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Vol.22093 政治的利用による放射線被ばくに対する差別・偏見から住民の方々を守るためには

医療ガバナンス学会 (2022年5月10日 06:00)


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医療ガバナンス研究所インターン
慶應義塾大学医学部4年
谷 悠太

2022年5月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

僕はいま、福島県立医科大学の坪倉正治先生の研究室に月に2度ほど通わせていただき、論文執筆から冊子・動画制作まで、幅広くさまざまな機会をいただいている。今年の1月の終わりに医療ガバナンス研究所でお手伝いしている際に、坪倉先生と出会ったことが福島に行くようになったきっかけだ。

福島に通い始めてまもない2月の初頭に、坪倉先生から「例の元首相5人の書簡に関するレターかいてみるか」とお声がけいただいた。

例の元首相5人の書簡の問題の発端は、ロシアのウクライナ侵攻が始まる約1ヶ月前にまで遡る。

まず、何があったかのかを振り返ってみよう。

2022年1月27日付けで、小泉純一郎、菅直人氏ら首相経験者5名が、欧州連合委員会(EU)に、EUが原発を再生可能エネルギーに加えるという原発推進の動きに対して異議を唱える書簡を送った。この書簡内に「(福島の)多くの子供たちが甲状腺がんに苦しんでいる」と記載されていたことが大きな問題となった。

元首相5人の書簡に対して、すぐに環境省や政府、福島県、福島県立医大は抗議声明を出した。2022年2月1日に環境省の山口大臣が、2日に岸田現首相や福島県知事の内堀知事が、次々に「(書簡の内容が)不適切である」と抗議声明を出し、各新聞社でも繰り返し取り上げられた。2月3日には、福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センターが、「放射線事故に伴う誤解や偏見の払拭は極めて重要な課題であると認識しています」と発表し、住民の方々に対して、「甲状腺がんの発見と放射線被ばくの関連は認められない」「甲状腺がんを含む発がん率の上昇や将来の遺伝的な影響を危惧する状況ではない」というメッセージをだした。

福島の甲状腺がんが増えたという事実はない。2019年6月に、県民健康調査検討委員会は、「検査で発見された甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められない」との見解を出している。2020年3月には、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)が、「福島の甲状腺吸収線量は、チェルノブイリ事故後の線量より大幅に低く、福島で多数の放射線誘発甲状腺がんが発生する可能性は非常に低い」と結論付けている。

なぜ、このような放射線被ばくに対する差別・偏見は長期間にわたり続くのだろうか?

そこには、今回のような政治的利用によって差別・偏見が繰り返し助長されるという構造があるのではないかと考えられる。実際に、政治的目論見から差別・偏見が助長されるのは、今回の元首相5人の書簡の問題が初めてではない。

例えば、2019年8月に、韓国では、東京オリンピックを「放射能オリンピック」と呼ぶなど、東京オリンピックと放射能汚染を結びつけるネガティブキャンペーンが展開された。また、東京オリンピックを「復興五輪」と称し、「双葉からの発信が、復興のシンボルになる」という安倍元首相の発言は、実際にまだ避難先でくらす住民の方々のことを十分に配慮した発言とは到底思えない。

こういった政治的闘争のたびに差別・偏見が助長され、住民の方々は誤った情報に翻弄され、不安に追い込まれてしまう。住民の方々を守るためには、どのような体制が必要なのだろうか?

その一つは、専門家が科学的な情報を積極的に調査し、発信していく体制だと考えられる。今回の元首相5人の書簡の問題では、すぐに、環境省や政府、福島県、福島県立医大が、住民の方々を守るための声明を出した。それは、継続的に、放射線被ばくの健診やUNSCEARの放射線専門家による調査がなされ、検査/調査結果が一般に発信されてきたからこそのものだと考えられる。

以上の内容を書いたレターが、先日、学術雑誌Journal of Radiological Protectionに掲載された。リンク:https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1361-6498/ac6363/pdf

学術雑誌に掲載されると、すぐにメッセンジャーグループで、上先生や尾崎先生をはじめとした上研究室・坪倉研究室の方々から激励のメッセージをいただいた。掲載のご報告をFacbookでもさせていただくと、平素よりご指導いただいているつくばMクリニックの坂根先生から、「素晴らしい仕事をしてくれてありがとう!!」とのメッセージをいただき、また友人からもメッセージをもらった。さらに、坪倉研究室の助教のアミールさんには、本論文を環境省に共有していただけた。

論文作成という後世に残り続ける仕事を担当させていただき、とても貴重な機会をいただいたことに感謝している。有難いことに、いまも論文作成などさまざまな機会をいただいているが、一つ一つ、丁寧に、周囲の方々からの力を借りながら、一生懸命精進していきたい。

最後になるが、論文作成では坪倉正治先生からご指導いただき、また、共著者の阿部暁樹さんと密に協力させていただけたので、短期間で書き上げられた。

この場を借りてお礼を言いたい。

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