医療ガバナンス学会 (2022年1月19日 06:00)
わだ内科クリニック
和田眞紀夫
2022年1月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
1.厳しい調剤薬局の登録基準のために多くの薬局でモルヌピラビルを入荷できない(*)。
ラゲブリオは大手製薬メーカーのMSDが国から特例承認を受けて管理しているが、厚労省から送られてきた通達の冒頭の説明は、「本剤の所有権については厚生労働省に帰属し(中略)、投与対象者へ使用される時点で対象機関(医療機関もしくは対応薬局)に無償譲渡される。この無償譲渡に当たっては、特措法(新型インフルエンザ等対策特別措置法)第六十四条の規定による医薬品等の譲渡等の特例の手続きに関する省令(平成25年厚生労働省令第60号)に基づく手続きを行う必要がある」という何とも仰々しい説明がなされていて驚くばかりだ。
ラゲブリオの医療機関および薬局への配分については、「現状、安定的な供給が難しいから、一般流通は行わず、厚生労働省が所有した上で、対象となる患者が発生した又は発生が見込まれる医療機関および対応薬局からの依頼に基づき、無償で譲渡することにした」と説明されている。さらに、「この趣旨を踏まえ、必要以上の配分依頼や在庫の確保および対象者以外への投与を控えるように」と但し書きをしている。
ラゲブリオの発注自体はMSDの登録センターにWeb上で登録しさえすればあっという間に済ますことができるのだが、実はこの登録を行う上で薬局に対してだけは厳しい条件を付けている。事前に都道府県への登録を済ませて都道府県のリストに掲載されていることが必須条件で、この際、厚労省から課された要件「夜間・休日、時間外、緊急時の対応(輪番制による対応を含む。)が可能であること」を満たさないと申請ができないことになっているのだ。
この24時間対応という要件が薬局に対する大きな負担となっていて、地域の診療所と連携しながら業務を行っているほとんどの薬局で登録申請できない事態に陥っている。院内処方と言って自らの診療所で薬剤を管理して調剤している診療所はともかくとして、特に院外処方箋を発行して提携する地域の調剤薬局に調剤を依頼している多くの診療所ではラゲブリオの処方ができない状況に置かれている。
2.24時間対応以外にもいろいろな縛りがあって迅速な処方を遅らせる要因となっている。
24時間体制を何とか構築して対応しているグループ薬局など(薬剤師会の所属していない薬局も多い)にしても、原則本剤は薬局が責任をもって患者宅へ届けることとされているので、そのことに対する薬剤師の負担も相当なものだ。感染者が爆発的に増大したらあっという間に破綻するシステムだろう。これでは多くの薬局がこのプログラムに参画できないのも無理はない。
このほか薬局が都道府県へ登録する際に期限を設けて限定したり(登録薬局数が極端に少なかったため期限は再三延長されたが、何の目的で期限を設けるのか全く理解できない)、院内処方の診療所を含め、発注は1回に付き3人分までと限定されているので、原則それを使い切るまでは次の発注ができない(当院でも1日に3人以上の陽性者が出ることも珍しくない)。原則的に発注は必要な患者が発生してから行うようにと指示されている(それでは到底その日には薬は渡せない)上に、また発注後に薬剤が対応機関まで届けられるには通常2-3日を要することを考えると、「ラゲブリオは効果発現のためには発症から5日以内に投与する」という原則も守るのが難しい状況だ。
今一番大切なことはいち早く必要な患者さんに経口薬を調剤することであって、冒頭で厚労省が説明していたような「安定的な供給が難しい」という理由だけで流通を制限することは何の意味もない。必要以上の備蓄をしようとする施設が現れるかもしれないとか、対象者以外へ投与するのではないかというような過剰なまでの懸念のために全体を俯瞰することができなくなり、それらの懸念とは比べ物にならないほど大きなしわ寄せが実際現場で起きていることを認識しなければいけない。
「コロナに罹患した人が重症化するのを防ぐ」という重大な使命を秘めた対策の大きな柱の一つなのだから、為政者の誤った方向付けは責任重大だ。いち早くこの薬を患者さんに届ける方法を考えてみると、それは診断医がその場で薬を渡すことであって、そのためにはコロナの診断を積極的に行っている医療機関に対してはむしろラゲブリオを備蓄させ、また調剤薬局に対しては(ほかの飲み薬と同様)窓口での調剤を認めるべきだ。早急に内閣府および担当大臣から厚労省に対して改善指示を出すべきだ。
(*)
現在練馬区には約230件の調剤薬局があるが、都道府県への登録を済ませ、さらにラゲブリオ登録センターへの登録も済ませて厚労省のリストに掲載されている薬局は56件ある(1月12日現在)。この中にはチェーン展開する薬局グループが多く含まれていて、地域の診療所と提携して調剤業務を行う薬剤師会員の薬局は約半数の約30件に過ぎない。
また、練馬区内にある約600件の診療所(すべての診療科を含む)の中で、ラゲブリオ登録センターへの登録を済ませ、ラゲブリオの処方が可能な診療所はまだ52件(1月12日現在)に過ぎない。
付記:
院内処方ばかりでなく院外処方(処方箋を発行して薬局に調剤を依頼する)でラゲブリオを処方する場合もラゲブリオ登録センターへの登録が必要なのだが、厚労省から東京都福祉保健局を介して診療所や薬局に送られてきた当初の通達説明文の中にはそのことがはっきり明記されていなかった。
その後の新たな通達(1月14日付)でこれらの詳細についての説明があり、ラゲブリオ登録センターへの登録済の医療機関及び薬局のリスト(一般には非公開)が始めて公開された。