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Vol.245 日本における3万人超の自殺を考える

医療ガバナンス学会 (2021年12月29日 06:00)


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鹿児島県 井手小児科
井手節雄

2021年12月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●希死念慮
疾病や人間関係、経済的な問題などから逃れるために死を選択しようとすることを「自殺願望」と言います。
それとは別に、具体的な理由は無いが漠然と死を願うことを「希死念慮」と言います。
私はSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)のパキシルをたった3日間服用して、「死は安らぎであるという高揚感」に似た希死念慮を体験しました。私の体験から「希死念慮」とは“そうだ死んでしまおう”という感覚に取りつかれてしまうことと表現することが一番ぴったりな気がします。
うつ病における自殺は鬱の状態からの回復期に起こるものが多いのが特徴です。うつ状態では全く何をする気力も無いために自殺は少ないと言われます。
しかし、うつ状態が改善し、快方に向かうところで行動する気力が出るために病気を儚んで自殺してしまうということが起こります。

私がSSRIのことを思い出したのは2012年の12月末のことでした。この年の9月に突発性難聴を患い1週間ほど入院することになりました。
クリニックを何時までも休むことはできず、1週間ほどで退院して診療を開始しましたが、左耳の聴力が低下したため、話し声が聞こえづらく、また健常な右耳に音が響くためにイライラした気分が高まっていました。
年末になりインフルエンザの患者が増え、忙しさでよけいイライラが募りました。
そういう時、以前、テレビで見たハッピードラッグのことを思い出しました。NHKの番組でしたが、当時、日本ではまだ使用されていなかったSSRIのことをハッピードラッグというふうに報じていました。
ハッピードラッグのことを思い出して薬品問屋に問い合わせてSSRIのパキシルの10㎎を取り寄せました。
2012年12月の28日、29日、30日とパキシルの10㎎を1錠、毎朝服用しました。薬学部の息子にSSRIの危険性を注意されて3日で服用は中止しました。たった3日間の服用でしたが「死は安らぎであるという高揚感」に似た希死念慮にとりつかれました。
2、3日はボーっとした状態が有りました。たった3日間の服用でしたが何故かしら死ぬことをよく考えていました。「箪笥の取っ手に紐をかけたら死ねるとか、家内も一緒に死ななければならない」とか不思議な体験でした。死というものに対する恐怖、現実感が全く無くて「死がすぐそこにあって、全く気軽なもの」という感じでした。
しかしそうこうするうちに死に取りつかれたような感じもいつの間にかなくなっていました。
年が明けて4月ぐらいのことだったと思いますが、子どものADHD(注意欠陥多動性障害)のことを調べる機会が有りました。治療薬とか見ている中で、薬による攻撃性の発現などということに気付きました。
生徒12名を射殺し、24名に重軽傷を負わせ、犯人の高校生2人は自殺したという1999年のコロンバイン高校の銃撃事件の犯人が薬を服用していたということを思い出して調べたところ、銃撃事件の犯人はSSRIを服用していたことを知りました。
そこでSSRIについて調べて、SSRIにActivation Syndromeと言われるとんでもない副作用のあることを知りました。“不安、焦燥、敵意、衝動性、パニック発作、悪化すると自殺行為”と書いてありました。

●いとも簡単に自殺する
SSRIについてネット検索する中で、「SSRIを服用している患者は、いとも簡単に自殺することがある」という精神科医と思しき人の投稿が目に止まりました。
「SSRIを服用している患者は、いとも簡単に自殺することがある」という投稿を見て、1日1回たった10ミリのパキシルを3日間服用しただけで「死が自分のすぐ傍らにある」という自殺企図寸前の希死念慮を経験した者としてSSRIの恐ろしさを痛切に感じました。
SSRIを服用した者の自殺の場合、「人目につかないところという配慮が無い」ことが多いとありますが、これは“人目に対する配慮”という問題ではなくて、自殺する本人が“死(自殺)というものが衝撃的なものではなくて、全く安易なもの”との思いに捕らわれているからではないでしょうか。
だからよそ目には大した理由も無いのに、いとも簡単に自殺してしまうと映るのだと思います。
そして、自殺企図を引き起こすActivation Syndromeは、薬の服用開始2週間以内の非常に短期間で起こることも恐ろしさを感じます。

●日本における3万人超の自殺を考える
自分の希死念慮の体験と精神科医と思しき人の「SSRIを服用している患者はいとも簡単に自殺する」という書き込みを見て、1999年に始まった「日本における3万人超の自殺」とSSRIの関係は無いのだろうかと考えるようになりました。

自殺者数の年次推移
http://expres.umin.jp/mric/mric_2021_245.pdf

平成1年から平成6年くらいまで2万2千人台だった自殺者が1998年(平成10年)から急に3万人台に上昇し、その後減少が見られません。
平成9年(1997年)に2万4千人台だった自殺者が平成10年(1998年)に入ると突如3万人台になり、15年間3万人台の自殺者が続きました。
平成9年(1997)11月の山一證券の倒産、長銀の不正事件、銀行の貸し渋り、貸しはがしなどバブル崩壊後の不況が深刻化した時期であり、自殺者の増加も頷けます。
日本における3万人超の自殺の原因は、バブル崩壊による不況が原因とよく言われますが、まず、社会現象としての自殺は「アノミー的自殺」と表現されるように、好況期において起こります。たしかにバブル崩壊は大きな経済的な打撃が有りました。しかし、バブル崩壊の経済的な打撃が十数年も続くことはありません。
日本でのSSRIの使用は1999年5月の明治製菓ファルマのデプロメールと藤沢薬品のルボックスの販売から始まっています。グラクソ・スミスクライン社のパキシルは2000年の11月からの発売です。
そして、SSRIの発売と同時にうつ病の患者が増え、1998年に170億円ほどだった抗うつ薬の売り上げが、SSRIが発売されて10年もしないうちに1000億円になりました。

日本における3万人超の自殺は1998年のバブルの崩壊に始まりました。しかしその後15年間も続き、2012年(平成24年)の精神科学会の「軽症うつ病に対して」薬は無効という宣言を受けた形で2014年(平成26年)になって3万人を切りました。

帝京大学の張賢徳教授は、臨床薬理学11巻10号の抄録において、SSRIを始め、抗うつ薬の副作用(行動毒性)としてアカシジアやActivation Syndromeは起こりうることであり、これらが自殺関連事象に結びつく可能性がある。抗うつ薬によって生じると考えられる自殺関連事象の頻度は最大で5~6%であると述べておられます。ここで単純に計算してみると、日本でSSRIを服用している人は年間260万人ほど居ます。260万人の5%は13万人になります。年間13万人もの人が自殺に至るような事象を体験するということになるのではないでしょうか。
自殺の場合、自殺未遂は自殺者の10倍と言われています。年間13万人の自殺事象体験者がいるわけですが、その1/10が自殺者とすると年間に1万3000人ということになります。日本における自殺者の増加と一致するのではないでしょうか。
●抗うつ薬の功罪(SSRI論争と訴訟)
“抗うつ薬の功罪(SSRI論争と訴訟)”はイギリスの精神科医デイヴィッド・ヒーリー教授の著書のタイトルです。
原題は“LET THEM EAT PROZAC”であり、アメリカのイーライ・リリー社の抗うつ薬プロザック(SSRI塩酸フルオキセチン)により引き起こされる自殺を問題にした話しです。
デイヴィッド・ヒーリー教授は英国精神薬理学会の事務局長も務めた人で、精神医学・精神薬理学者でもあります。
“抗うつ薬の功罪(SSRI論争と訴訟)”は抗うつ薬SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が、うつ病患者の自殺衝動を強めるという副作用に焦点を当てた著書です。

●抗うつ薬SSRIによる自殺
抗うつ薬プロザックは1988年にアメリカのイーライ・リリー社から発売されていますが、その2年後の1990年2月にはSSRIが自殺傾向を引き起こすという報告がハーバード大学の研究者よりなされて最初の論文が「米国精神医学会誌」に掲載されています。
しかし、2004年以降に米・英・EUの薬事監督庁がSSRI製品への警告表示を指導するなどの対応を取り始めるまで14年もの間、SSRIの危険性は産官学にまたがる関連業界から実質的に黙殺され続けていました。

●“抗うつ薬の功罪(SSRI論争と訴訟)”は2005年8月が初版ですが、デイヴィッド・ヒーリー教授がプロザックについて5年間じっくり研究されたすえの著書とのことです。
(1)プロザックをはじめとする一群のSSRIに自殺や暴力を誘発する可能性が
あり、製造している企業が知っているということ、このことを容認しているシステムが、近い将来サリドマイド事件さえも小規模だと思わせるような薬禍もしくは医療禍を引き起こしかねないこと。
そして、イーライ・リリー社は抗うつ薬のプロザック(SSRI)における自殺の危険性について「自殺はプロザックが原因ではなく、うつ病という病気のせいである」という主張を貫いたことが書かれています。
(2)うつ病という病気自身が明確に定義することができないために、作られやすい病気であり、誰でもうつ病にされやすく薬の市場が大きいため、製薬会社は健康に貢献するよりも、健康から利益を引き出すことに熱心になるのではないかということ。
(3)製薬会社のマーケティングのしかたと、画期的な新薬の数が減ってきているという事実を考えあわせると、いまや製薬会社は薬を作るというよりも売ることの方が得意なのではないかということが書かれています。

“抗うつ薬の功罪(SSRI論争と法廷闘争)”には「SSRIはサリドマイド事件さえも小規模と思わせるような薬禍を引き起こしかねない」ということが書かれています。
サリドマイドは1958年に、西ドイツでコンテルガンという商品名で睡眠薬として発売されました。
その後、「あざらし肢症」の発症があちこちで報告されるようになり、西ドイツの小児科医W.レンツによって、サリドマイドを妊娠初期において服用すると「あざらし肢症」などの奇形が生まれることが指摘されました。
1961年11月に、W.レンツとグリュネンタール社の話し合いがなされ、マスコミの圧力もあり、その6日後にはグリュネンタール社は、コンテルガンの製造販売の中止を決定しました。
サリドマイド事件は、サリドマイド児の両手がアザラシのように見えることから「アザラシ肢症」といわれ、世界で1万人ほどの被害者が出て非常にショッキングな薬害事件でした。サリドマイド事件は史上最悪の薬害事件といわれてきました。
デイヴィッド・ヒーリー教授の「SSRIの使用がサリドマイド事件でさえ小規模なものと思わせるような薬禍を招くことになる」という言葉は、SSRIを服用した人の自殺の増加による悲劇を意味するものであり重大な警告でした。

●日本に於けるうつ病患者の増加
「うつ病という病気ははっきりした定義が無いために、うつ病でない人もうつ病にされる可能性がある病気である」というデイヴィッド・ヒーリー教授の話しは、日本では「SSRIの発売開始とうつ病患者の増加」という形で起こりました。
実際、厚労省の発表で、日本に於けるうつ病の患者の数は1999年に44万人だったのが僅か10年後の2008年には104万人に増え、年間百数十億円に過ぎなかった抗うつ薬の売り上げは一千億円に達しました。日本におけるSSRI現象と言われています。
製薬会社及び医師による熱心な疾患啓発や、「うつ病は心の風邪」などというキャッチコピーのもとSSRIの売り上げは一気に伸びていきました。
精神科以外の一般内科にも「社会不安障害」という適応症の下SSRIの売り込み攻勢がなされました。
あっちにも、こっちにもうつ病の患者が増え、うつ病を理由に療養休暇を取る公務員が増え2000年代半ばには一時期マスコミを賑わせました。

●疾患喧伝
疾患喧伝とはLynn Payerの著書、「病気商人:いかにして、医師、製薬会社、また保険会社は、あなたに具合が悪いと感じさせるか」の書評が1993年に「イギリス医師会雑誌」に掲載されその中でDisease Mongers(疾患喧伝)という言葉が使われました。
軽症のうつ病を説明する「心の風邪」というキャッチコピーは、2000年頃から、抗うつ薬のパキシルを販売するためのアメリカの製薬会社グラクソ・スミスクライン株式会社のマーケティング戦略で使用されました。
パキシルの製品マネージャー、バリー・ブランドが「まだ誰も気づいてない顧客マーケットを掘り起こして拡大させることは、マーケティングをやる者の夢だ。“社会不安障害”を使ってわれわれがやっているのがそれだ」と語っています。「社会不安障害という新しい適応症を作って、健康な人を病人に仕立てる」巧みなマーケット戦略でした。
「うつ病という病気自身が明確に定義することができないために、作られやすい病気であり、誰でもうつ病にされやすく薬の市場が大きい」ということは、SSRIの発売と同時に、日本において百数十億円くらいしかなかった抗うつ薬の売り上げが、SSRIの販売開始により10年しないうちに千億円に跳ね上がった状況を説明するものであり唖然としました。

●SSRIの効果は小麦粉と変わらない
「うつの8割に薬は無意味」は2015年に出版された獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授の井原裕先生の著書のタイトルです。その本の中に「SSRIの効果は小麦粉と変わらない」とあります。
SSRIに関する膨大な資料の解析による2008年の英国ハル大学のカーシュと、2010年のアメリカペンシルバニア大学のフォーニアの論文によりSSRIの効果は皆無か微小という発表がなされたことが書かれてありました。
2008年のカーシュ、2010年のフォーニアの論文の発表により、世界中の学会が軽症うつ病に対して抗うつ薬を第一選択から外しました。
2012年日本のうつ病学会もうつに薬が効くという太鼓判を取り下げました。そして、うつ病の大半を占める「軽症うつ病」については「プラセボに対し確実に有効性を示す治療薬はほとんど存在しない」と宣言しました。
ここに、「うつ病は心の風邪」というキャッチコピーによるSSRI旋風は止みました。時を同じくして日本の自殺者の数も減っていきました。2014年やっと3万人を切りました。
それ以前、EU、アメリカではマスコミがSSRIについての問題を何回も取り上げ2004年頃からSSRIの処方は激減していました。
しかし、2004年から2012年のあいだも日本では「SSRI旋風」は吹き荒れ、SSRIは世界一処方され続けました。驚くべきことですが、日本でのSSRIの使用量はアメリカの2倍、またEU連合全体の使用量の2倍にも及びました。

日本においてSSRIは精神科だけでなく一般内科にも売り込みがなされ、最大時には年間260万人の患者にSSRI処方されたとのことです。
「社会不安障害」という作られた適応症のもとに、ちょっとした気分のすぐれない患者にもSSRIは簡単に処方されていたのです。パニック障害、強迫性障害、PTSDなどにも積極的に処方されました。

●専門家といわれる医師は業界の中の人でした
「うつの8割に薬は無意味」の著書の中で知ったのですが、「うつは心の風邪です」という製薬会社のコマーシャルや疾患啓発により、うつ病の患者が増えたことについて、パナソニック健康保険組合のメンタルヘルス科部長の富高辰一郎医師が2010年に「なぜうつ病の人が増えたのか」という本を出版して説得力のある議論を展開しました。
「なぜうつ病の人が増えたのか」という本は、1999年に44万人だったうつ病の患者が2008年には104万人に増えたことの意味や、SSRIについての疑問などを理路整然と述べた本です。
富高医師は学会でこのことを論じることなく、いきなり本を出版して、直接世論に問いかけたためセンセーションを巻き起こすとともに批判も受けました。「世論を相手に是非を問う前に、専門家の間で議論すべきではなかったか」という批判だったそうです。
富高医師の返答は「専門家は業界の中にいるので、業界の利益に関わる問題を議論するのは難しいかもしれません」というものだったそうです。
この富高医師の返答は、疾患喧伝をも容認する専門家や指導的立場にある医師の深刻な製薬マネー汚染を意味している言葉と受け取れます。
専門家と言われる医師や指導的な立場にある医師は、当然SSRIによる自殺の増加の危険性は承知していました。

SSRIによる「日本における3万人超の自殺」はまさに、「サリドマイド事件が小規模に思える薬禍」です。
しかし、SSRIは今でもうつ病の患者の3割に使用され、PTSD、パニック障害、社交不安障害、強迫障害という病名で多くの患者に処方されています。
デイヴィッド・ヒーリー教授の著書の中で「自殺はプロザックが原因ではなく、うつ病という病気のせいだ」という主張を貫いたイーライ・リリー社への悲憤が私のイーライ・リリー社との薬害裁判の動機でした。

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