医療ガバナンス学会 (2010年9月3日 06:00)
子宮頸がん予防対策強化事業の正当性は、
ヒブ・肺炎球菌ワクチンの即時定期接種化が無ければ否定される
細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一
2010年9月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
発言者は足立政務官であるが、これはこの事業をトップダウンで決定した長妻昭厚生労働大臣をはじめとする厚生労働省全体の合意事項だろう。このことが予防接種部会に諮られ確認されたと言う事実は極めて重大な意味を持つ。これは予防接種行政の大転換だ。
【予防対策強化事業は子宮頸がんだけではない】
HPVワクチンについてはまだ議論がある、というのは定期接種化すべきかどうか、ということについてである。すなわち、政府が繰り返してきた「有効性・安 全性の検証」という定期接種化の絶対条件をクリアしているかどうか「議論がある」ということであり、「情報収集して判断、評価する必要がある」とはこの有 効性・安全性について検証するということに他ならない。
HPVワクチンの定期接種化に向けて有効性・安全性の検証を行うにあたり、任意接種費用を国が1/3助成し、啓発や市町村が加入する保険の保険料なども国が負担するということである。そのための「子宮頸がん予防対策強化事業」を創設する。
従来は、例えば細菌性髄膜炎を予防するヒブワクチンや小児用肺炎球菌ワクチンは、私たちが定期接種化を要望しても「有効性・安全性を確認してから」との条 件を突きつけられてきた。そしてその有効性・安全性の確認は、完全なる任意接種下で実施されてきた。接種費用は費用助成をする地方自治体はあるものの基本 的には全額保護者負担であり、啓発も患者会やメーカー、医療従事者の自発的な取り組みに委ねられてきた。要は国は殆ど一切について関与せず、民の負担で勝 手にやってください、データがそろいコンセンサスが得られたら定期接種化しますよというスタンスだったのだ。今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」は任意 接種費用も国が助成する、啓発も健康被害対応も国がお金を出すと、従来のプロセスを180度転換する内容だ。
これは極めて大きな転換である。なぜなら、今後、不活化ポリオワクチンを含む混合ワクチンやロタウイルスワクチン、4価のHPVワクチンなど導入が予定さ れている数多くのワクチンについても、今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」で実施される有効性・安全性の確認や接種の啓発、健康被害救済のための保険料 の公費負担などは行われることが期待できるからだ。少なくてもHPVワクチンと同様に世界保健機関(WHO)が定期接種化を勧告しているワクチンが新たに 導入された場合は、今回のHPVワクチンと同様に定期接種化を前提とした「●●予防対策強化事業」が立ち上げられてしかるべきであろう。まさに「ワクチ ン・ギャップ」解消に向け、非常に大きな手を打ったと言える。
【ヒブと肺炎球菌の有効性・安全性は確認された】
ヒブワクチン、小児用肺炎球菌ワクチンについては予防接種部会の委員の質問に対し、「コンセンサスは得られている」との回答がなされている。ここで言う 「コンセンサス」とは有効性・安全性を含む定期接種化についてのコンセンサスを指すのであり、そしてここで名指しされたヒブや肺炎球菌だけではなく、既に 部会にファクトシートが提出された8つのワクチンのうち、HPVを除く7つについても含まれるものと理解できよう。
仮にヒブと肺炎球菌以外についてはコンセンサスを得られていないとするのなら、他の5つについてもHPVと同様に予防対策強化事業の対象にしなければなら ない。対象にしないのならその理由を説明する必要があるだろう。もちろん、「先に提出されたファクトシートでは有効性・安全性は確認できない」という科学 的見解も表明する必要がある。
それらがない以上、HPVを除く7つのワクチンについては定期接種化のコンセンサスが得られていると考えるのが合理的であろう。
上記の疑問は残るものの、少なくても名指しされたヒブと肺炎球菌については、定期接種化を決断しない理由は無くなったといえる。何故なら政府が公式に「コ ンセンサスを得られた」ことを公言したのだ。逆に「ヒブと肺炎球菌ワクチンはコンセンサスが得られているがHPVは得られていない、だから予防対策強化事 業により検証する」の前半部分が否定されたら、後半部分、すなわち子宮頸がん予防対策強化事業も否定されてしまう。ヒブと肺炎球菌はコンセンサスを得られ ているから予防対策強化事業の対象とせず、HPVだけを対象とするのだ。ヒブと肺炎球菌について定期接種化のコンセンサスが得られていないのならHPV同 様に予防対策強化事業の対象としなければならなくなる。つまり、子宮頸がん予防対策強化事業の正当性を主張するには、ヒブと肺炎球菌の定期接種化を即時に 決断しなければならず、これができなければ子宮頸がん予防対策強化事業の正当性も否定されてしまうことになるのだ。
【期待されるトップダウンによる定期接種化】
私は子宮頸がん予防対策強化事業は大臣のトップダウンで決定されたと理解している。
何故なら予防接種部会では同事業について議論されたことは無く、また、政治主導を標榜する民主党政権下で事務局が部会での議論を飛び越えて事業を提案することはありえないであろうと考えられることから、消去法として残るのは大臣のトップダウンしかないことになる。
7月21日に23団体が長妻厚労大臣に子宮頸がんワクチン接種への公費助成を求めて養成したのに対し、「他にもHibワクチンの問題などあり、そうした問 題も含めて予防接種部会で検討してもらう」と大臣が語ったことが報じられている。「予防接種部会で検討してもらう」、これは私たち細菌性髄膜炎から子ども たちを守る会が3月23日に細菌性髄膜炎関連ワクチンの定期接種化を求めた際と同様の回答である。各種団体の要請に対し、大臣の答弁が慎重になることは十 分に理解できる。23団体の要請に対し「予防接種部会で検討」と回答したが、一ヵ月後にトップダウンで指示を飛ばすことは当然に有り得る事であろう。事 実、予防接種部会は7月7日に開催された以降、ほぼ2ヶ月近く開催されなかった。ファクトシートをごく短期間で作製するように指示したにも関わらず、報告 を受けた部会から2ヶ月近くも部会を開けなかったことはどのような事情があったのかは不明であるものの、大臣の本意ではなかったのではないか。患者会に部 会での検討を約束したものの、遅々として部会を開くことができず、業を煮やして大臣が直接指示を飛ばした、としても不自然ではない。
このように考えると、ファクトシートの作製を急がせたことも含めて、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化についても大臣の目論見からは随分と遅れているの ではないだろうか。僅か一月にも足りない時間でファクトシートの作製を命じているのだから、2ヶ月近くに及ぶ空白期間は致命的であろう。予防接種部会では 「ワクチン評価に関する小委員会」の設置が確認され、11月下旬の部会への報告を目処としたスケジュールが予定されているが、既に大臣の目論見より大幅に 遅れているのであるから、これらの予定が遅れるような様子が見えた場合、大臣のトップダウン指示が飛んでも不思議ではないだろう。
繰り返しになるが、子宮頸がん予防対策強化事業が正当性を主張する前提は、ヒブと肺炎球菌の定期接種化である。その定期接種化が遅れるということは同事業の正当性が揺らぐことであり、かつ、大臣の政治判断の正当性が揺らぐことでもある。
【説明責任は果たされているか、政治主導の本質に関わる問題】
「子宮頸がん予防対策強化事業に150億円」「HPVワクチン公費助成へ」。これらの見出しを報道で目にした際、私は正直なところ驚き、そして戸惑った。 何故、HPVだけなのか。何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか。何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか、と。8月28日、29日に福岡県 で開かれた日本外来小児科学会年次集会の会場でも、多くの小児科医たちは私と同様の「何故」を繰り返していた。恐らく、これは学会参加者に限らず、多くの 国民が抱く疑問であろう。
私は、どのワクチンが優先されるべきという議論をするつもりは無い。私は細菌性髄膜炎に罹患した子どもの保護者であり、VPD被害者の保護者である。故 に、VPD被害を防ぐためのワクチンはすべて定期接種化すべきだと考えている。ただ、現実問題として限られた予算の中で、どれか一つを選ばなければならな いという状況が生じることは理解できる。ただし、その際に「科学的には定期接種化すべきと判断できるが、財源が無いのでどれか一つを選ばなければならな い」と言うべきで、政治判断で科学的判断を捻じ曲げて「定期接種化には時期尚早」等というべきではない。その上で、そのどれか一つを選ぶことについて「い つ、どこで、だれが、どのような理由」で判断したのかを明らかにしなければならない。そうでなければ、20年といわれるワクチン・ギャップを生じ続けてき た政権交代前のワクチン行政と何も変わらないことになる。今回、「いつ、どこで」については明らかにされていないが、大臣がトップダウンで決めたことは明 らかであり、「どのような理由」は予防接種部会で足立政務官が政府を代表して発言した内容がすべてであろう。そのように考えると、国民の多くが抱いた「何 故?」の大半は理解できる。
「何故、HPVだけなのか」は、ヒブや肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られているからであり、定期接種化のためにこれ以上、有効性・安全性を確認 する必要は無いからである。「何故、定期接種化ではなく、費用助成なのか」は、HPVワクチンについては定期接種化の前提となる有効性・安全性について情 報を収集する必要があるからである。「何故、疾病、さらに部位までを限定した事業なのか」は、WHOが勧告するワクチンの一つ一つに対応するためのスキー ムであり、疾病とワクチンを限定する必要があるからである。もしこれらの理解が異なるのであれば、政府の説明は不十分極まりないだろうし、寧ろ「誤解を生 む」いただけない説明となる。さらに、理由を全く説明していないことと同じであり、それを良しとするのなら、民主党政権が掲げた政治主導とは官僚の密室主 義を政治家が受け継いだだけのまがい物であろう。
長妻大臣はかなり大きな「政治決断」により「予防接種制度の大改革」をトップダウンで実践し始めた。説明責任を十分に果たしたかどうかについては疑問を残すが、下した決断は予防接種行政の歴史に刻まれる大きなものであろう。
【政府は大きなミッションを義務付けられた】
仮に今回の「子宮頸がん予防対策強化事業」が単発で終わり、ヒブや肺炎球菌ワクチンの定期接種化という決断を年度内に下せなかったとしたら、それは説明し た理由から導き出されるミッションを果たせなかったことになるであろうし、何故できなかったのかの説明が求められることになる。今回、説明されたことは 「ヒブと肺炎球菌は定期接種化のコンセンサスが得られている」こと、「HPVワクチンは定期接種化のための有効性・安全性にまだわからないことがある」こ とである。そこから導き出されるミッションはヒブと肺炎球菌ワクチンの定期接種化であり、WHOが定期接種を勧告したワクチンの有効性・安全性を政府が任 意接種費用や啓発、健康被害救済のための保険料を負担し検証するスキームの確立である。これらのミッションが遂行されるのか否か、注意深く見守りたい。