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Vol. 264 子宮頸がん予防のための予算規模について

医療ガバナンス学会 (2010年8月17日 14:00)


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東京大学医科学研究所附属病院内科
湯地晃一郎
2010年8月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


【はじめに】

子宮頸がん予防ワクチンに対する国民の関心が高まっている。2010年7月21日には、患者会、学会、専門家、市民団体など23団体が、ワクチンの公費助成を求める要望書を、5万を超える署名と共に長妻厚生労働大臣に提出した[1]。また関東知事会も要望書の提出を行っている[2]。現在全国1747自治体のうち、2都県(東京都・山梨県)126市町村で公費助成制度が制定されている[3]。

このような社会的な動きを受け、8月4日、5日の第175回国会参議院予算委員会にて、長妻大臣が厚生労働省として子宮頸がん予防ワクチンに対する予算要求を行うと明言した[4]。菅直人総理大臣も、ワクチンに合わせてがん検診などを合わせて予防効果が期待できるので普及策が重要であり前向きに取り組むべきだと述べた[5]。8月16日には厚生労働省が、ワクチン接種助成事業として150億円を平成23年度政府予算に要求することが判明した[6]。しかしながらまだまだ予算配分は流動的である。

子宮頸がんはワクチン接種と定期検診を85%以上の女性に対して行った場合、ほぼ全女性で子宮頸がんの予防と早期発見が可能である[7,8]。来年から子宮頸がん予防ワクチンの公費補助が行われれば、検診・ワクチンの両輪が普及することで、日本においても子宮頸がんの予防が現実的になるだろう。
では、どの程度の額の予算規模が必要なのであろうか。本稿ではこれを論じる。

【検診の予算規模】

まず検診である。検診への予算措置については、政府は平成21年度に乳がんと子宮がんに216億円を計上し、無料クーポンの配布を実施している[9]。対象年齢は、子宮頸がんの場合、20, 25, 30, 35, 40歳の年齢(2009年の人口統計[10]によれば、約4000万人)としており、一定の年齢のみである[11]。平成22年度予算案では、76億円が計上されている(地方自治体が半額負担)[12]。
政府のがん対策推進計画では、2011年までにがん検診率を50%に増加させ、がん死亡率を2015年までに20%減少させるという目標を掲げている。しかしながら、政府が子宮頸がん検診のために予算措置をした際の想定検診率は、厚生労働省の公式な資料は無いものの、地方自治体の公表資料を調査すると 25%である[13]。想定予算算出の際には、政府の2011年目標である50%検診率の半分の値を使用していることになる。
検診の予算規模は、十分な対象層、金額とはいえないのが現状である。

【ワクチンの予算規模】

続いて子宮頸がん予防ワクチンについて、今後議論されるであろう予算規模の試算を行った。試算に必要なのは以下の数値である。

1)推定対象被接種者の人口
2)推定接種率
3)推定公費補助率
4)推定接種費用(ワクチン費用及び医療機関での手技料)

1)
日本産科婦人科学会や、子宮頸がん征圧を目指す専門家会議などが公表している推奨年齢は、11歳~14歳である[14]。これは諸外国の例と同じである。本稿でも11歳~14歳として3学年分を接種対象とし試算した。この年代の人口(女児)は、総務省人口統計では約174.6万人である。

2)
推定接種率であるが、接種率は100%と50%として算定した。日本では、全国の接種率についての情報はまだ公表されていない。報道によると、学校での集団接種を行っている栃木県大田原市では、接種希望者が98%になったとの報道がある[15]。また、全額公費負担をしており、また個別接種体制で接種している市町村(栃木県下野市)での接種率は、約4割弱であり、このままのペースだと下野市での推定接種率は約6割とされている[16]。今時点での正確なワクチン接種率推定は困難であるため、今回は接種率は100%と50%について試算した。ちなみに、英国での2008年~2009年の1年間のデータでは約88%となっている[17]。英国では希望者は無料でワクチンを接種でき、また集団接種という接種方法のためかなり高い接種率となっている。その他、先進約30カ国でも無料、もしくは無料に近い金額でワクチンの接種ができるが、保険制度で償還している国や、集団接種を行っていない国では、接種率は75%程度に留まっている。

3)
ワクチン接種費用の推定公費補助率については、現在補助を行っている地方自治体の約68%(86市町村/126市町村)が12,000円以上の補助、約 90%(113/126)の地方自治体が6000円以上補助を行っている[18]。ワクチン代も含め、接種費用が全額補助されると推定した。

4)
ワクチン費用と接種の際に医療機関で支払う手技料に関しては、ワクチン費用は12,000円、手技料は4,000円とし、3回接種を行う前提で算出した。た。米国などでは、個別にワクチンを接種する場合と国が買い上げる場合で、価格差が存在することから[19]、日本においても国が全額補助をする場合には、ワクチン費用が安くなる可能性がある。

以上の想定のもと、11歳~14歳(3学年分)を対象に予算規模を試算すると

・接種率100%の場合だと、約840億円[20]
・接種率50%の場合だと、約420億円

となる(接種手技料含む)。12歳のみの1学年とした場合は、単純にこの1/3となり、それぞれ約280億円、140億円となる。

【海外予算規模・接種状況】

各国の予算規模・接種状況について述べる。国として予算総額が算出できる、オーストラリア、イギリス、カナダについて記載した。米国については、国が子供たちの約半数に無料でワクチンを提供するプログラムを実施しているが、国と州を合わせた全体の予算としては州別に助成制度・接種制度が異なり、予算を算出するのが困難である[21]。

まず、オーストラリア。子宮頸がん予防ワクチン接種に国を挙げて取り組んでいる。予算は2006-2009年の4年間で総額436億豪ドル(日本円で 331.3億円)である。人口は2200万人。対象は12-13歳の学校接種、14-26歳の個別医療機関接種である[22]。

続いてイギリス。予算は2009-2011年の2年間で4億ポンド(日本円で532億円)である。人口は6200万人。対象は12-13歳の優先接種(毎年1億ポンド、総額2億ポンド)、14-18歳までの追加接種(総額2億ポンド)である[23]。

最後にカナダ。予算は3年間で300億カナダドル(243億円)である。人口は3200万人。対象は12-13歳の学校接種、14-18歳の個別医療機関接種である[24]。

我が国の人口規模に換算すると、毎年数百億円の規模を支出し、ワクチン接種に取り組んでいることが窺える。

【おわりに】

本稿では、子宮頸がん予防のための予算規模について述べた。検診の予算規模は乳がん及び子宮がんで約220億円、子宮頸がん予防ワクチンの予算規模は接種率50%で初年度420億円、次年度以降140億円という試算結果であった。諸外国の予算規模は、我が国の人口に換算した場合、数百億円規模でありほぼ同等であった。

はたしてこの数百億円の予算希望をどう考えるべきだろうか。子ども手当は、満額支給だと5兆円を超え、現在支給されている額で2兆7千億円である。自民党が主張しているように、所得上位10%へのこども手当を辞めた場合には、それで270億円の財源になる。さらには、医療経済効果としては、12歳女児全員に接種(接種率100%)した場合、社会全体として約190億円のコスト削減ができるという試算結果があり、費用対効果が十分期待できる[25]。子宮頸がん予防ワクチンと検診、さらには啓蒙や教育を合わせて総合的な予防策の普及が進み、その結果、子宮頸がんが予防できるという社会的、医学的意義は大きい。

8月16日に厚生労働省はワクチン接種助成事業として150億円を平成23年度政府予算に要求することを表明した。この要求は、経済成長や国民生活の安定などのため設けられる1兆円超の「特別枠」に対するものであり、今後厚生労働省政務三役が優先順位を付け、与党と調整して最終決定する。さらには、特別枠をめぐっては、各省庁の要求を公開の場で議論する「政策コンテスト」を実施し、予算配分を決めることになっており、まだまだ予算決定までは流動的な状況である。

民主党は、自ら「Children First, コンクリートから人へ」を謳っている。前述のように、また要望書提出などに見られるよう、子宮頸がん予防に対する国民の要望は強い。
子宮頸がん予防に対してどのような計画と予算規模を提示し、財務省・政府との交渉を経て、最終的にどのような政策を打ち出すのかを注目していきたい。

【参考資料】
[1] 子宮頸がんワクチンの公費助成求め、23団体が合同で大臣に要望, ロハスメディカル, 2010年7月21日. http://lohasmedical.jp/news/2010/07/21133723.php
[2] 子宮頸がんワクチン助成を, 関東知事会が国に要望書 産経ニュース、2010年5月25日. http://sankei.jp.msn.com/life/body/100525/bdy1005251858008-n1.htm
[3] 各市区町村における子宮頸がん予防ワクチン助成制度調査(7月23日現在)(回収率99.4%)
[4] 子宮頸がんワクチン公費助成、予算要求へ 厚労相. 朝日新聞, 2010年8月5日. http://www.asahi.com/health/news/TKY201008050083.html
[5] ワクチン助成に前向き 参院予算委で首相. 産経新聞2010年8月5日. http://sankei.jp.msn.com/life/body/100805/bdy1008051701004-n1.htm
[6] 子宮頸がん予防に150億円 厚労省、予算特別枠で要求へ. 産経新聞, 2010年8月17日. http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100817/plc1008170928006-n1.htm
[7] Franceschi S et al, Int J Cancer. 125: 2246-55, 2009.
[8] 湯地晃一郎. 子宮頸がん予防ワクチン:その有効性と安全性について. MRICメールマガジン 2010年8月12日. http://medg.jp/mt/2010/08/vol-260.html#more
[9] 厚生労働省 女性特有のがん検診推進事業について:http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/gan10/pdf/gan_women07.pdf
[10] 総務省統計局:人口統計(2010年10月1日現在)
[11] 厚生労働省 女性特有のがん対策の推進について. http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/gan10/pdf/gan_women07.pdf
[12] 厚生労働省 健康局総務課資料 http://www.wam.go.jp/wamappl/bb14GS50.nsf/0/c5bfb1be63e59922492576c100055714/$FILE/20100205_2tenpu_2.pdf
[13] 地方自治体のHPで公表の予算資料(例:大阪阪南市など)
[14] 日本産科婦人科学会など3学会による要望書、及び子宮頸がん征圧を目指す専門家会議要望書. 2009年10月. http://www.jsog.or.jp/statement/pdf/HPV_20091016.pdf
[15] 小6女子98%接種希望 大田原市・子宮頸がん予防ワクチン. 下野新聞. 2010年4月29日. http://www.shimotsuke.co.jp/town/life/medical/news/20100429/315916
[16] 子宮頸がん:小6女子・費用全額助成の下野市で、ワクチン接種4割弱. 毎日新聞栃木版. 2010年7月30日. http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20100730ddlk09040131000c.html
[17] Annual HPV vaccine uptake in England 2008/09 (Department of Health)
[18] 各市区町村における子宮頸がん予防ワクチン助成制度調査(7月23日現在)
[19] CDC Vaccine Price List: http://www.cdc.gov/vaccines/programs/vfc/cdc-vac-price-list.htm
[20] 174.6万人x ((12,000円+ 4,000円) x 3回) x 100% = 838億円
[21] Mirkin J and Bach P. Human papillomavirus vaccine coverage — Author’s reply. The Lancet, 376(9738)330, 2010.   http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2810%2961181-6/fulltext
[22] オーストラリア政府公表資料:http://www.health.gov.au/internet/ministers/publishing.nsf /Content/487014123B6EBBA1CA257234008126EC/$File/abb155.pdf
[23] イギリス政府公表の記事:http://www.emaxhealth.com/48/17583.html
[24] カナダ議会公表資料:http://www2.parl.gc.ca/Content/LOP/ResearchPublications/prb0821-e.pdf
[25] 今野良,笹川寿之,福田 敬. 日本人女性における子宮頸癌予防ワクチンの費用効果分析. 産婦人科治療. 97:530-542, 2008. (接種手技料を含まない試算)

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