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MRIC Vol.22092 医療過誤における医療機関の対応について(2)

医療ガバナンス学会 (2022年5月9日 06:00)


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この原稿は月刊集中5月末日発売号に掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2022年5月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.警察介入の回避

前回は、「医療過誤における医療機関の対応について」は、何よりもまず「警察介入の回避」を心掛けるべきであることを述べた。司法解剖でなく病理解剖で、異状死亡の届出でなく異状死体の届出を、民事よりも刑事を誘発しないように、死亡診断書の作成は搬送先でなく搬送元で、といった項目である。
今回は、それらに続いて、医療事故調査制度との関係について述べたい。

2.医療事故調査制度の効用

もともと歴史的には、医療事故調査制度の制度設計は、前述のとおりの警察介入の回避策が確立したところで、方向性も決まって本格化したのであった。
つまり、医療事故調査制度が動くと警察介入が誘発されるようなシステムになっては良くないので、警察と医療事故調査とをいわば切り分けるべく仕組みを作ったのである(技術的な詳細はここでは省略)。
さて、切り分けられた医療事故調査制度は、医療安全推進活動の基本原則を明確に織り込んだものとなった。国家的な制度である医療事故調査制度において織り込まれた「基本原則」は、各種の医療安全推進活動の基礎的な規範となっているのである。このことこそが、医療事故調査制度の「効用」と言ってよい。
基礎的な規範としては、院内委員会中心、徹底した秘匿性(非識別化)、当該医療従事者からの事情聴取の必要不可欠性、医療記録の迅速かつ十分な整備、といったところが実務上特に重要なものである。

3.院内検証委員会の活用

実際のところ、もともと医療事故調査制度の対象となる件数は、決して多いものではない。それまでの各種の医療安全推進のための制度と異なり、適用要件を厳格化したからであった(予期しなかった死亡、医療行為に起因した〔疑いも含む。〕死亡の2要件の切り分けとその並立)。
しかし、医療事故調査制度そのものの対象とはならなくても、それを契機に、院内検証を行えばよい。つまり、院内検証委員会を組織して、それを活用すればよいのである。
そして、この院内検証委員会に対しても、医療事故調査委員会の基礎的な規範を準用していく。院内委員会を中心とし、徹底した非識別化をして、当該事例の関係医療従事者からの詳細な事情聴取を必ず行い、また、それらに先立って迅速かつ十分な医療記録の整備を行う。
これらのことが医療安全推進の活動そのものになるのは当然のこととして、さらには、それに留まらず、「医療過誤における医療機関の対応」の中核ともなっていくのである。

4.カルテの追加・補充記載の活用

院内検証を十分に適切に行うためには、その前提として、医療記録が必要かつ十分に整備され、特にカルテがきちんと記載されていなければならない。実際のところ、看護日誌は詳細に記載されてはいるものの、カルテが不十分である例がよく見られる。
現在において、カルテ記載については、たとえば民事訴訟においては「カルテに記載されていないことは無かったものと推認され、逆に、誤った記載であってもカルテに記載されていればそのとおりに有ったものと推認されかねない」状況と言えよう。そこで、迅速かつ十分なカルテの補充記載・修正記載といった追加記載が要請されざるをえない。
実際、医師法第24条第1項には「医師は、診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。」と定められ、療担規則(正式には、保険医療機関及び保険医療養担当規則)第22条にも同様に、「保険医は、患者の診療を行った場合には、遅滞なく、様式第1号又はこれに準ずる様式の診療録に、当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない。」と定められている。ただ、これらの条文があるから、「もしも遅滞したら追加記載をしてはならない」と勘違いする方もいるらしい。しかし、これらの条文は「もしも遅滞したら追加記載をしてはならない」とは規定していないのである。当然、遅滞しない方が好ましいし、遅滞して追加記載したらその信用性は何かしら低下するであろうが、しかしながら、たとえ遅滞したとしても記載すべきことは記載するし、誤った記載は訂正するのが当り前であろう。
したがって、不記載や誤記載に気付いたら、その時点で速やかに追加記載をすべきなのである。遅滞しているのだから最善の策とは言えないであろうが、分かった時点で速やかに改めるのであるから、できうる限りの次善の策とは言いうるであろう。

5.患者・家族への誠実かつ丁寧な説明

患者・家族に対しては、過誤があろうと無かろうといずれにしても、事柄の性質に応じた質と量によって、誠実かつ丁寧に説明しなければならない。なお、このことは、紛争への対処とか係争の要領というわけではなく、医療そのもののプロセスの一環である。いわば医療の外側のことではなく、医療の内側のことであると言えよう。医療の内なることとして、つまり、医療のプロセスの一環として、当然に行うべきことなのである。
ただ、事柄の性質によっては、軽々にすべきことでもない。とにかく早く早くと言わんばかりに迅速にすればよいというわけでもないのである。もしも早く行うことばかりに心を奪われて、誤った説明をしてしまったら取り返しがつかない。患者・家族は最初の説明こそが頭にこびりついてしまい、後になって最初の説明が間違いでしたといくら謝っても信じてはもらえない(と思った方がよいのである)。つまり、少し遅れてしまってその間に怒られたとしても、丁寧に内部プロセスを踏んだ上で、正確なことを(遅れたことだけは謝罪しつつも)誠実に丁寧に説明した方がよい。遅れただけで紛争でもないものが紛争化することはほとんどないけれども、最初の説明が間違うと紛争でないものまでが紛争化することもある。つまり、最初の説明は慌てて軽率にすべきではないと言えよう。(なお、現在は、患者・家族が隠し録音をすることは、当り前だと思う方がよい。不快ではあるけれども、別に取り立てて怒るほどのことでもないし、むしろそういう隠し録音中の状況下だと留意しつつ、より慎重に丁寧に説明をする方がよいであろう。)

6.説明文書と民事調停の活用

「誠実に丁寧に」というニュアンスは、口頭で対面で行う方がよく感じ取れるものである。しかしながら、専門的だったり、事実説明が微妙であったりする時には、口頭だと誤解されたり、言い間違えたりするリスクは払拭できない。すると、そういう場合には説明文書を交付する手法も有効である。ただ、その際に、どうせ内容は正確で同じなのだからと言って、院内調査委員会や院内検証委員会の「報告書」をそのまま交付するのは、不適切であると思う。「報告書」はいくら意識しても、どうしても専門家が専門家に対して報告するという視点から脱却できない。当然のことであるし、むしろそうでなければ専門的な「報告書」とは言えないであろう。
しかしながら、それを「説明文書」として活用したいのであれば、最初から最後まで一言一句、「説明文書」という視点で作り変えるべきである。少なくとも「説明文書」という視点で、誠実に丁寧に推敲すべきところであろう。
実は、この要領は、そのまま「民事調停」にも当てはめることができる。通常、「民事調停」というと「裁判外紛争解決手続き(ADR)」の一つとして、文字通り「紛争」を扱うものと決めつけ勝ちであろう。しかしながら、前述の「説明文書」という視点で「民事調停申立書」を作って、民事調停を活用して、患者・家族に誠実に丁寧に説明するという手法も現に存在するし、現に活用されているのである。是非、民事調停の活用を試みられたい。

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