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Vol. 277 医薬品の適応外使用

医療ガバナンス学会 (2010年9月4日 06:00)


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医薬品の適応外使用
井上法律事務所 弁護士 井上清成

2010年9月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1 ドラッグ・ラグ問題と適応外使用

この6月から8月にかけ、中央社会保険医療協議会(中医協)や厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」(検討会議)で、ドラッ グ・ラグ解消に向けた議論が行われた。ドラッグ・ラグ問題とは、欧米では製造・販売・使用の認められている医薬品が、日本では薬事法上の製造販売の未承認 や一部の適応(用法・用量・効能・効果)未承認のゆえに、患者や医師の要望にもかかわらず健康保険の診療で使用できない、という問題である。

2 55年通知の活用の試み

中医協ではいわゆる「55年通知」の活用が試みられた。「保険診療における医薬品の取扱いについて」と題する昭和55年9月4日付け厚生省保険局長通知 のことである。そこでは「保険診療における医薬品の取扱いについては、厚生大臣が承認した効能又は効果、用法及び用量によることとされているが、有効性及 び安全性の確認された医薬品(副作用報告義務期間又は再審査の終了した医薬品をいう)を薬理作用に基づいて処方した場合の取扱いについては、学術上誤りな きを期し一層の適正化を図る」とし、それに基づき一部の医薬品については適応外の使用が保険診療で認められていた。この取扱いを普遍的に拡大しようとする 試みである。
しかし、その通知は、あくまでも再審査期間(通常は8~10年)終了後の医薬品の適応外使用に限定されていた。そのため、早期の適応外使用の拡大にはつながらない。結局、中医協としても、通知活用の試みを断念した。他の方策を模索していくらしい。

3 公知申請の活用の試み

他方、検討会議ではいわゆる「公知申請」の活用が試みられた。もともとは「適応外使用に係る医療用医薬品の取扱いについて」と題する平成11年2月1日 付け医薬安全局審査管理課長・健康政策局研究開発振興課長通知のことである。そこでは「臨床試験の全部又は一部を新たに実施することなく、当該資料により 適応外使用に係る効能又は効果等が医学薬学上公知であると認められる場合には、それらを基に当該効能又は効果等の承認の可否の判断が可能であることがあ る」とされ、薬事法上の製造販売承認の一部変更の承認の申請を認めていた。薬事法第14条第9項の一部変更承認を弾力的に運用するものらしい。
薬事・食品衛生審議会が公知申請のための事前の評価を開始した医薬品については、その適応外使用が保険外併用療養費制度の対象となる。当面はジェムザー ル注射用が卵巣癌に使用できるなど、5成分7適応が認められるらしい。ドラッグ・ラグ解消のための第1歩と評価しえよう。
ただ、まだ認められる件数が少なく、抜本的なドラッグ・ラグ解消策には至っていない。

4 ドラッグ・ラグ問題の法的な元凶

医薬品の適応外使用は、健康保険の診療における医薬品使用の問題である。しかし、健康保険の診療を規律する法律である健康保険法にも、厚生労働省令であ る保険医療機関及び保険医療養担当規則にも、適応外使用を禁止する明文の規定はない。適応外使用の規定が初めて登場するのは、診療報酬や薬価基準などを定 める大臣告示と同じ厚生労働省告示のレベルである。厚生労働大臣の告示とそれより下位の通達である保険局長等の通知を駆使して、何としても適応外使用を禁 止しようと試みているように思う。他方、薬事法は製造販売の承認などの製造流通分野を中心として規制するものに過ぎず、医薬品の使用・投与といった使用分 野を規制するものではない。薬事法の法体系と健康保険法の法体系とは、もともとその規制分野が異なっている。だから、薬事法関連法令をもって健康保険法関 連分野を規制することはできない。
ところが、あたかも薬事法関連法令をもって健康保険法上の保険診療を規制しているかのような現象が起きてしまった。健康保険法関連の告示や通知に、薬事 法関連法令を流用して取り込んでしまったからである。この現象こそがドラッグ・ラグ問題の法的な元凶であるように思う。ドラッグ・ラグ解消のためには、こ の現象の法的からくりを整理することが欠かせない。

5 適応外使用禁止の法的からくり

保険診療における医薬品の適応外使用禁止の法的テクニックは、大きく分けて2つある。
まずは、本来は健康保険法に基づき省令である療養担当規則で規律すべきところを、省令を飛ばして、一段下の告示で規律し通知で運用しようとした。要と なっているのが、「厚生労働大臣の定める評価療養及び選定療養」と題する平成18年9月12日付け厚生労働省告示である。その第1条で、健康保険法第63 条第2項第3号に定める評価療養の具体的なリストを初めて規定し、その一つに適応外使用禁止を紛れ込ませた。第1条の第6号として、「使用薬剤の薬価(薬 価基準)に収載されている医薬品〔別に厚生労働大臣が定めるものに限る〕の投与であって、薬事法第14条第1項又は第19条の2第1項の規定による承認に 係る用法、用量、効能又は効果と異なる用法、用量、効能又は効果に係るもの〔別に厚生労働大臣が定める条件及び期間の範囲内で行われるものに限る〕」と定 められている。この規定は本来ならば省令である療養担当規則で定められるべきところを告示で定め、そして、告示は実質的に省令たる療養担当規則に反してい るとも解釈されよう。この点に焦点を絞った法的議論が必要である。
また、本来は「使用」を規制する健康保険法の法体系独自で規律すべきところを、本来は「製造流通」を規制するだけで「使用」を規制していない薬事法の法 体系を流用した。健康保険法と省令たる療養担当規則に基づく告示の一つである薬価基準では、品名・規格単位・薬価を定めるのみであり、適応(用法・用量・ 効能・効果)は定めていない。つまり、本来ならば国際的に見て「特殊な(「特別」より一層上を意味する)療法」や「新しい療法」でない限りは、療養担当規 則第18条にも抵触せず、適応外使用は禁止されていないはずである。この点も加味した法的議論も必要であろう。
これらの法的からくりを十分に認識して、ドラッグ・ラグ問題解決に向けた法的議論の展開されることが今後は期待される。

(月刊『集中』2010年8月31日発売号所載)

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