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Vol.22002 “コロナ後遺症”外来担当医に知っていただきたいこと

医療ガバナンス学会 (2022年1月4日 06:00)


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NPO法人筋痛性脳脊髄炎の会
理事長 篠原三恵子

2022年1月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2021年12月1日に厚生労働省より「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き 別冊罹患後症状のマネジメント」
https://www.mhlw.go.jp/content/000860932.pdf )が発行されました(以下、診療の手引き)。COVID-19を契機に神経免疫疾患であるME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)が少なからず発生していることは、日本ではほとんど知られておらず、今回の「診療の手引き」にも明確な記載がありません。当法人では至急、改訂版を発行し、ME/CFSについて記載する必要性を訴えています。

米国国立アレルギー・感染症研究所のファウチ所長が、COVID-19後に長引く症状は筋痛性脳脊髄炎の症状に似ていると発言したことが、2020年7月にCNNニュースで取り上げられ、COVID-19とME/CFSの関連は世界的に認知されるようになりました。米国スタンフォード大学の研究チームは同年5月にいち早く、COVID-19とME/CFSの関連の研究を開始すると発表しました。英国国立衛生研究所は、COVID-19の後遺症には4つのパターンがあり、その一つがウイルス感染後疲労症候群(ME/CFSを含む)であるとする研究報告を同10月に発表しています。

【ME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)】
ME/CFSは脳と中枢神経に影響を及ぼす複雑な慢性疾患で、患者のQOLを著しく低下させます。WHO の国際疾病分類において神経系疾患(ICD-11 8E49)と分類される神経免疫系の難病で、通常ウイルス感染後に発症します。2014 年の厚生労働省の実態調査で、ME/CFS患者の3割は寝たきりに近く、ほとんどの患者が職を失うという深刻な実態が明らかになっています。

2015年に米国科学アカデミーズ医学研究所(IOM)は、過去に出版されたME/CFSに関する9000編以上の論文をレビューし、ME/CFSは生物学的基盤を有する重大で複雑な疾患であることを明らかにし、精神症状はME/CFS発症後に現れる二次的なものであると明言しました。

日本では、2015年に国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所において、ME/CFSの研究が開始され、2021年4月にはME/CFSの新たな免疫異常を発見し、それが診断に有用な血液診断マーカーとなりうることを示す論文“Skewing of the B cell receptor repertoire in ME/CFS”が“Brain, Behavior, and Immunity”に発表されました。

【COVID-19とME/CFS】
ME/CFSの集団発生は歴史的にウイルス疾患の流行後に起きており、世界中で8000人がかかった2002~2003年の最初のSARS の流行後、回復した369人の患者の27%が、数年後にME/CFSの診断基準を満たしたことを一つの研究は示しています。こうした今までの科学的エビデンスを基にすると、COVID-19の全感染者の約1割がME/CFSを発症すると推計され、日本でも20万人近い新たなME/CFS患者が生まれる可能性があります。NCNP病院ではすでに約50名が、コロナ関連のME/CFSと診断されています。

当法人は2020年5月に厚生労働大臣に「ME/CFSとCOVID-19の研究促進を求める要望書」を提出し、同年7月には「ウイルス感染を契機としてME/CFSを発症するとの報告を承知している」との回答を得ました。また、2021年通常国会に「COVID-19後にME/CFSを発症する可能性を調べる実態調査、並びにCOVID-19とME/CFSに焦点を絞った研究を、神経免疫の専門家を中心に早急に開始する体制整備」を求めて国会請願をあげ、衆参両議院で採択されています。

当法人では2020年5月に、コロナ後遺症が続いている方を対象にWEBアンケート調査(回答者326名)を実施し、同年10月には、日本においてCOVID-19を契機としてME/CFSを発症した方を5名確認しました。2021年にはCOVID-19感染後にME/CFS様の症状が続く方を対象にWEBアンケート調査(回答者141名)を実施し、「仕事や学校に戻ることができない」方が73.8%、「身の回りのことができない」方が32.6%、「寝たきりに近い」方が25.5%という深刻な実態を明らかにしました。

【海外の状況】
2020年5月に米国神経学会誌「Neurology」に、米国国立衛生研究所(NIH)におけるME/CFSの主任研究者であるアビンドラ・ナス先生は“Long-haul COVID”と題する総説を発表し、症状の多くは本質的に神経系症状であり、Long-haul COVIDの管理には神経学者が役割を果たすべきと述べました。

当法人では2021年10月に、上記のナス先生と、NCNP神経研究所免疫研究部部長の山村隆先生のZOOM対談を行いました。ナス先生は、ME/CFSの診断基準を満たすLong COVID患者と、ME/CFS患者の症状は本質的に重複している、COVID-19を契機にME/CFSを発症する患者は30~40代が圧倒的に多く、社会において最も生産的な年齢層で、社会経済的に与える影響は非常に大きいと述べました。対談(英語)は https://bit.ly/2Yu88Bh からご覧いただけます(日本語字幕作成中)。

2020年5月30日付のThe Washington Postに、“Researchers warn covid-19 could cause debilitating long-term illness in some patients”と題する記事が掲載され、NIHやコロンビア大学、スタンフォード大学における、COVID-19とME/CFSの研究の内容について報じています。同年10月のTIME誌の“Have We Been Thinking About Long-Haul Coronavirus All Wrong?”と題する記事で、マサチューセッツ総合病院外科医のロン・トンプキンス先生は、「新型コロナのパンデミックは、時間がたてば一種のMEのパンデミックを作り出す可能性が非常に高い」と語っています。

同年9月14日付のNatureの“The lasting misery of coronavirus long-haulers”と題する特集記事では、COVID-19を契機としてME/CFSを発症する可能性について触れています。2021年1月にFrontiers in Medicine誌に掲載された、ハーバード大学のアンソニー・コマロフ教授らによる“Will COVID-19 Lead to ME/CFS? ”と題する記事の中で、2020年12月下旬の時点のCOVID-19の感染者数を基にすると、世界中で1000万人を超えるME/CFS患者が発生すると予測されると書いています。

【ME/CFSを悪化させないために重要なこと】
「診療の手引き」10ページの「罹患後症状を訴える患者へのアプローチ」で、米国CDC(疾病管理予防センター)の暫定ガイダンスを引用して、“コロナ後遺症”とME/CFSの症状が類似性を共有するかもしれないことを記載しています。CDCのガイダンスではさらに、ME/CFS患者での経験、例えば労作後の消耗/体調不良(post-exertional malaise)を防ぐためのペースの調整と呼ばれるactivity managementが、“コロナ後遺症”患者にも有効であろうとも記載しています。残念ながら「診療の手引き」はここまでは引用していません。

WHOの“Support for rehabilitation : self-management after COVID-19-related illness (second edition)”の4ページには、「極めて軽度の労作後に、疲労や他の様々な症状(クラッシュやぶり返しと呼ばれる)を経験するかもしれない。これは労作後の消耗/体調不良(post-exertional malaise、PEM)と呼ばれている。悪化は典型的に、身体的又は知的労作後、数時間から数日後に起きる。回復には通常、24時間以上かかり、エネルギーのレベル、集中力、睡眠、記憶力にも影響を及ぼし、筋肉・関節痛やインフルエンザ様症状などを引き起こす可能性がある。PEMに気づいたら、運動やPEMの原因となる活動を避け、エネルギーを温存することを目指す必要がある」と書かれています。また、14ページの“Energy conservation and fatigue management”において、エネルギーの温存と倦怠感の管理についてわかりやすく説明しています。
参照:
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/344472/WHO-EURO-2021-855-40590-59892-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y

これらはPEMのある人が症状を悪化させないために非常に重要な情報であり、運動によって最悪の場合には寝たきりになる可能性があること、そして安易に運動を奨励することの危険性をはっきり知っていただきたいと思います。

【「診療の手引き」改訂版発行の必要性】
厚生労働省のCOVID-19罹患後症状の実態調査によると、6ヵ月後に一番多い症状は倦怠感ですが、「診療の手引き」では倦怠感にはほとんど触れていません。その倦怠感は神経免疫系の異常も大きな原因であると考えられますが、当編集委員会の中には神経免疫の専門家が一人も入っていません。そもそも厚生労働省のCOVID-19罹患後症状の実態調査の研究者は呼吸器の先生が中心で、研究班の中に神経免疫の専門家が入っているかどうかも明らかではありません。

「診療の手引き」は、新たな科学的な知見を取り入れて改訂するとしていますが、その編集委員にも罹患後症状の実態調査の研究班にも、神経免疫の専門家が入っていないとすれば、COVID-19を契機にME/CFSを発症するエビデンスは集められないでしょう。「診療の手引き」の編集委員の人選は、明らかに偏っています。

前述の当法人の国会請願に対して厚生労働省は、「ME/CFSは、世界的にも明確な病因・病態が解明できていない状況で、まずは病因・病態の解明が必要である」と請願の処理経過を記し、頑としてCOVID-19とME/CFS関連の研究促進を拒んでいます。その上に、来年4月からのME/CFSの客観的診断法開発の研究予算(公募中)は、1年間にたった600万円です。

新たに20万人という新たなME/CFS患者が発生する可能性があるというのに、臨床現場で使用できる客観的検査の開発の研究に1年間600万円の研究費しか出さず、COVID-19を契機にME/CFSを発症する可能性を調べることも、COVID-19とME/CFS関連の研究も拒んだ上に、罹患後症状の診療の手引きの編集委員には神経免疫の専門家が入っていません。国はCOVID-19を契機にME/CFSを発症するという事実に、正面から取り組んでいただきたいと思います。

当法人では、12月21日に記者会見を行い、「診療の手引き」の早期の改訂版発行を訴え、NHKのWEB記事と朝日新聞で取り上げていただきました。今後、COVID-19とME/CFS関連の世界中の論文等を集め、「診療の手引き」の早期改訂を求める要望書を厚労省に提出する予定です。

【おわりに】
オミクロン株が日本で広がることは間違いないでしょう。誰もがCOVID-19を契機にME/CFSを発症する危険性にさらされています。また、臨床の現場でコロナ後遺症の診療にあたっている皆様が、ME/CFS患者を診療することになる確率は非常に高いです。一日も早く「診療の手引き」の改訂版が出され、ME/CFSについての正しい情報が提供されることを強く願います。尚、NCNPの研究班より、国際ME/CFS学会発行のME/CFSの臨床医の手引きの翻訳が公開されています( https://mecfs.ncnp.go.jp/person/ )。

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