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Vol.246 いすみモデルとアビガン投与

医療ガバナンス学会 (2021年12月30日 06:00)


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千葉県夷隅保健所
所長 松本良二

2021年12月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

この夏の新型コロナウイルス感染症第5波では、感染者が激増し、災害なみの対応が強いられた。自宅療養やホテル療養も手一杯となり、保健所機能は麻痺し、千葉県全体で入院が難しくなった。自宅療養中に亡くなる不幸なケースも出てきた。そのとき、夷隅地域では「いすみモデル」が提唱された。それは、早期発見早期治療、重症化後の対応から重症化させない対応への変換、病診保(病院―診療所―保健所)プラス市町村連携だ。ベースは地域包括ケアと災害対策の連動、総力戦の発想から来ている(注1)。その中の一つに、治療せずにただ隔離しているだけの自宅療養ではなく自宅治療としてアビガンが使われた。このアビガンの自宅投与が問題となった。
千葉県房総半島南端の太平洋側2市2町(勝浦市、いすみ市、御宿町、大多喜町)を管轄する夷隅保健所の管内は医療資源が極めて乏しく、コロナ対応では酸素投与の必要ない中等症1までしか入院出来ない自治体病院いすみ医療センターがあるだけ。コロナ病床は最大20床/全体(一般70床、地域包括ケア22床、療養48床、感染症4床の小規模病院)(注2)。また、夷隅保健所は検査課がないために自前でコロナの検査はできず北隣の長生保健所に依頼しなければならない(搬送・時間の問題、検査数の制限)。更に健康生活支援課の感染症担当保健師は2名しかいない。所内で応援をかけても地域保健福祉課でフルタイムで働ける保健師は1名のみ(注3)の極めて脆弱な体制だった。

市町村や地元医師会の危機感は強く、令和2年度、いすみ医療センターに医師を感染症アドバイザーとして招聘し、検査機能の充実をはかった。特にPCR検査では、サーマルサイクラー4台を稼働させ(2台は勝浦市にある塩田病院に配置)、大量・頻回、ウイルス量測定、高感度・高特異度、変異株のスクリーニングも即日行うことができる体制を構築していった。また、医師会からも医師1名が検査自体に参画した。検体採取には地元医師会員が全面協力し、一日に200を超える咽頭ぬぐい液の検体採取も可能にしていた。
第5波となり、前述したように感染者が激増した。第5波では変異株で感染力が強いデルタ株となったが、その前の第4波における変異株アルファ株のころには、深堀の対策として検査を積極的に行い、新型コロナウイルスの特徴を夷隅地域では掴んでいた。それは、この地域が都市部から離れており、感染が都市部からの持ち込みであって、感染の広がり等のウイルスの特徴をつかみやすかったからである。

ウイルス量を測ることにより、新型コロナウイルス感染症は、一過性にウイルスが増殖するウイルス増殖期とそれに引き続く全身炎症期(このころにはウイルス量は減少に転じ、ゼロとなることも)に分けて考えるのが合理的であり、早期に発見し早期に抗ウイルス薬を投与することが有効であることがわかってきた。このことは後の9月に千葉県の会議でも説明した(注4)。つまり、ウイルスが増殖している状況を早期にとらえて、そのときに抗ウイルス薬を投与するとウイルス量が激減し、次の全身炎症期にいたらない。全身炎症期では対策も限られ、医療資源を大幅に消費することになる。実際はウイルス量を激減させて経口ステロイドも炎症をしっかり抑えるために投与した。

この早期発見早期治療は、その後抗体カクテル療法が出てきて、非常に有効であることが証明されたが、抗体カクテル療法が流布する前は、夷隅地域では、レムデシビルやアビガンの投与をおこなった(漢方薬カクテルも若年者を中心に投与)。このやり方は、いすみ市、保健所長、医師会、いすみ医療センターが会議を頻回に開いて合議により決定したものであり「いすみモデル」と呼んだ。この会議で、アビガンは外来で投与して自宅へ、その後はかかりつけ医がしっかり診るという方針が立てられた。病診連携である。これは、前述したように災害並みの対応を強いられた状況でのやむを得ない選択であった。医師会も協力し、オンライン診療や電話診療で自宅に戻した患者に対応し、自宅療養ではなく自宅治療とし、更に必要とあれば往診も行った。また、保健所も看守りの連絡を毎日続け、病診保連携とし、それに市町村の生活支援も加えるのが「いすみモデル」だった。地域で知恵を絞って考え出した総力戦である。

自宅治療とした患者が病状悪化し、死に至ったという報告はあがっておらず、むしろ良好な経過であった。後に、国の通知にそぐわないプロトコール違反(アビガンの自宅投与は厳禁、入院投与のみ)が指摘されたが、この通知は4月に出たものであり、上記の会議の皆が知るはずもなかった。入院投与が原則だが絶対ではなく、医師の裁量で自宅治療もできると考えていた。また、入院させること自体が、ベッドに空きがないためできなかった。ただ何もせずに自宅に隔離する、その中から必ず重症者が出て死に至る場合もある、そのような対応は医師として出来ない、その医師としての責務・熱い思いをプロトコール違反と指摘され、むしろ医師会は激怒した。
「なぜかかりつけ医がしっかり診ているのにダメなのか」「どうすれば良かったのか」「これでは地域医療を破壊してしまう」
いすみ医療センターの医師は千葉から通う10人のみ、しかも、夜や休日はアルバイトの医師1人のみ。もちろんアルバイトの医師はコロナ患者を診ない。そのため、いすみ医療センターにコロナ患者を入院させるためには、夕方重症度判定として感染者をいすみ医療センターに保健所が搬送する必要があり、判定の結果入院の必要があってもその日には入院させられない。一度保健所が自宅に連れて帰り、次の日に入院という事情もあった。感染対策のため、病院の一般診療が終わった後に重症度判定(CT撮影など)を行うため、どうしても夕方になってしまい、夕方からはスタッフが手薄なために当日入院は出来ないのである。これは、一般診療も行いながらコロナも受け入れる小規模自治体病院の宿命かもしれない。

第5波でわかったことは、感染力の強い変異株では、保健所が自宅・ホテル療養や入院をトリアージすることは不可能であり、治療していない自宅隔離の感染者を毎日全てフォローするのは難しいし、病床も瞬く間にいっぱいになり入院できなくなる。重症化後の対応では無理があり、重症化させない対応の重要性、地元医療に任せられることは任せる、病診保+市町村連携といった地域包括ケアをベースとした総力戦の必然性である。さらに進んで、かかりつけ医が診る他の病気のように、本来の医療の姿も念頭においてコロナに対する施策を考えていかなければならないことだ。そう、状況に応じて、科学的な根拠のもとに(リスクアセスメント)、対策を変更していく柔軟性だ。いつまでも保健所頼みでいいはずはない。本来病気は医療が中心となるものだからだ(注5)。

最後に、この投稿を、自宅療養の名の下に治療されずに自宅に隔離されたまま手遅れとなり亡くなられた全ての患者さんとその家族に捧げる。

注1:災害医療対策は地域包括ケアとの連動が以前から提唱されていた。
注2:北隣の長生保健所(1市5町1村)にもいすみ医療センターの2倍の規模の自治体病院長生病院があるが、コロナ患者は診ない。だから、長生保健所管内の住民がいすみ医療センターに大挙して押し寄せたことさえあった。なお、長生と夷隅は同じ医療圏(山武長生夷隅医療圏)に属している。西隣には安房保健所(3市1町)があり、亀田総合病院を有しているが、亀田は重症患者の入院のみ対応、それ以外のコロナ患者は医師3人しかいない南房総市立富山国保病院が対応、コロナ専用病院に特化している。安房は隣の別の医療圏(安房医療圏)であり、夷隅の安房医療圏の編入をめぐってギクシャクしたこともあり、夷隅から南房総市立富山国保病院にたやすく入院というわけには行かなかった。
注3:通常保健所には医務薬務等を受け持つ総務企画課、感染症や食品・環境衛生を扱う健康生活支援課、母子保健・精神保健・栄養などの地域保健を扱う地域保健福祉課がある。専門職の集団であり、ここに外部からの事務職の大量応援だけでは、本質的な保健所機能強化には到底ならない。
注4:2週間に1回千葉県はコロナ受け入れ医療機関を集めてWEB会議を開いており、そこでパワーポイント資料を配って説明した。この時にアビガンの自宅治療を話したが、アビガンの自宅治療に関して異論は出なかった。通常、この医療機関の会議では、保健所はただ参加するだけで発言することはできないが、医師会の配慮により、このときは許された。なお、医療機関と保健所、つまり、臨床と公衆衛生が話し合う場は、千葉県では設定されていない。更に、現場の保健所の意見や問題点を訴える場も設定されていない。
注5:国の通知を確認せず、結果的にプロトコール違反となり、多くの方々に御迷惑をおかけしたことに心から陳謝します。

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