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Vol. 283 耐性菌が生まれるのは病院の責任ではない。医療機関叩きを止めよ!

医療ガバナンス学会 (2010年9月8日 15:00)


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厚生労働省 医系技官 木村盛世


殆どの抗菌剤に効かない、多剤耐性Acinetobactor baumanniiの院内感染が発生しました。厚労省ではこれを受けて、院内感染が起きた病院への立ち入り調査と、医療機関に対する報告を徹底するよう求めています。死亡例が出たこともあり、メディアは大々的に報道しています。特に一部の報道機関は、「業務上過失致死」で立件されるのではないかとの記事を掲載しています。

 

私はこの一連の流れをみて、明らかに異常だと思います。Acinetobactor baumanniiは、確かに通常の細菌よりも恐ろしい病原体です。マイナーリーグのピッチャーであった、Richard Armbruster氏が78歳で命を落としたのも、この細菌によるものでした。現役を引退した後も70歳になるまで野球を楽しんできた彼が、通常の骨頭置換術を行うために入院したSt.Lous Hospitalで、何らかの耐性菌による敗血症よって78歳で亡くなりました。彼の死の当日まで、原因となる病原体がなんだか分かりませんでした。

 

2010年2月27日付けのThe NewYork Timesは、Armbruster氏の死をエピソードに取り上げ、「抗菌剤にひるまない感染症の脅威の台頭」として記事を発信しています。「Acinetobactor baumanniiのようなグラム陰性菌はMRSA(多剤耐性黄色ブドウ球菌)のようなグラム陽性菌と比べて質が悪いのです・・・グラム陰性の耐性菌は私たちがパイとして持っている全ての抗生剤に耐性をしめすのですから」この記事で、UCLA medical center Brad Spellberg医師は、こう発言しています。構造的にもグラム陰性菌は、陽性菌より抗生剤に対して強いのです。

 

なぜ、このような多剤耐性菌が生まれてくるのでしょうか。それは抗生剤という細菌を殺す薬を使うからです。「正しく使えば耐性菌は発生しない」と主張する専門家もいますが、これは正しくもあり、誤りでもあります。ウイルスで引き起こされるカゼに対して、抗菌剤を出せば、耐性菌を生みますから、こんな事をしてはいけないのは誰でも知っています。しかし自分がそうしなくても、耐性菌は何処かから入り込んできます。

 

感染症は私たちが決して逃れられない脅威です。これに威力を示すのが抗菌剤ですが、抗菌剤を使う限りは、耐性菌は常につきまといます。今の流れをみると、「立ち入り検査」→「報告義務づけ」→「耐性菌を作ってはならない、院内感染を起こしてはいけない、という圧力」→「犯罪行為として立件」という流れが見えてきます。これを実質的に指導しているのは、厚労省医系技官です。

 

勿論、耐性菌がどの程度の威力で、どれだけ広がったのかという調査は必要です。しかし、問題は目的です。実態をしらべるのは疫学調査であり、疫学調査は、原則として「論文にまとめて世界への情報提供として発信する」ためのものであり、今後の対策に反映させる、という学術的かつ政策的な側面があります。ところが、今の厚労省が行っているのは「犯人捜し」であり、その目的は医療機関に圧力をかけ、自分たちの権威を知らしめるという目的です。なぜ権威を振り回すのかといえば、臨床現場を殆ど知らない医系技官の臨床コンプレックスのあらわれではないか、と思います。その最たる例が「医療事故調査委員会」であり、医師が医師を裁くという、世界で全例をみない酷い政策です。

 

医系技官の役割は、日本国民というマスの健康問題を考え、向上させることにあります。そのためには現場の医療機関の活動が不可欠です。権威を持つものは、それを社会の益に還元するためにその力を行使すべきです。そうでなければ、医系技官の存在理由自体が問われることになります。

 

繰り返しますが、耐性菌が広がったからといって、「業務上過失」で公安が乗り込むこと自体おかしいのです。そして、厚労省がやらなければならないのは、世界中で最もお粗末なひとつと言われる、我が国の感染症サーベイランス体制を構築することと正確な情報開示こそがやるべき事であり、報告作成を強要し、現場の負担を増やすことではありません。

 

もう一つの権力と言われるマスコミも、自分たちの力を間違って使わないことを、切に願います。今のような報道を繰り返せば、医療機関が疲弊し、自分自身や家族を診る医師がいなくなるということを、考えてみてはは如何でしょうか。

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