろうか(今回の国の調査でも同一被検者を12月と2月の2点で調べるのでワクチンの効果の概略は伺い知ることはできそうだが、このような後ろ向き調査からはきちんとしたエビデンスは得られない)。さらにはコロナ感染者の免疫状態を追跡調査で経時的に調べていくことも重要で、そのようなデザインの調査は全く行われていない。
今、求められていることは科学的な検証結果に基づいてコロナ対策を実施していくことであり、そのためには諸外国のデータに頼るばかりではなくて、国内でしっかり臨床研究データを集積してそれを世界に向けて情報発信をしていくぐらいでなければいけないし、科学的なエビデンスを無視して行政の都合を最優先して政策を推し進めるようなことだけは決してあってはならない。
付記:
感染者の免疫状態に関して国が調べた唯一の調査は、「新型コロナワクチン接種後にCOVID-19と診断された症例に関する積極的疫学調査」でこれに関しては既に報告されているのでその概略を紹介する。この調査研究は感染症法第15条の規定に基づいた積極的疫学調査として行われたものと説明されている。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2488-idsc/iasr-news/10832-503p02.html
コロナワクチン接種後のコロナ感染者を解析するにあたって、免疫が不十分に付与された1回目接種後14日〜2回目接種後13日(部分的接種者の感染)と、2回接種後14日以降(ブレイクスルー感染)症例を分けて解析が行われている。早い段階でワクチン接種を開始した人が検査対象となったので、その多くが医療従事者となっている。血清抗体検査は72例(うちブレイクスルー感染症例42例)で実施され、「抗S抗体・中和抗体は診断後早期に採取された血液検体においても高い値を示し、経時的にさらに上昇する傾向がある」というのは想定内の結果だが、「抗N抗体は診断後20日以降になっても検出されない例があり、診断後10日目以降に採取された検体で部分的接種者感染例の検体57%、ブレイクスルー感染例の検体56%が陰性であったと報告している。