医療ガバナンス学会 (2022年5月6日 06:00)
三重大学大学院工学研究科建築学専攻 准教授 近藤早映
東京大学大学院工学研究科 教授 大澤幸生
2022年5月6日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
対象地は、静岡県下田市である。下田市では、市役所がいち早く「Stay with Your Community」原理に目を付け、この原理を取り入れた独自のコロナ対策である「下田モデル」を2021年7月から実施している。その一環として、健康状態とあわせて「コミュニティ外の人との接触人数」を記録する下田カード( https://shimoda-cci.or.jp/news/post-48.html )を市民に配布した。昨年夏に感染が拡大しかけた際、このカード導入から約4~5日(およそウィルスの潜伏期間)で急激に新規感染者が減少しており(後述の市長メッセージビデオ参照)、市も「Stay with Your Community」提言者も一定の効果が認められると評価した。しかし、再び感染者数が増加する可能性が示唆される中で、このカードが多くの市民に認知され観光客も含めた利用を促進するために何らかの策を講じたいという下田市から依頼を受け、策を検討するワークショップを2回に分けて実施した。
1回目のワークショップは、2021年8月に、下田市役所の企画、総務、財務、観光交流、建設、市民保健、福祉、学校教育の部局に所属する職員13名を対象に、筆者らが全体をファシリテートするハイブリッド会議形式で実施した。市役所職員は、下田モデルカードを比較的よく利用している下田市民であるので、利用促進に向けて実効性のある新型コロナ感染対策を考案するには適任の参加者である。初回となるこの回では、下田モデルカードの更なる利用促進を目的とし、原時点でのカード利用における課題をあぶり出した。その課題に対し、(1)2日間(短期)×(2)2週間(中期)×(3)2か月間(長期)の異なるスケジュールの中で、自分たちが確実に実施できる改善アクションを提案しあった。ここで肝になるのは、「自分たちが確実に実施できる」ことを意識することである。
ワークショップでは、課題と改善案を出し合ったり、大きなビジョンを話し合ったりすることはよくある。しかし、冒頭でも述べたように、行動変容を「お願い」されている立場から自ら実行に移す主体になるには、単なる意見の共有ではなく、自分なら何ができるのかを具体的に想像し言語化する(ある意味宣言する)ことが必要である。なお、2日、2週間、2か月という期間は、下田市との相談の上で市民が短期・中期・長期のアクションをイメージしやすい長さとして設定した。
実際に、参加者は、共有した「面倒くさい」「下田モデルカードを知らない」「インセンティブが弱い」「他の方法(体調管理アプリなど)がある」等の個々の課題からそもそも下田モデルカードによって「Stay with Your Community」の普及を目指すというポイントが伝わりにくいという本質的な問題をあぶり出し、下記のアクションを宣言した。各アクションの個別案は、紙面の関係で割愛する。
(1)短期アクション:カードの存在や意図を伝える方法や配布場所を再検討する、何を一番に伝えたいのかの内容を検討する
(2)中期アクション:カードに付与する特典を再検討する選考会を開催する、キャッチコピーを開発する
(3)長期アクション:市職員のみならず商工会議所や市内の若者を含む横断的な下田モデルカード推進体制を構築する
その後、下田市では、上記のアクションの一部が実行に移され、学校配布用にリデザインされた下田モデルカードが発行された。さらに、コロナ対策と観光客の受入れの両立を継続することを前提に、新カードのデザインと一層の利用促進を図る方策を検討する2回目のワークショップを、2021年11月に開催した。参加者は、1回目のワークショップで提案されたアクション(3)の推進体制を実装することも狙い、若手の市役所職員と市内の飲食事業者や観光事業者で構成した。
その結果、「カードを紛失しやすい」「持ち歩きが面倒」「スマホアプリにしてほしい」「書き込むのを忘れがち」「モチベーションを維持できない」「字が小さく見づらい」「体温測定や記入、持ち運びを忘れる」などのネガティブな意見のほか、「習慣化しやすい」「他の人と一緒にできる」などポジティブなコメントも得られたのが、新たな成果であった。
これは、1回目のワークショップを経て、特に市役所の職員の中で、下田モデルカードへの関心が開いた結果としても見ることができる。さらに、前回のワークショップであぶり出した本質的な問題である「Stay with Your Community」の意図の伝わりにくさについて建設的な意見交換がなされ、カードの見た目に係るデザインアイデアだけでなく、誰が意図を伝えるのが最も効果的なのかを議論することで、参加者以外の人々の関心を開くことにまで意識が広がった。カードのデザインはシンプルかつ効果的な情報を伝える内容に改訂され、市長から直接の市民に語るメッセージ動画も併せて下田市役所のHPで配信されている(下記がURL)。
https://www.city.shimoda.shizuoka.jp/category/information_on_coronavirus_disease/147884.html
このように、下田市では、お上からの「お願い」であった行動変容を各人の関心を開くステップバイステップの取組みによって市民の腑に落ちるボトムアップ的な行動へとつなげることが可能であることが示された。これは、経営工学の分野で知られている組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior:OCB)の発展形として捉えることができると筆者は見ている。OCBとは、極めて簡単に説明すると企業や組織内における「自発的なおせっかい」である。OCBの発現に相関性を持つのは人間関係を築く能力や他者の意図を察知する能力、環境適応能力とされる社会的鋭敏性等といわれているが、今回行ったような自発的かつ組織的な社会貢献活動は、OCBを規定する何らかの要因や因子と関連し、参加者の社会的な行動を変容させていると考える(この要因や因子を探るのが筆者の目下の研究テーマだ)。感染拡大のような社会的現象に対峙するための科学的知見をそれぞれの人が自らの生活に受け入れるためには、給与などの個人的利益のみならず公共の利益に各自が関心を醸成する必要がある。
私たちは今後も、感染症に留まらず、複雑化する様々な社会課題に対峙していかねばならないのであるが、このような仮説に支えられたボトムアップの取組は、持続可能な地域社会の構築に資すると考えているので、今後も様々な地域で展開してゆきたい。また、様々な分野の専門家とも意見を交わして取り組みの手法をブラッシュアップしたいと考えている。